5人に1人が認知症の時代に

年齢を重ねると誰しも身体機能や脳機能は衰えるが、自覚するには何かのきっかけがいる。そして、その自覚が遅れたばかりに取り返しのつかない出来事を招くこともある。
自らの運転能力を過信するあまり、交通事故を起こしてしまう高齢運転者はその一例だ。

認知症患者の推計(出典:内閣府ウェブサイト)
認知症患者の推計(出典:内閣府ウェブサイト)
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厚生労働省の発表によると、国内の認知症患者は2012年時点で462万人。これが2025年には700万人前後まで増えると推計される。高齢者の5人に1人が認知症となる見込みだ。

働き盛りの40・50代で患うこともあり、決して他人事ではない。もし将来、自分や周囲の人が認知症になったらどう行動すれば良いのだろうか。
そんなことを考えさせられるツイートが投稿され、大きな反響を呼んでいる。

認知症の「準備」をしたツイートが反響

投稿者は、認知症を患う90歳男性を祖父に持つ、ごまたん(@gomachan_ks)さん。

「90歳の祖父が『少しでも世間様に迷惑掛けないように』と認知症を発症する10年以上も前から準備していた事を紹介します」として、祖父が取り組んだ「認知症になったときの準備」と発症後の出来事を紹介していた。



ごまたんさんの祖父は、70歳での運転免許返納を皮切りにこの “準備”を始め、75歳の頃には「ボケる前から首にぶら下げることを習慣付けないと、ボケた時に家族から付けられても多分捨てる」と位置情報が特定できるGPS付き携帯電話を契約。

80歳では全ての持ち物や衣類に名前を書き始め、シャツの内側などに緊急連絡先を記載した布を縫い付けるようになったという。

その後、定期的な通院で発見は早かったが、82歳で認知症を発症。自宅から突如消えてしまうこともあったが、携帯電話の位置情報から隣町の映画館にいると分かり、映画鑑賞を楽しんだ祖父を無事保護できたなどとしている。

祖父が進めた「準備」とその後
祖父が進めた「準備」とその後

「82歳 満を持してボケる(認知症)」という表現に、ごまたんさんと祖父のいい関係性も感じられるが、このようなエピソードが反響を呼び、投稿は4月26日時点で14万件以上のリツイート、38万件以上のいいねを記録。ツイッターユーザーからは「『老いる』のではなく『老い方を知っている』と思います。この様に選択されたのを見て、己を律され歳を重ねて来た方かと察します」と賞賛する意見が相次いだ。

きっかけは身近な人の認知症

ごまたんさんに話を伺うと、「祖父がこの“準備”を始めたのは、近所の高齢者や友人の親が認知症となった姿を見てから。『自分がああなると思うと、仕方のないことでも恥ずかしいなぁ』とよく言っていました」

ごまたんさんの祖父は昔気質で頭が良く、何でも記録に残し、物を大切にするマメな性格。現在は認知症の症状で、同じ映画を何度も観たり同じ話をすることはあるが、喫茶店でのおしゃべりや家庭菜園を楽しむ元気な姿も見せるという。

家族は祖父のマメな内面を知っていたため、“準備”を始めたことも違和感なく受け入れ、認知症の発症後は「怒ってもお互い嫌な思いをするだけだから」と赤の他人に勘違いされても、あえてそのまま話に乗っているという。

認知症を発症した際は、ごまたんさんの母が馴染みの店や友人宅を周り、説明とご迷惑をおかけする旨を伝えたとのことだ。「祖父が毎日楽しく暮らせているのは、地域の協力もあってのこと。感謝です」とごまたんさんは語る。

喫茶店のマスターと祖父は古い顔なじみという(画像はイメージ)
喫茶店のマスターと祖父は古い顔なじみという(画像はイメージ)

一方で、ごまたんさんは「祖父は運が良かったのです。投薬が必要な内臓疾患はありますが身体は元気で、認知症も比較的軽度に抑えられています。どんなに聡明でも、明るく優しくても、認知症や脳腫瘍で性格が豹変し暴力的、攻撃的になってしまうことがあるのです。この方法が全ての人にとって正しい、当てはまる、というわけではありません」とも呼びかけている。

ごまたんさんの言う通り、認知症の症状や程度は個々で異なり、今回のケースが万人に当てはまるわけではない。

だが、認知症になったときの対策を事前にしておくことに、認知症に悩む人のヒントが隠れてはいないだろうか。認知症の専門家として高齢者医療に携わる、たかせクリニックの髙瀬義昌理事長に話を伺った。

「専門的な知識があったのではないかと思うほど」

髙瀬義昌理事長
髙瀬義昌理事長

――ごまたんさんの祖父のように、認知症になったときの準備をすることをどう捉える?

現在は超高齢化社会に入り、長生きすれば誰もが認知症になるリスクがあります
この方の祖父のケースを見ると、70歳からいろいろな備えを用意周到にされていますが、いずれも良く考えられています。
専門的な知識があったのではないかと思うほどで、認知症対策につながったと考えられます。

また、ご家族や周囲の見守る対応も、祖父の経過に影響していると考えられます。
認知症はかける言葉や態度一つで、症状が改善したり薬を減らすことにもつながります

認知症患者やご家族の中には、認知症を認めたくないばかりにけんかを起こしたり、葛藤を抱えてしまうことがあります。
このような行動は、認知症のBPSD(行動・心理症状)を悪化させてしまう要因にもなるのです。


――祖父や家族の行動に、注目すべき点や予防策となるものはある?

ツイッターの投稿を見ると、祖父は有酸素運動やゲームを楽しんでいます。これは予防策として効果的です。また、映画館で映画を見ていることから、多くの人が集まるところに出かけていたのではないかと思われます。運動や社会参加は認知症予防に非常に有効ですが、実際の行動に移せる方はなかなかいません。素晴らしい取り組みをされていたと思います。

ご家族の対応においても、言い争いなどをするのではなく、良い意味で祖父の言葉を「受け流し」や「オウム返し」をしていたように思われます。認知症を家族だけで抱えこむようなことをしていません。


――認知症に対する事前準備が有効だとしたら、おすすめの行動や考え方などはある?

運動不足の「メタボ」、虚弱状態の「フレイル」とならない対策が必要でしょう。
きちんと運動をして必要な栄養素をしっかりと摂る。体内で作れない栄養素はサプリで補うのも手です。
足が悪くなると運動もできなくなるので、フットケアなどをするのもお勧めです。医者の力が必要となる前の対応も大事です。

また、認知症はお金のトラブルに発展することもあります。
自分の知る話では、お孫さんにキャッシュカードを預けて「お金をおろしてね」と頼んだ方が、翌日に頼みを忘れ、警察に「盗まれた」と届け出たこともあります。お孫さんは銀行に行きましたが、えらい目にあったそうです。
後見人制度の勉強など、お金のことを整理できるように準備するのもいいかもしれません。

今後はひとり暮らしの認知症患者も増えると考えられます。いつ何があっても対応できるような、備えをするのも良いでしょう。
当方の患者さんには「おくすり手帳」や遺言書を、常に身近な場所に置いている方もいます。

「おかしいな」と思ったらすぐに検査を

――高齢者となった場合、認知症にならないためにはどうすれば良い?

定期的にしっかりとした運動を行い、仕事をリタイアした後も社会との関わりを持つことです。
ボランティアなどをすると、地域の役に立つだけではなく、他参加者とのつながりも生まれます。


――親しい人が認知症となった場合、家族側はどんな準備・対策をするべき?

認知症は誰でも起こり得ますが、手術や薬の投与で治癒したり、症状が改善したりする認知症もあります。
かかりつけの医者と連携を取り合い、「おかしいな」と感じたらすぐに検査をしてください。

地域によっては「認知症疾患医療センター」や「地域包括支援センター」という施設もあり、認知症に関する支援・相談や勉強をすることもできます。趣味や好きな食べ物の変化も、認知症の始まりだったりすることもあるので、親族の嗜好などを頭の隅に入れておくのもよいでしょう。

簡単ではないが、地域全体で支え合える仕組みが必要だ(画像はイメージ)
簡単ではないが、地域全体で支え合える仕組みが必要だ(画像はイメージ)

高瀬理事長によると、認知症となった家族の中には「自分がなるはずがない」「他者に迷惑をかけたくない」という思いから、家族だけで介護をしようとして、負担を抱えてしまう人もいるという。

医療サービスを含め、地域全体で支え合うような仕組みを利用することも必要だが、「ああしていれば」と自分や家族を後悔しない・させないためには、ごまたんさんの祖父のように、症状が発症する前に“準備”をすることも一つの対処法になるのかもしれない。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。