観るものの好奇心を掻き立てる魅力的なサーカス・エンターテインメント「シルク・ドゥ・ソレイユ」。

その日本公演最新作「ダイハツ キュリオス」が現在上演中だ。

スチームパンクな世界で巻き起こる、不思議でワクワクする世界観は、大人の好奇心を刺激する。

“好奇心”や“骨董品”という意味を持つ「キュリオス」は、19世紀の産業革命が舞台。シルク・ドゥ・ソレイユ創設30周年記念作品でもある。

「カオス・シンクロ1900(オープニング)」Photos: Martin Girard / shootstudio.ca © 2014 Cirque du Soleil
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30年以上に渡り成功し続けているシルク・ドゥ・ソレイユ、実はビジネススクールにおける「ブルーオーシャン戦略」の有名なケースでもある。

「ブルーオーシャン」という言葉を聞いたことがあっても、その詳細を把握しているビジネスパーソンは、それほど多くないかもしれない。

本稿では、早稲田大学ビジネススクール入山章栄准教授が実際にキュリオスを鑑賞した上で、「ブルーオーシャン戦略」とは何か? その実践方法について詳しく解説する。(前編)

(聞き手:新美有加アナウンサー)

完成度の高いショー

――「キュリオス」を観て、いかがでしたか?

入山:
あっという間の時間でした。エンターテインメント性の高いショーだと思います。単に、アクロバティックな演出が素晴らしいというだけでなく、音楽や照明、キャストの仕草など、どの方向から観ていても抜かりなく楽しめる完成度の高いショーでした。

――前回の「トーテム」も観られているということですが、違いはありましたか?

入山:
「トーテム」ももちろん面白かったですが、「キュリオス」はガラッとテーマも変わり、圧倒的に引き込まれました。

2時間が本当に一瞬でした。それくらい面白かった。今回は、産業革命をコンセプトにしたもので、そのテーマに合わせて出てくるショーの数々は観る人を夢中にさせてくれると思います。

思い切った引き算が成功のカギ

シルク・ドゥ・ソレイユは、世界でも有名なビジネススクールの一つであるインシアード(INSEAD)のチャン・キム教授が提唱した「ブルーオーシャン戦略」の模範的なモデルとしても挙げられている。

「コントーション」Photos: Martin Girard / shootstudio.ca © 2014 Cirque du Soleil

――シルク・ドゥ・ソレイユとMBAはどう関係性があるのでしょうか。

入山:
ビジネスにおいて競合他社としのぎを削る世界は、さながら「レッドオーシャン」と形容できます。ここで、全く新しい発想を取り入れることで、「新しい海・ブルーオーシャン」を開拓して、独占的な地位を築くのがブルーオーシャン戦略。

価値にイノベーションを起す「バリューイノベーション」(価値革新)を行った代表例として世界的に知られているのがシルク・ドゥ・ソレイユなんです。

――「バリューイノベーション」はどのようにしたら起こすことができますか?

入山:
何か新しいビジネスや商品を作る際に、今までなかったものをプラスして展開しようと考えがちなんですが、ブルーオーシャン戦略の大前提は「引き算」です。プラスしようとすると、リソースやコストなどいろいろな面から弊害が生まれます。

逆に、既存のものから引き算をしていくことで、余裕が生まれて、新しいものをプラスできるようになるんです。

シルクには動物もスターもいない

「透明サーカス」Photos: Martin Girard / shootstudio.ca © 2014 Cirque du Soleil

入山:
新美さん、シルクが「引き算」した一番重要なものって、なんだと思いますか?

新美:
うーん…動物が出てこない?

入山:
正解です!仕込みなしでこの回答が出るのはすごい(笑)。

シルク・ドゥ・ソレイユのショーには絶対に動物が登場しません。一般的なサーカスといえば、ゾウやライオンなどの動物がいて、芸をすることが面白さの一つでした。

一方で、動物による芸はコスト面での維持費、調教師の人的なお金・病気・けがなどのリスク管理において、想像以上のコストが発生します。

しかし、シルク・ドゥ・ソレイユの場合、一般的なサーカスにとって目玉となる「動物」をあえて取り除くことで、新たに技術の優れた人員を取り込むことが可能となったのです。多様な業界からアーティストを集め、今までになかった演出ができるようになり、ストーリー性も提供できるようになったんです。

シルクの価値曲線

シルク・ドゥ・ソレイユはどこに価値を見出しているのか。

価値の要素をピックアップして、重要度をグラフ化できる「バリューカーブ」(価値曲線)を使いながら、改めて説明してもらった。

入山:
一般にサーカスには、「アクロバティック」「エンタメ性」「動物」「スター」といった要素があります。一般的なサーカスはこの全部があるわけですね。それに対してシルク・ドゥ・ソレイユは「動物」「スター」を引いているわけです。

新美:
こうして、2つを比較すると一般的なサーカスの方が優れているようにみえます。

入山:
実はそうとは限りません。

この引き算ができることがブルーオーシャンのポイントなのです。これによって、一般的なサーカスで提供できなかった要素、新しい価値を提供することができます。

「動物」を引くことは先ほどお話しました。「スター」を引いた理由は、一般的なサーカスの目玉となるパフォーマーには多くのファンがいました。短期的な集客は可能になりますが、逆にスターのけがや移籍などのリスクがサーカスの収益を不安定にさせてしまうんです。

しかし、シルク・ドゥ・ソレイユでは、スターを作らず、誰もがスターレベルのスキルを持ち、名前を出して集客を行うこともしない。けがや移籍といったことがあっても、代わりを務めるアーティストがいるため、内容の安定化が保障され、満足度の高いショーを提供することが可能となったんです。

さらに、この動物を抜いたことで、ターゲットを「大人」へと移行させることができて、それが一般的なサーカスとは違う圧倒的な差別化を実現したのです。

入山:
一般のサーカスは子どもや家族連れが対象のため、チケットの価格は低めに設定されています。しかし、シルク・ドゥ・ソレイユは高めに設定することで、大人向けのビジネスを展開しました。

動物を抜き人だけで盛り上げることになったことで、ストーリー性や芸術性のある演目ができるようになったのです。だからこそ、大人のお客さんを中心に呼ぶことが可能となりました。

引ける要素は引いていき、サーカス業界の中では考えられなかった大人をメインに集客することで、安売り競争にも巻き込まれなくなりました。

レッドオーシャンになりがちな価格競争から脱却し、熟成された大人向けのエンターテインメント性の高いサーカスとして、シルクはブルーオーシャンの開拓に成功したんです。

――ビジネスパーソンが「ブルーオーシャン戦略」を実践するには、どうすればいいですか?

入山:

まず、バリューカーブを実際に書いてみることでしょうね。意外と自分たちでも気付かなかった発見や気付きがあるはずです。

例えば、同業他社の強みや弱みを価値曲線に当てはめてみることで、比較検討することが可能になります。比較していると、相手もやっているから自分たちもやろうとなりがちですが、まずはどこが引けるか。引いたことで浮いた資金はどこに投資できるのか。

そういった考え方で競合している企業と違うブルーオーシャンを探すことが大切です。

(※記事の中で紹介されている公演の内容は、都合により一部変更される場合が御座います)

■入山章栄氏
早稲田大学ビジネススクール 准教授。
三菱総合研究所でコンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013年から現職。『[新版]ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する』(ダイヤモンド社)の監訳にも携わる。国際的学術誌に多くの研究を発表している。2012年に刊行した『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)2015年末に刊行した『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社)は、共にベストセラーとなっている。