ブランディングの大切さを教えてくれた敏腕夫人

今回は日本を代表するクリエイティブディレクターである佐藤可士和さんと夫人の悦子さん。ふたりは同じ会社で働き、クリエイターとマネージャーという関係である。一見すると、昔ながらの「家族経営の自営業」というスタイルに思える。けれども彼らの関係は、もっとアップデートされたものだ。可士和氏の成功の裏にはこの夫人なくしてはありえなかっただろう。

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——可士和さんも悦子さんも、ご夫婦でデザイン会社「サムライ」にお勤めになられて、オンもオフも常に一緒ですね。

可士和さん
同じ会社に勤めているため、「息が詰まらないのか」とよく聞かれます。けれど夫婦の時間はむしろ足りないくらいですね。お互いに役割が違いますから。

悦子さん
私はプロジェクトマネジメントや、契約の交渉を担当しています。同じ会社でもいわば部署が異なり、別々に動いています。だから一日中顔を付き合わせているわけではありません。それに今日、今受けている取材のように、同席することがあってもそれは仕事です。たとえ会食で同席したとしても、そのクライアント以外の仕事の話やプライベートな話をするわけにもいきません。ですからもっと一緒の時間がほしいくらいですね。

可士和さん
むしろふたりで顔を合わせることは貴重です。そこで大事な判断をすることが多いですね。

悦子さんをサムライに迎えたのは可士和さん

——どうしてご夫婦で同じ会社に勤めることになったのでしょうか。悦子さんの前職は、世界的化粧品ブランド「ゲラン」にてPRに携わっていらして、その貴重なポジションを手放すことにためらいはなかったのでしょうか。

可士和さん
悦子がサムライで働くようになったのは、僕が頼んだからです。正式にサムライのスタッフになる前も、請求書の作成や記帳をしてもらったりと、いわゆる“事務”を手伝ってもらってはいたんです。でも、独立してまもなく、仕事が増え“とんでもなく”忙しくなったのです。

広告代理店から持ち込まれた案件であれば、契約などは携わらなくてもいいのです。けれども「ふじようちえん」のときのように、グランドコンセプト設計からロゴデザイン、園舎建て替えの建築のディレクションにいたるまで、今まで手掛けたことのない仕事もどんどん声をかけていただいて。そういった場合の契約はどうするのか? しかも手続きや交渉ごとが苦手だからクリエイターになったのであって……。

そこで悦子に正式にお願いしたんです。「ゲランを辞めて、サムライに来てくれる?」って。

悦子さん
そう佐藤に言ってもらって、即答で承諾しました。「私にとってはゲランがサムライになるだけだから、サムライでやりたいことはたくさんあるから」って言って。

可士和さん
こう言われたときは、正直意味がわかりませんでしたね。自分のことをブランドなんて当時は思ってもみなかったし、そんなこと言うのもおこがましくて。

前職で学んだことを「サムライ」でも生かす

悦子さん
なぜ「ゲランがサムライになるだけ」なのかと言いますと、クラランスやゲランでは世界にトップクラスのメークアップアーティストなど一流のクリエイターたちと仕事をする機会に恵まれました。

そこではスタッフ全員がいかに環境を整えて、クリエイターにクリエイションに専念してもらうか。そのことに注力していました。企業は、彼らのクリエイションが価値をつくるということを認識していたからです。

悦子さん
一方で佐藤は……あるとき佐藤が電話ごしに言い争いをしていたんです。理由を聞くと「ギャラを値切られた」って言うので「半額にでもなったの?」って聞いてみたら、「端数を切れと言われた」と。

私は広告代理店時代に営業も経験していたし、化粧品会社では仕事を依頼する立場でした。ですのでクライアントの気持ちも分かるのですよね。でも彼にとっては1円でも値切られることは、自分のクリエイションに満足していないという意味で、その認識の違いにとても驚きました。

このような様子を見てきたことも「サムライ」の正式なスタッフとして働くことを決めた一因です。もちろん世界的なクリエイターと、独立したての若者を同一視はしていません。けれど“クリエイター”という点では同じ。なのに彼はスケジューリングから契約交渉まで行っていて。でも、そんなことに時間やエネルギーを使っていないで本業であるクリエイションに集中できたら、どれだけパフォーマンスが上がるだろうと思いました。だから私にも今までの経験を生かして、できることがあると考えたのです。

可士和さん
当時、僕は広告業界では結構名前が知られていたと思うんです。だからこれほど業界で名が知れていれば、きっと業種の壁を越えて新しい領域の仕事が舞い込むと思い込んでいました。けれど意外に隔たりは大きかったですね。でも当時は、ブランディングなんて概念もなくて。悦子が僕の存在や仕事を広めていくため請けた、ライフスタイルや好きな映画や音楽を紹介するようなインタビューの仕事などには、仕方なく応じていましたね。

でも今は、自分も同じようなことをクライアントさんに言っています。ブランディングとは、自分がやっていること、できることを社会に対してわかりやすくアナウンスしていくことだと。そしてどの企業もブランディングが必要だと思いますね。

佐藤可士和
Kashiwa Sato
クリエイティブディレクター
慶応義塾大学特別招聘教授
博報堂を経て「SAMURAI」設立。主な仕事に国立新美術館のシンボルマークデザイン、ユニクロ、楽天グループ、セブン-イレブンジャパン、今治タオルのブランドクリエイティブディレクション、「カップヌードルミュージアム」「ふじようちえん」のトータルプロデュースなど。近年は文化庁・文化交流使として日本の優れた商品、文化、技術、コンテンツなどを海外に広く発信していくことにも注力している。毎日デザイン賞、東京ADCグランプリほか多数受賞。著書「佐藤可士和の超整理術」(日本経済新聞出版社)ほか。
http://kashiwasato.com/

佐藤悦子
Etsuko Sato
「SAMURAI」クリエイティブマネージャー
1969年東京生。早稲田大学教育学部卒業後、広告代理店、外資系化粧品ブランド勤務を経て2001年クリエイティブディレクター佐藤可士和のマネージャーとしてSAMURAIに参加。
大学や幼稚園のリニューアル、病院のトータルディレクション、数々の企業のCIやブランディング、商品及び店舗開発など数々のプロジェクトのクリエイティブマネージメント&プロデュースに幅広く携わる。著書に「SAMURAI 佐藤可士和のつくり方 改訂新版」(誠文堂新光社)、「子どもに体験させたい20のこと」(筑摩書房)など。


文=武藤徉子
写真=芹澤裕介


(執筆:editors room)