”現金お断り”の店 オープンから1年半…

近ごろは料理の味だけではなく、店舗自体の「利用しやすさ」を売りとする飲食店も増えている。店員の細かな心遣いや注文のしやすさ、支払い方法の多様化などは良い例だ。

外食産業を展開する「ロイヤルホールディングス株式会社」が2017年11月、新たな形でこの「利用しやすさ」に挑戦した。東京・中央区にオープンした、レストラン「GATHERING TABLE PANTRY」を“現金お断り”としたのだ。

「GATHERING TABLE PANTRY」
「GATHERING TABLE PANTRY」
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オープン当時は、現金で支払いができないというコンセプトは驚きをもって報じられた。
あれから1年半が経ち、キャッシュレス決済が推進される中で、モデルケースとも言える同店を実際に訪れ、取材してみた。

注文から会計までを卓上で完結

店舗の場所はJR馬喰町駅からほど近く、ビルや飲食店が立ち並ぶ道路沿いの一角。
店内にはカウンターとテーブルで約40席あり、4人ほどの店員がフロアやキッチンを流動的に動きながら切り盛りする。

店の外観にも「WE ARE CASHLESS」と表示されているとはいえ、気づかずに現金しか持たない客が来店してしまうこともあるのではないか。そう思われた方はご安心を。着席すると店員が「キャッシュレス決済専門店」であることを説明してくれる。

注文から会計までを管理するのは情報端末で、注文は卓上の「iPad」に表示されたメニューから好みの商品をカートに投入するだけ。注文パネルに触れると、オーダーが店側に通知される仕組みとなっている。

メニューの注文画面
メニューの注文画面

会計も「iPad」から進めることができ、支払い方法はクレジットカードや電子マネーなどのキャッシュレス決済。
店員が持つ専用端末にカードなどをタッチしても支払えるが、モバイル決済アプリを使えば、QRコードを「iPad」のカメラにかざすだけで完結することができる。

店員は腕のウェアラブル端末から座席位置や会計の要望を把握できるため、無銭飲食などの心配はない。そして客側は「会計お願いします!」と叫ぶ必要もないため、運ばれた料理を味わい、会話を楽しんだ後は颯爽と帰路につけば良いわけだ。

座席位置などを管理するウェアラブル端末
座席位置などを管理するウェアラブル端末

いざ体験してみると、通常の店舗と異なるのは「キャッシュレス決済」しかできないということだけだったが、 なぜ、このような形の店舗をつくったのだろうか。そして、1年半が経ちどんな変化や課題が見えてきたのだろうか。
ロイヤルホールディングス株式会社・イノベーション創造部の名倉祐爾課長に話を伺った。

働く方に選んでもらえるお店

「研究開発はまだまだこれから」と話す名倉祐爾課長
「研究開発はまだまだこれから」と話す名倉祐爾課長

――なぜこのような店舗を開店した?

国内の労働者人口は将来的な減少が予想され、外食産業が生き残るのは難しくなります。会社としてこの問題を考えたとき、労働者に選んでいただけるお店は生き生きと働けるお店ではないか、という仮説を立てました。

外食産業で働く方は「喜んでもらいたい」「おいしい物を食べてもらいたい」という思いが強いですが、管理職となれば事務作業などに追われることも多くなります。このような業務を減らすことができれば、お客さまへの接客など「人が活きる」仕事により携われるのではないかと考えたのです。

この店舗はその方法を模索する、研究開発の場として開店しました。いわば「ラボ」ですね。


――他店舗とは何が違う?

1.キャッシュレスやペーパーレスによる「店舗のIT化」。
2.セントラルキッチンの活用による「店舗キッチンのコンパクト化」。
3.厨房設備の軽量化や出退店の迅速化による「アセットライトの実現」。


この3つを柱に、生産性向上や働き方改革につながるような研究を進めています。
セントラルキッチン(料理の製造元を集中させること。例:給食センター)
アセットライト(保有資産を最小限にして、業務展開しやすくすること)

具体例を紹介すると、第一に現金を扱わないことでキャッシュレスやペーパーレスを実現しています。金庫はなく、店長室という概念もありません。レジ締め作業もないため、営業終了後は清掃用のお掃除ロボットを起動するだけで帰宅できます。

料理の多くは、セントラルキッチンで製造した冷凍素材を、グリル・レンジ・コンベクションの機能を備えた「マイクロコンベクションオーブン」で調理して提供します。このオーブンには、メニューごとの調理方法がプログラムされ、ボタン一つでおいしい料理ができあがります。コンロを使わないので換気用フードなどの設備もいりません。

ただ勘違いしてほしくないのは、手料理をないがしろにしているわけではないということです。調理メニューのプログラムを開発する際は、手鍋の加熱時間を計測するまでこだわりました。調理師の採用枠もあり、コックの育成には力を入れています。

ですが、これからは全店舗にコックを置くのは難しい時代となります。そう考えたとき、セントラルキッチンで作ったこだわりの料理を各店舗では簡単に再現できれば、飲食店としての新たなスタイルになるのではないかと思いました。

従来の店舗よりコンパクトなキッチン。画像左奥にあるのが「マイクロコンベクションオーブン」
従来の店舗よりコンパクトなキッチン。画像左奥にあるのが「マイクロコンベクションオーブン」

「接客・調理」に時間を割けるように

――開店から約1年半、店舗にはどんな影響があった?

当社は研究の一環として、2017年11月から約半年間、店長がどんな業務にどのくらいの時間をかけているか統計を取りました。その結果、「GATHERING TABLE PANTRY」は他店舗と比べて「管理・事務」や「清掃」に使う時間が短く、その代わりに「接客・調理」や「店舗マネージメント」などに役立てていることが分かりました。

ロイヤルグループ他店舗の統計
接客・調理(55.9%) 開閉店・清掃(7.5%) 管理・事務(19.0%) 店舗マネージメント(7.3%) 会議・研修(10.3%)
「GATHERING TABLE PANTRY」の統計
接客・調理(67.4%) 開閉店・清掃(2.5%) 管理・事務(5.6%) 店舗マネージメント(11.3%) 会議・研修(13.2%)

店舗規模やメニューの違いから単純比較はできず、キャッシュレス決済の有無のみでこの結果となったわけでもありません。ですが、管理業務などの負担を減らすことで、本来やってほしい接客や調理により携われるのは確かでしょう。


――キャッシュレス決済はどのような影響を与えた?

店舗を運営すると、売上とレジにある現金の額が合わないこともありますが、通常は「〇〇円を入金した」という記録が残らないため、間違いがあってもその原因を推測することしかできません。ですが、キャッシュレス決済だと会計の記録が全て残るため、このような心配はありません。

また、通常のお店では売上金を店舗で保管することもありますが、このお店には現金自体がありません。守るものが少ないことで、管理者の精神的な負担も少なくなったのではないでしょうか。

「GATHERING TABLE PANTRY」と他店の店長の業務時間比較
「GATHERING TABLE PANTRY」と他店の店長の業務時間比較

まだ全店舗をキャッシュレスにする時代ではない

――労働面・経営面ではどんな変化があった?

飲食店で働くと覚えることが多く、戦力となるには通常40~50時間かかります。ですがこのお店では、オーブンでの料理提供がメインのため、キッチン業務なら6時間ほどで戦力となれます

そして、業務がシンプルだからこそ、フロアで接客する店員がキッチンに入ったり、その逆もあります。流動的に仕事ができるだけでなく、1年以上働いたベテランと新人がある程度近しいところからスタートできるのです。
こうした影響からか店員の定着率が良く、突発的な理由で辞めたケースは開店以来ありません。

経営関係については、申し訳ございませんが数字などは一切公表しておりません。


――他店舗への影響と今後の展望は?

現金管理の部分では、この店舗がきっかけとなり、ロイヤルホストのほぼ全店で新しいレジを導入しました。レジの下にATMが付属しているようなイメージのレジで、釣り銭の管理を自動でやってくれます。
清掃用として使用しているお掃除ロボットも、効果を確認したため全店で導入しました。

今後については、全店舗をキャッシュレスにするかと言えば「まだそういう時代ではない」と考えています。これまでの試みは企業内側のことばかり。お客さまにとってのメリットはどうか、収益に結び付けながら実現できるかは別問題です。

これからも研究開発は続けますが、キャッシュレスとは別のことに取り組む可能性もあります。管理業務の削減やお客さまにどんなメリットを提供できるのかを、打ち出して行ければと思います。


キャッシュレス決済専用だけでなく、業務をシンプルにしたことで、店員がフロアとキッチンの両方を兼ねられる。そして店長クラスのスタッフも売上金の管理という精神的な負担が減り、接客や調理に時間を割けるようになる。働く側の環境を整備することで、結果として客側にとってもサービスの向上につながるということのようだ。

では、実際の店員はどう感じているのだろう。開店当初から店を任されてきた、店長の城戸詩織さんにも話を伺った。

「ずっといなければいけない」という負担がなくなった

城戸詩織さん
城戸詩織さん

――キャッシュレス決済のみとなったことでどう変わった?

フロアでの業務だと、会計時はお客さまにレジまで来ていただくのが普通です。ですが、当店だとお席まで直接伺うことが多いため、お客さまと会話する機会・時間が増えました。
今ではお客さまに「この決済手段はどうなの?」と聞かれ、支払いアプリの登録方法などを説明することもあります。


――店長としての業務はどう変わった?

店長としてはこの店舗が3店舗目の勤務ですが、バックヤードの仕事は楽になりました。
現金を扱う店舗の責任者には、セキュリティ会社の方が来たときに金庫を開ける業務があります。現場が忙しくても、難しいダイヤルを開けて、現金を渡さなければなりませんでしたが、今はそれが一切ありません。フロアを見たりスタッフに指示を出す業務がいつでもできます。

閉店後のレジ締めがボタン一つでできることもありがたいです。
従来の店舗では「お金の管理を任せても大丈夫」と思う店員に、レジ締めの手順を教えなければなりませんでしたが、当店ではiPadなどの関連機器を充電器に置くだけで終わりです。アルバイトに任せて帰ることもできるため、「ずっといなければいけない」という負担も減りました。


――店員からの反応は?

飲食店はオーダー取りの機械操作など、お客さまに関係ない部分で覚えることが多いです。
これに比べると、当店では「お客さまの顔を見て話すこと」や「テーブルの状況を見て察すること」など、お客さまに何をしてあげられるかを教えられていると思います。それができるのも時間的な余裕があるからでしょう。

また、キッチン清掃が簡単なため、営業終了から15分程度で帰宅することもあります。あっという間に帰れるので、翌日講義がある学生の店員さんからは「ありがたい」という声もあります。

お客さまの中には、視察で来られる方もいますが、内部まで見ていただくことも多いです。キャッシュレス決済には「冷たいイメージ」を持たれることもあるかと思いますが、接客の温かさも感じていただけているのではないでしょうか。

キャッシュレス決済の課題は?

メニューの一例。チキンやパスタは冷凍素材をオーブンで調理したもの
メニューの一例。チキンやパスタは冷凍素材をオーブンで調理したもの

このようなメリットもある一方で、キャッシュレス決済には課題もある。
同店においても、通信環境によっては支払い完了までに時間がかかることもあり、利用方法などに戸惑いを見せるお客も一部いるという。
この課題を踏まえて話を聞いたところ、名倉さんは「QRを使った支払いアプリは乱立している。利用者にとって分かりやすくする必要があるのでは」、城戸さんは「支払いなどの手間が省けると『使ってみようかな』と思う人が増えると思う」と答えてくれた。

今回取材した「GATHERING TABLE PANTRY」は、開店から1年半が経過したが、キャッシュレス決済のみにしたことを接客などの充実につなげるなど成果をあげているようだった。
このような店舗が一般的となるためには、客側がキャッシュレス決済の利用に気後れしないような、分かりやすいシステムを構築することが今後の課題となるのではないだろうか。


(写真撮影:岡元景都)

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プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。