各メーカーがEV、PHVを量産

8月末からポルシェ初のEVとなるタイカンのワークショップが中国・上海で開催された。「打倒!テスラー」というのは裏コンセプトかもしれないが、世界最速の量産型EVを作るのがポルシェの狙いだ。800Vで加速するタイカンは、一瞬意識が薄れるほどの速さ(加速G)だった。

ポルシェ初のEVタイカン
ポルシェ初のEVタイカン
この記事の画像(7枚)

その興奮がさめやらないうちに、ドイツのフランクフルト・ショー(IAA)を取材した。東京モーターショーで同じく、自動車ショーが人気がないが、唯一各社のEVコンセプトはホットだった。

IAAの後ではメルセデスのプラグイン・ハイブリッド(PHV)の試乗会に参加し、大中小といろいろなモデルのPHVをテストドライブ。ドイツメーカーはEVだけでなく、現実的な製品としてPHVに力を注ぐ。

欧州ルールではPHVはEV距離が長いほど、CO2の計算式が有利となる。EVもPHVもバッテリーへ貯める電気をどう作るのかで、CO2負荷が決まるが、CO2規制のルールでは電気は再生可能なエネルギーを使うので、カーボンニュートラルという前提が成り立っている。現実は石炭発電の電気も存在するが、そこはあえて考えないという理想論をルールに書き込んでいる。

プリウスPHVに搭載されているリチウムイオン電池
プリウスPHVに搭載されているリチウムイオン電池

「気候変動」への危機感が強い欧州

そんな矛盾もあるものの、欧州では気候変動への危機感は日本で感じている以上に強い。

メルセデスの次はベルリンに飛び、VW社のモビリティサービスの取材を行う。自動車単体の環境負荷低減ではなく、自動車の使い方、あるいは移動手段の多様化などについて、VWの考えを聞いてきた。もはや、自動車メーカーはクルマを作るだけでなく、モビリティ全体の多様性について考えるようになったのだ。そこには、私たちのライフスタイルの変化が重要なのであろう。

いったん帰国するが、再び、ポルシェタイカンの国際試乗会に参加。量産車をオーストリーのアルプスの麓でテストドライブ。この地では水力発電が電気を作るので、再生可能なエネルギーから作られた電気をお腹いっぱい貯め込んだタイカンで大自然の中をドライブ。600Kg近い重いバッテリーは床下にあるので、重心がスポーツカーのポルシェ911カレラよりも低い。バッテリー容量は最大で93.4kWhと巨大だ。節約すれば一世帯の電力を4日くらい共有できる電力だ。

EVという技術を使って新しい“価値”を創造

二日間で約700Km走破。単にEVであるということではなく、実際の走りや乗り心地、快適性、安全性など、従来のエンジン車にはできないことが可能になったことに気づいた。最先端をゆくポルシェのEV戦略は、EVが目的ではなく「EVという技術を使って、新しい自動車を創造」することがポルシェの想いなのだろう。

ミュンヘン空港でタイカンを別れ、そのままアウディの電動化のワークショップに参加。アウディのEVラインアップはVWと協業するコンパクトなQ4eTron(VWID.3のプラットフォームと共有)、すでに市販しているEV第一号車のアウディeTronはプラグインハイブリッドと共有するプラットフォームMLB-evoを使うが、最速のEVの異名を持つポルシェ・タイカンのアウディ版がR8GTeTron。これはJ1プラットフォームとよばれている。

2022年ごろには、PPE(プレミアムプラットフォームエレクトリック)という新しいプラットフォームも登場し、中核モデルのSUVがEVとなって、アウディとポルシェから登場する計画だ。

リチウムイオン電池の父がノーベル賞を受賞

と、ここまでドイツメーカーがEV化を進めるのは、どんな理由があるのだろうか。

バッテリーは重く、高コストなので販売面のリスクもあるが、単にCO2を減らすとか排ガスを無くすという社会課題だけでなく、EVを使ってきっと新しい価値を作り出すことができるはずだ、という強い信念があるのだろう。ドイツはその国民性で、ひとたび同じ方向に舵を切ると猪突猛進でEV化を進めている。その勢いは、もう誰にも止められない。

ノーベル化学賞を受賞した吉野彰氏
ノーベル化学賞を受賞した吉野彰氏

こんな怒濤のような電動車輌の海外取材が続いたので、私の身体はすっかりと電気を帯びてしまったみたいだ。

帰国後世界のBEVの動向をまとめていたとき、素晴らしいニュースが舞い込んだのだ。リチウムイオン・バッテリーの父と呼ばれてきた吉野彰博士がノーベル化学賞を受賞したというニュースだった。これは自動車専門家としてだけでなく、一人の日本人として、その偉業に敬意を払いたく思った。まさに日本人の誇りである。

画像提供:EPO
画像提供:EPO

TVで放映された博士のコメントが素敵だった。
「不安定な自然エネルギー(風力や太陽光発電)を旨く使うために、大容量の二次電池を作りたくて研究を始めた」という話しだった。博士が研究を始めたころは、iPhoneもデジタルカメラも、あるいはEVもハイブリッドもない時代だった。その時代に家電や自動車にバッテリーをつかうという発想がない時代。しかし博士は電気エネルギーを貯蔵するバッテリーが欲しかったのだ。

次なる社会課題はエネルギーの大改革

リチウムイオン電池
リチウムイオン電池

博士は電気エネルギーの容れ物を考えていたのだ。

化石燃料を燃やして走るか、電気で走るか?というアプリケーションの話しではなく、エネルギーを上流から眺めたとき、今私たちが立ち向かうべき社会課題は、実はエネルギーの大改革ではないだろうか。原子力発電と火力発電に親しんできた人類のエネルギーシステムを、根本から変える時代となったのだ。

自然エネルギーを使い、再生可能なエネルギーがもっと普及することが、持続可能な社会を実現する唯一の方法かもしれない。その意味では大容量バッテリーが自動車によって普及すると、その副次的な効果として、電気を貯めるシステムが現実的となる。ちなみに私は水素燃料電池への想いが強いので、あえていわせてもらうと、水素も電気の入れものとしては有力なのだ。バッテリーEVと水素で走る燃料電池車。その両輪が必要なのではないだろうか。

【執筆:国際自動車ジャーナリスト 清水和夫】

清水和夫
清水和夫

国際自動車ジャーナリスト。1977年武蔵工業大学電子通信工学卒。プロのレースドライバーを経て、ジャーナリスト活動開始。日本自動車ジャーナリスト協会会員(AJAJ)・日本科学技術シ゛ャーナリスト会議 会員(JASTJ)。NHK出版「クルマ安全学」「水素燃料電池とはなにか」「ITSの思想」「ディーゼルは地球を救う」など著書多数。NEXCO東道路懇談委員・国土交通省車両安全対策委員など。