「知らない人にあいさつされたら逃げるように」

去年11月、神戸新聞に「マンション内挨拶禁止」という投稿がされ、大きな波紋を呼んだ。投稿者はマンションの管理人の男性。小学生の親から自分のマンションで「挨拶を禁止してほしい」と提案され、「世の中変わったな、と理解に苦しんでいる」と思いを寄せた。

その親は子どもに「知らない人にあいさつされたら逃げるように」と教えているそうだ。一方、周りの年配の住民も「あいさつが返ってこないので気分が悪かった。お互いにやめましょう」と意見が一致したという。

子供や女性への犯罪を未然に防ぐという背景もあるのだろうが、隣近所とそこまで疎遠になっていいのだろうか。

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しかし、筆者の周りでも「こちらが挨拶すれば返事はするが、自分からは挨拶しない」という人なら思い当たる。

自分が関係ない、もしくは関係したくないと思った相手には顔見知りであっても「不要」のタグをつける。自分の「友達リスト」に入っている人は良いが、それ以外は「圏外」になってしまう。

「許す人・許さない人」、「守る人・守らない人」がはっきりしている、とも言えるかもしれない。

その構造は、モンスターペアレンツと似たようなところがある。「あいさつをしない近所」と「モンスターペアレンツ」の違いは、自分の価値観を内に込めるか、相手にぶつけるかの違いだ。

圏外なので放って置くのが前者、圏外でも自分を通したいと思ってタックルしてくるのが、モンスターペアレンツだ。

二つのケースとも、判断の基準は「自分が心地いい相手や場面か」ということだろう。

SNSなどでコミュニケーションが容易で自由になったと言われる。しかし、友達の友達は受け入れるが、それ以外は繋がりたくない。繋がる、繋がらないという線引きが、厳しくなっていると思う。

もちろん、日本社会で他人への関心が完全に凍り付いたわけではない。「マンション内での挨拶禁止」に対するネットへの書き込みは、年代を越え「行き過ぎだ」という反応も多くあった。

これからは人口も減り、高齢化が進んでいく。2015年の国勢調査では、96万人減少という1920年の調査始まって以来の人口減少が明らかになった。単独者も増え、一人や弱者世帯が多くなる。既に、夫婦のみ+単独世帯の合計は、過半数を超えている。今後、繋がりの薄い人間関係をどう乗り切って行くのがいいのだろうか。

「浸食型」の日本と、「対面型」の海外コミュニケーションの違い

日本人のコミュニケーションは、家族や親友など「枠(グループ)」が最優先に見える。仲間意識や連帯感、親切、期待が強く、これがバランスを崩すと、相手の領域へ「浸食」していく。静かな「浸食」によって相手に気兼ねし、他人と接するのが億劫になり、自分が上手く出せない負のサイクルを作り出してしまう。

「個人」と「個人」の枠を越えて浸食するため、「浸食」型の日本のコミュニケーションと呼ぶことにする。

例えば、ランチから会議場への移動、出張中も一緒に行動したがる上司や同僚。これらは、現地集合、現地解散が基本の海外ビジネスマンから見て不思議に映ると言う。筆者が以前、アメリカの政府関連機関で働いていた際、会議が終わって一緒にオフィスへ戻ろうと同僚を待っていたら「どうして」と聞かれたことがあるし、出張先で「空港のロビーで待ち合わせしよう」と言ったらびっくりされたこともある。

それに対し、海外で多い人付き合いのタイプは「対面」型だと思う。対面式キッチンのようなもので、カウンター越しに声も様子もわかるが、違う空間だ。カウンターの外に出て相手に近づくことも、用事が済めばカウンターの内側(元の自分のポジション)に戻ることもできるため、気楽に人とコミュニケーションが取れる。

距離を置いたような対人関係は、自分をコアに考えているため、相手に過度の期待をかけることもない。相手は自分の視野の中にあるため、適宜距離を近づいたり離れたりと調整でき、ヒートアップすることもドライになり過ぎることも少ない。

日本の組織で「時間があればご参加ください」という社内行事の案内を額面通りに受け取って欠席すると「協調性が無い」と判断されかねないケースもあるが、欧米社会で会社主催の行事に欠席しても、上司や同僚が「昨日は参加しなかったね」と言うだけだったという経験をしたのは筆者だけではないだろう。

先細りする、その社会の先に見えるものは

対人関係は緊張やストレスを伴い、自分のシナリオどおり進まないことが多い。海外の環境でもそれはある。ただ、欧米型は「個人」を軸に自分の領域はずっと守りやすい。日本人は「浸食」型のコミュニケーションからもう少しだけ、欧米型の「対面」型にシフトしてもいいのではないだろうか。

欧米の「対面」型のコミュニケーションも、リアルな集まりを通じ人間関係の練習をすればだんだん身につけられる。

1月には、ダボス会議がスイスで開催された。ここで出会う世界のリーダーのコミュニケーションは前向きだ。多くの成功者や注目される人は、社会の出来事に自ら飛び込み、関心と自信を高めながら、発言していく。

ただ、そんな強気のコミュニケーションをふっと思い出しながらも、日本人にはそれだけでは無いような気もする。

先日、地下鉄で下車しようとすると、小学生ぐらいの子連れの女性から「忘れ物ですよ」と声をかけられた。空いた車内で、本やらスマホやらいじりながらいたので、急いで降りたときにうっかりしたらしい。

社会のタグ付けのやり方が変わっても、こんな思いやりや親切といった、ふとしたときにあらわれる人間のやさしさや心のつながりの基本は変わらない。欧米での対面型コミュニケーションをヒントに、あたらしい日本型のコミュニケーションのかたちを探すことが求められている。

大友 幸
日本再建イニシアティブ 
主任研究員、広報担当


(執筆:editors room)