“食生活の時短化”が進んだ平成

平成の約30年間は“食生活の時短化”が進んだ時代だったように感じる。
ファストフード店では数分で料理が提供され、スーパーに立ち寄れば出来合いの総菜が買える。
料理一品を食べるだけで1日に必要な栄養素が取れる「完全栄養食」も開発されるほどだ。

レンジで温めるだけで出来立てのような料理が味わえる(画像はイメージ)
レンジで温めるだけで出来立てのような料理が味わえる(画像はイメージ)
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こうした食文化において、忙しい現代人に愛されてきたのが「冷凍食品」だ。冷凍庫に入れておけば長期間保存でき、必要な時に温めれば、手間をかけずに料理が出来上がる。

日本冷凍食品協会の統計によると、2018年の国内生産量は158万7,000トン。家庭外で調理された食品を家庭内で食べる「中食」をけん引する存在となっている。朝のお弁当作りや残業後の夕食で助けられた方も多いはずだ。

そんな冷凍食品は平成の間に、大きな進化を遂げていた。

「きょうのメニュー」となった冷凍食品

日本冷凍食品協会によると、国内における冷凍食品の歴史は1920年、魚類の冷凍事業から始まった。その後は冷凍いちご(ミルクと共に加糖した「イチゴシャーベー」)などが製造され、1950年代に入ると百貨店に「冷凍食品売場」が設置され始めたという。

転機を迎えたのは1964年の東京五輪。1日当たり7,000食を提供した選手村の料理に活用されたのだ。冷凍食品はこの国民的イベントで全国から東京に集結した料理人の注目を集め、以降、ホテル・レストランの厨房に冷凍庫が導入されると共に、冷凍野菜などが便利な食材として活用されるようになった。

過去には、どちらかというと“時短”の目的で活用されていた印象が強かったが、驚くほど味も進化し、現在では冷凍食品専門のスーパーマーケットやレストランも登場。「孤食」となりがちな高齢者や未婚者を支える存在となっている。

東京五輪では大量の冷凍野菜が使用されたという(画像はイメージ)
東京五輪では大量の冷凍野菜が使用されたという(画像はイメージ)

日本冷凍食品協会が発表する「国内生産量の上位20品目」からは、冷凍食品に求める需要の変化も見て取れる。

比較可能な近年のデータによると、「菓子類」「魚類」「いか・たこ類」などが上位20品目にランクインした2005年頃と比べ、ここ4~5年で「炒飯」「ラーメン類」「スパゲティ」など、その料理単品でお腹を満たせる商品が上位に食い込むようになった。

冷凍食品が単なる料理素材ではなく、「きょうのメニュー」として利用されるようになったとみて良いだろう。

「国内生産量の上位20品目」の変化。近年は炒飯やラーメン類などが上位を占める(提供:日本冷凍食品協会)
「国内生産量の上位20品目」の変化。近年は炒飯やラーメン類などが上位を占める(提供:日本冷凍食品協会)

平成の間に、冷凍食品を取り巻く環境はどう変化したのだろうか。
37年間にわたり約1万5,000食の冷凍食品を食べ続け、現在は設立した冷凍食品のウェブメディア「冷凍食品エフエフプレス」の編集長を務める、冷凍食品ジャーナリストの山本純子さんに話を伺った。

冷凍食品が「おいしさ」で選ばれるようになった

山本純子さん
山本純子さん

――冷凍食品はどのようにして現在に至った?

冷凍食品は約100年前、アメリカで誕生しました。
日本国内に急速凍結機が導入されたのは1920年。戦後は大手水産企業が冷凍食品事業に着手しました。初めてヒットした冷凍食品は、タラをパン粉付けしたフライ商品「フィッシュスチック(スティック)」。1953年ごろから学校給食向けに流通しました。

そして、初の南極越冬隊「宗谷」や東京五輪選手村での食料に採用されたり、大阪万博会場内のレストラン、日本初上陸のファストフード店などで活用されたことが大きなエポックとなりました。

日本人の1人当たり冷凍食品年間消費量も、ここ50年で約28倍となっています。
1968年の0.8キログラムから、2018年は22.9キログラムに増えました。


――平成の約30年では、どのように変化を遂げた?


電子レンジで調理できる商品の登場で、飛躍的に身近な存在になったと思います。
1988年発売の「レンジでチンするチンチンポテト」のTVCMで人気となったフライドポテトや1989年発売の「焼きおにぎり」、1994年発売の「新・レンジ生活」シリーズなど、さまざまな商品が生まれました。

一方で、中国産冷凍ほうれん草の残留農薬問題、中国産冷凍ギョウザによる故意の薬物混入による中毒事案、日本国内でも従業員が故意に冷凍食品に毒物を混入した事件があり、冷凍食品や中国産へのイメージダウンもありました。
しかしこの結果、冷凍食品がリードする形で「トレーサビリティ」「フードディフェンス」といった生産にかかわる高度な品質保証体制が確立されました。中国からの輸入食品は現在、主要な輸入相手国の中でも、違反率が最も低い国となっています。

平成の時代を振り返ると、家庭用の冷凍食品は苦難の時代を乗り越えて大きな成長を遂げたと思います。2004年からの10年間は冷凍食品の「一律半額セール」が続きました。ヘビーユーザーは育ちましたが、その代わりに「安かろう悪かろう」というイメージダウンも生みました。
ですが、平成最後の5年間ではこの「安売り」も終わり、炒飯、唐揚げ、ギョウザなど「美味しさ」で選ばれる冷凍食品が注目を集めるようになりました。

業務用としても、「中食(惣菜)」の需要増とともに成長した時代だったと思います。女性の社会進出や単身世帯数の増加を背景に、中食は今や10兆円産業となりましたが、これによって業務用冷凍食品の活躍の幅が広がりました。

さらに近年では、調理現場の人手不足に対応した調理オペレーション簡素化に役立つ食品としても、冷凍食品は注目を集める存在になっています。


――近年の冷凍食品がおいしくなったのはなぜ?


製造工場は約30年サイクルで大幅な設備更新が必要だといわれますが、冷凍食品工場は平成の時代に多くの工場がその時期を迎え、「急速凍結機」を更新しています。それに伴う品質アップは大きなインパクトになりました。より美味しく製造できる下地ができたところに、メーカーの技術革新という努力があり、ヒット商品が生まれるようになったのです。

スーパーの大幅一律値引きセールが横行した時代に比べて、開発分野に積極的な資本投下ができるようになったこともあると思います。大手メーカーも商品の美味しさを積極的にPRするようになりました。

食品の味や栄養を保つ「急速凍結」が冷凍食品の技術の根幹であることは変わりありませんが、その内容も日々進化しています。フライ類の電子レンジ調理の実現、お弁当商品における「自然解凍」などは日本独自の技術開発による進化と言えます。

冷凍食品は「時間と空間を超えられる」

――冷凍食品はどんな進化を遂げていくと思う?

現在も未購入層が3割いると言われているように、冷凍食品を「敬遠する」層はまだ存在します。このような方々にも冷凍食品の素晴らしさを知ってもらえれば、需要増は続くのではないでしょうか。

冷凍食品の最大のメリットは「保存料が不要で腐らない」ことです。
マイナス18℃以下という冷凍食品の保存流通温度の環境下では、食品を腐敗させる菌は活動できないので冷凍食品は腐りません。腐らないので、保存料を使う必要がないのです。

「急速凍結」は食品の組織を壊さずそのままの状態に保つ技術です。栄養価も味も一定期間(概ね1年)はほぼ変化しません。冷凍食品は「時間と空間を超えられる」食品なのです。

これらのメリットについて理解が進めば、需要増にもつながります。メーカーの持続的な研究開発投資も可能となり、さらに良い商品が開発されるのではないでしょうか。


――家庭での食品冷凍に対する意見はある?

家庭での冷凍=ホームフリージングは「緩慢凍結」(凍結時に品質低下を引き起こす可能性がある)となりますが、冷凍した食材を短期間(1週間~長くても2週間)で使用していくと、食材を無駄にせず、かつ美味しく食べられます。

衛生的な環境でパックすること、冷熱が早く伝わるようにパックする形状や冷凍庫内の置き場所に気を遣うことなど、基本的なノウハウを学んで活用していただければと思います。


イメージダウンや安売りを乗り越え「おいしさ」で選ばれるようになったという冷凍食品。
それでは、技術面ではどのような進化があったのだろう。産業用冷凍機の国内最大手である「前川製作所」にも話を伺った。

「急速凍結技術」が進歩した

――冷凍食品の技術はなぜ進化した?

日本の食品工場は狭く、冷凍食品を量産化するには凍結時間を短くする必要がありました。凍結時間が短いほど、フリーザーの設置面積を小さくして作業も効率化できます。

また凍結時間が短くなると、凍結の過程で食品中に形成される氷結晶も小さくなります。小さな氷結晶は大きな氷結晶よりも食品構造に与える影響が少ないため、食品の品質維持にもつながります。

このような要因から、対象を素早く凍らせる「急速凍結技術」が進歩したと考えられます。

通常の凍結と急速凍結の違い。休息凍結では細胞の氷結晶も小さくなる(提供:前川製作所)
通常の凍結と急速凍結の違い。休息凍結では細胞の氷結晶も小さくなる(提供:前川製作所)

――具体的にはどう進化した?

食品の凍結方法には、①気体(約-35℃の風)②液体(約-25℃)③金属接触(約-40℃)があり、食品の特性を考えてこの3方式を使い分けます。凍結時間を短くする方法はそれぞれの方式で異なり、以下のようになります。

①の気体の場合
・環境温度を下げる
・食品に当たる冷風の速度を上げて境膜を破壊する
・冷風が効率良く当たる構造にする
※境膜(熱や物質の移動の抵抗になっていると仮想される膜。厚いほど熱伝導が伝わりにくい)

②の液体の場合
・液体の温度を下げる
・包装をせずに裸で浸漬凍結する

③の金属接触の場合
・金属面の温度を下げる
・包装をせずに直接接触させる

これまでの研究により、液体や金属接触では、省エネ性や断熱性、衛生性の改善が見られました。
冷凍食品に多い加工食品は、気体での凍結が主流となっています。こちらについては、食品に当てる冷風の風速を上げることで省エネ性や衛生性、凍結時間の短縮を実現しています。

平成の間に進化したのは、やはり凍結時間の短縮ではないでしょうか。
境膜を破壊できるプラントを当社が開発し、他社も追随するなど技術革新が進みました。


――近年の凍結技術で革新的なものはある?

炒飯に関しては、金属のベルト「スチールベルト」で非常に薄く凍結した食品を、軽く砕く製造法が開発されました。

企業の秘密保持のため、詳細は公開できませんが、従来の製造法よりもバラバラに冷凍できるようになりました。電子レンジでも均一に加熱できるなようになり、調理もしやすくなったと思います。

冷凍機のイメージ。手前のベルトコンベアが「スチールベルト」(提供:前川製作所)
冷凍機のイメージ。手前のベルトコンベアが「スチールベルト」(提供:前川製作所)

「テーラーメイド冷凍食品」の誕生も近い

――冷凍食品はなぜおいしくなった?

凍結時間の短縮に加え、食品の配合技術、冷凍耐性のある食材の活用もあると思います。何より、関係各社が「消費者を起点とした商品・おいしさ設計」を実現するようになりました。

商品開発においても、以前は「凍結前の食品が理想的な商品。凍結技術でこの品質を維持する」という考えがありましたが、現在では「凍結・貯蔵・解凍といった工程で品質は少なからずとも変化する」という前提が普及しました。素材から凍結、貯蔵そして解凍までを一連のシステムと捉えることで、全体的な品質向上につながったのです。

これら考え方の変化と急速凍結技術の進歩が相まって、高品質な冷凍食品を具現化できるようになったのではないでしょうか。


――冷凍食品は今後、どう進化していくと思う?

食品廃棄ロスの観点で考えると、チルド品から冷凍食品への移行が進むと思います。
炒飯の製造ラインは、海外からの引き合いも増えているので、和食の輸出も伸びるでしょう。

食産業は「食品の調理・製造」から「食を通したサービス」や「健康面のケア」などに進化してきましたが、これからは個々人の体質などに合った料理を提供する「テーラーメイド食品」が発展すると想定します。冷凍食品は製造・保存面で強みがあるため、テーラーメイドの冷凍食品が増えるのではないでしょうか。

TVディナーのような形で「自分だけの冷凍食品」を味わえる日が来るかも(画像はイメージ)
TVディナーのような形で「自分だけの冷凍食品」を味わえる日が来るかも(画像はイメージ)

1964年の東京五輪で注目され、平成の間に食卓でも確かな居場所を得た冷凍食品。「冷凍なのに」おいしいと言われがちだが、その裏には技術革新や企業努力が隠れていた。。

令和へと時代が変わるが、冷凍食品の進化には、これからも目が離せない。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。