日本人は古来から「AR」を活用していた。そして「能」と「AR」の深い関係性とは?
「テクノロジー×日本の精神性」をテーマに3名の識者と未来のあり方を探るトーク番組「H.SCHOOL (2017.04.15 OA) 」で、能楽師の安田登氏が解説する。

「能」は「AR(拡張現実)」である
安田登
今日はいろいろ話そうと思っていたんですけど、近頃の若い人が「能」を知らないということで、基本的には「能」の話をした方がいいかなと。
ドミニク・チェン
ぜひお願いします。

安田
「能」は幽霊が実在しているってとこから話がはじまるんですね。今でもたまにあるんですが、能を見たお客さんの中に、波が見えたとか、月が見えたとかいう人がいるんです。多分ね、昔の人はもっと見えたと思うんです。むしろ見えることが大前提になってるんですよ。
市原えつこ
風景が見えるってことですか?
安田
風景もそうだし、幽霊も見えたりしたのではないか。例えば、平知盛という平家の武将の幽霊が出てくる話では、彼一人が出てくる場面でも、セリフだといっぱいの人が海の上を歩いてくる感じになっているんですね。多分、昔はそれ見えてたんですよ。例えば、そろばんを習ってる子が暗算するとき空中にそろばんを「置きます」でしょ。しかも「それ」を見て答えを言いますよね。
市原
あー、聞きますね。そろばんが見えてるみたいな。
安田
これってまさに「AR(拡張現実)」じゃないですか?
市原
確かに!
ドミニク
そこに、そろばんの映像を投影しているわけですね。

安田
多分、日本人は「脳内AR」が凄いんです。だからこそ能舞台は基本的に大道具も小道具も使わないで、松だけしかない。あとは「脳内AR」を発動すればいい。枯山水の庭なんかもそうですよね。「脳内AR」があるから、なにもないんですよ。
市原
プロジェクションマッピングなんかしなくても脳内で見ろと。
ドミニク
「見立て」ってやつですよね。
六義園は「脳内AR」訓練センター
安田
駒込に六義園という庭園がありますでしょ。あそこはもともと「脳内AR」を活性化するための訓練場所なんです。
六義園:江戸時代に作られ国の特別名勝にも指定されている日本庭園。
市原
えー! ビジュアライズスキルを鍛える場所?

安田
あそこにいくと、このくらいの石柱が立っていて、例えば「和歌浦」って書いてある。これを読んだ人は「わかのうらに しほみちくれば かたをなみ あしへをさして たづなきわたる」っていう「和歌」を思い浮かべることが期待されてるんですよ。
市原
けっこう習熟度が上がってないと難しい。
ドミニク
ハイコンテキストですね。
安田
さらに、和歌に謳われている和歌山県和歌浦の景色が、今目の前にある六義園の景色に重なって、まさに「AR」のように見える。そういう石柱が昔は88個あったんです。今16個しかないんですけども。
市原
それだけ訓練の場所がいっぱいあったってことですね。
安田
そんなAR民族だったのに、近頃はちょっと弱まってる。
ドミニク
なぜ弱まってるんですか。
安田
多分、凄く論理的になってきて、そういうものはダメだとか、変だとかいう考え方が出てきた。それこそ妖怪が見えなくなったりしたのと同じですね。
ホロレンズは「脳内AR」養成ギプス
安田
「VR」はそうでもないんですけど「ホロレンズ」を使った後は、少し「(残像が)見えません」か?
ドミニク
知っている人もたくさんいると思いますが、「ホロレンズ」というのは、マイクロソフトが作っているヘッドマウントディスプレイで、見ている風景の中にキャラクターや動画を重ねて投影できるものです。これを使ったら、外した後もキャラや動画が見えてる感覚が残るということですね。
市原
確かに!一回体験したんですけど、ホロレンズを通して得た空間認識の感覚が、その後もずっと自分を支配しているような感覚はありました。
安田
VRは現実と完全に遮断されてますけども「ホロレンズ」は現実の光景が目に入ってくる分、AR的な感覚が残るんですよね。
そうすると、ひょっとしたら「ホロレンズ」は、僕達が忘れてしまった「脳内AR」を発動させるための訓練になるんじゃないかって思うんですよ。
ドミニク
なるほど!
安田
あれが軽量化したら、ホロレンズを付けたまま能を見てもらって、途中までは景色や幽霊を表示するんだけど…
ドミニク
あ、途中で切っちゃう?
安田
そう途中で切っちゃう!

ドミニク
あとは自分の「脳内AR」で見てねって。なるほど、それはめちゃくちゃ面白いですね。現代人が失ってしまった「脳内AR」能力を育成させるギプスみたい。
市原
妖怪が見えるような人も出てきそうですね。
「H.SCHOOL」4/15放送分 「能☓IT」安田登 アーカイブ動画はこちら
https://www.houdoukyoku.jp/archives/0028/chapters/27979
(他にはこんなトピックスが語られました)
・能と論語とイナンナの冥界下り(シュメール神話)
・「心」の起源
・シンギュラリティは既に起こっていた
・仁は人2.0(にんべんに「二」)ヒューマン2.0
・温故知新の解釈 「故」は「古」ではなく「固」
(執筆: H.SCHOOL)