動物園やテレビ番組などで、人間と同じような動作を時折見せるサルたち。小ザルたちがじゃれ合うさまを眺めていると、人間の子どもとほとんど変わらないようにすら感じられる。

そんなサルたちの、これまでの常識とは違う新しい生態が確認され、話題となっている。
まずは、こちらの実験動画を見ていただきたい。

約20秒ほどの動画では、兵庫県洲本市畑田組付近に生息する"淡路島ニホンザル集団"のニホンザル2匹が、手にしたひもを強く引き、柵の向こう側にある大きな台車に乗ったエサを自分たちのすぐそばにまで引き寄せることに成功した様子を捉えている。

一見するとそれほど驚くものではない実験に思えるが、実は1頭だけで引っ張っても、ひもが台車からするりと抜け落ちてしまう仕掛けになっていて、サルがエサを手に入れるためには、2頭でうまく協力して台車に引っかかっているひもの両端を引っ張らないといけない。

これまでニホンザルは一般的に、ボスザルを頂点とした順位関係が非常に厳しく、例えば魅力的な食べ物があると、順位の高いサルが、順位の低いサルを追い払ってそれを独占してしまう、寛容性の低い種とされていた中、協力作業ができる集団がいることを証明したのだ。

実験の模様を図解。互いに協力しないとエサを得られない仕組みとなっている。
実験の模様を図解。互いに協力しないとエサを得られない仕組みとなっている。
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この実験を実施したのは、大阪大学大学院人間科学研究科の大学院生・貝ヶ石優さん(人間科学研究科博士後期課程)、中道正之教授、山田一憲講師らの研究グループ。
サルが歩いている場所に実験装置のみを設置しておき、サルが自由に参加できるような条件を整えた上で、2013年の11月から2014年の9月にかけて実験を実施した。そこで、成功率58.7%と、個体同士で何度もエサを手に入れる姿を通して、ニホンザルが仲間と協力できることを初めて明らかにしたという。

研究グループは続けて、2014年の11月から2015年の3月にかけて、岡山県真庭市神庭の滝自然公園周辺に生息している"勝山ニホンザル集団"のニホンザルを対象として、同様の実験を行った。しかし、淡路島の場合と異なり、勝山のサルたちは互いを避け合い、ケンカが頻繁に起こったため、成功率は1.0%と、協力してエサを入手することがまったくできなかった。

淡路島と勝山のニホンザル集団を対象として実験成功率を比較した図。勝山のニホンザルたちがエサを得た確率はわずか10%にも満たない。
淡路島と勝山のニホンザル集団を対象として実験成功率を比較した図。勝山のニホンザルたちがエサを得た確率はわずか10%にも満たない。

このような実験結果を踏まえて、研究グループは「ニホンザルは、個体同士の協力により、1頭だけでは遂行不可能な課題を達成できる」「社会の中で協力行動が起こるためには、知性の高さだけではなく、社会全体の寛容性の高さが重要である」と結論づけている。

この実験で気になるのは、淡路島と勝山のニホンザルで実際何が異なるのか、ということだ。 また、実験が成功しやすいペアの傾向などもあったりするのか?

実験にまつわるこうした疑問を解決すべく、研究グループの一員である貝ヶ石さんに詳しい話を聞いてみた。

淡路島のサルの特徴は「食べ物でケンカせず共有できる」

ーーまず、ニホンザルについて、特徴や習性などを教えて?

ニホンザルですが、一番北が青森県の下北半島、南が屋久島など日本全国に広く分布し、北海道と沖縄以外にはだいたい生息しています。社会的知能に関しては、霊長類の中では比較的優れたものを持っているといえるでしょう。

加えて、個体間の順位関係が非常に厳しく、食べ物のように魅力的なものがあれば、順位の高いサルが独占してしまうといった傾向などがみられます。


ーー今回の実験を試みようと考えたきっかけは?

従来、ニホンザルは「協力行動がまずできない」と思われてきました。協力しないとエサが取れないという局面でも、協力する前にケンカになってしまったりするからです。

その一方で、淡路島に生息するニホンザルの特徴として、食べ物があってもケンカせず共有することができるということが80年代頃から知られており、近年改めて注目されるようになりました。

「このニホンザルなら協力ができるのではないか?」と発想したことが、今回の実験を試みた理由です。

そもそも「実験装置の前に2頭で並ぶ」ことすら難しい

ーー淡路島のニホンザルは今回なぜ協力できたと考える?

エサを前にしてケンカが起きなかったことが一番大きな要因ではないでしょうか。ケンカが起きなければ、後になって"協力できる”という余地、可能性があるということですから。

他のニホンザルだったら、そもそも協力が起きるという状況にならず、「実験装置の前に2頭で並ぶ」ということすら難しく、したがって協調性について学ぶ機会もないわけです。

ーー上下関係より食欲がまさった、という見方もできる?

食欲がまさった、つまりエサが欲しいから理性で上下関係を抑えるということについては、多分ないだろうなと考えています。

というのは、理性で抑えられるとすれば、その前提として「協力がこの局面では必要なんだ」ということを、サルがまず理解していなければならないはずです。しかし実験の最初の段階では、サルも協力について何も理解しないまま臨んでおり、たまたま2頭揃ったところで、同時にひもを引っ張ってエサを得られた、という状態でした。最初、「協力が何か」ということを分かっていなかったのです。

しかし、実験が進むにつれて、他のサルとともにひもを引っ張るタイミングを積極的に合わせようとする行動もみられるようになってきました。この段階ならば、協力についてきちんと理解した上で、実験にもちゃんと参加していたということがいえるのかと思います。

ーーそもそも、淡路島のサルはなぜ仲がいいの?

島の環境が与える影響についてはまだ分かっていないのですが、淡路島に生息するサルの遺伝子が他と異なることが知られています。これは攻撃性など性格に関わるものですが、一般的なニホンザルは攻撃性が高くなる遺伝子を持っているものが多いのに対し、淡路島のサルは攻撃性が低くなるタイプの遺伝子を持っているものが多い。

また、生物の性格は遺伝子だけではなく、育つ環境においても影響を受けます。淡路島では、周囲にいるサルがみんな寛容な性格をしているため、そうした群れの中で育つことにより、自身も寛容な性質を受け継いで成長していく部分もあるのかな、と考えています。

なお、普通のニホンザルの行動傾向からして少し異なるものが、淡路島だけでなく、小豆島と屋久島にも生息しています。

淡路島のサル集団は“緩い関係”

ーー淡路島のニホンザルにボスザルはいるの?

はい。どのニホンザルにも"順位"というものは存在します。ただ、確かに存在するのですが、それが普段の社会構造に与える影響は、他のニホンザルと比べてすごく小さいのかなと思っています。さっき説明させていただいたように、ケンカが起こりにくいため、個体間で接近しても怒られない。いわば緩い関係にあるのではないでしょうか。

ーーどういうサルのペアが「成功しやすかった」など、傾向はあった?

親子、姉妹など、血縁関係にある個体間で一番よく協力が起こっていました。

誰か来るまでひもを持ったまま待つサルも…

ーー検証中、サルがみせた行動について、面白いものはあった?

一番面白かったのが、他に誰もいない時、サルが実験装置の前で誰か来るまでひもを持ったまま待つ、という行動をみせたことです。

協力行動においてそうした学習をすることは、チンパンジー、象、イルカといった、とても賢いとされる動物で今まで確認されてきましたが、ニホンザルも実はそこに肩を並べることができたんだ、という点で非常に面白かったです。

ーーサルがエサの獲得以外で他に協力できそうなものだと、何が考えられる?

ほかに個体間でどのくらい協力できるのか」については、まだまだ検証が必要です。

ーー今後、継続した検証を行う予定はある? どのような内容を考えている?

淡路島のニホンザルと先ほど挙げた2島のニホンザルとで、具体的にどういう違いがあるのかはすごく興味のあるところです。実験についても、今後継続していく予定ではありますが、詳しい内容については控えさせていただければと考えております。

今回の実験で結論づけられた、社会の中で協力行動が起こるためには、知性の高さだけではなく社会全体の寛容性の高さが重要であるというのは人間社会にもあてはまる。
こうしたことから、ニホンザルの協力行動について研究することが、ヒトの協力社会が進化してきた道筋の解明につながるヒントにもなるそうだ。


動画・画像提供:大阪大学大学院 人間科学研究科

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プライムオンライン編集部
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