垂秀夫駐中国大使が本格始動

「主張すべき点はしっかりと主張する。是々非々で安定的、建設的な関係を構築していきたい」

垂秀夫駐中国大使は12月11日、北京の日本大使館で着任後初めての記者会見に臨み、大使としての抱負をこのように語った。垂大使は11月26日に北京に着任後、新型コロナウイルス対策のための隔離期間を経て、本格的に活動を開始した。

着任後初の記者会見に臨む垂秀夫駐中国大使(12月11日)
着任後初の記者会見に臨む垂秀夫駐中国大使(12月11日)
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中国共産党内に広い人脈を持つ垂大使は、その情報収集能力から「中国当局が警戒する人物」とも評される、対中外交のスペシャリストだ。そのような「異色」の大使の会見ということもあって、会場には多くの報道陣が詰めかけ、大きな注目を集めた。

記者会見場の様子(12月11日)
記者会見場の様子(12月11日)

会見で、垂大使は、沖縄県尖閣諸島周辺の領海侵入を繰り返す中国側の行為とその主張について、「全く受け入れられない」と非難。さらに、国際的に中国への批判が高まっている香港問題などを念頭に、「中国が必ずしも国際的なスタンダードで動いていないと思われるような場面もある」と指摘するなど、中国政府にとって耳が痛い発言も口にした。

一方で、「安定した、率直に話し合える関係、とりわけ両国のハイレベルがいつでも意思疎通できるような関係を構築しておかなければ相手にメッセージは届かない」と述べ、日中の首脳レベルの交流強化に努めていく姿勢も強調したのだ。

中国メディアは友好ムード演出

垂大使の着任をめぐっては当初、その情報収集能力や対中強硬派ともみられるスタンスが警戒され、中国政府内に反対論が出ていた。このため、中国共産党や政府の「喉と舌」とも言われる中国メディアが、垂大使についてどのように報じるか、日中の関係者の間でも注目されていた。

会見から1週間後の12月18日、中国共産党系メディアで、対外強硬論でも知られる「環球時報」は、垂大使に対する書面インタビューの内容を大々的に報じた。見出しは、「日本の未来は対中政策の選択によって決まる」というもので、垂大使の言及がそのまま使われた。

垂大使は、「今回の着任前に政治、経済、文化の分野のリーダーたちと会った際によく聞いた言葉が、『日本の未来は対中政策の選択によって決まる』というものだ。私はこの言葉が日本国内の多数の人の見方を表していると思う」と回答。対中政策の重要性を指摘すると同時に、日本が今後どのような対中政策を取るのかは、中国側の対応如何に密接に関わってくることをにじませた。

書面インタビューを掲載する「環球時報」(12月18日付)
書面インタビューを掲載する「環球時報」(12月18日付)

記事を執筆した環球時報の記者は、前々任の木寺氏、前任の横井氏にそれぞれ大使在任期間中に、取材を申し込んだものの断られたとした上で、「コメントを出す最初の中国メディアに『環球時報』を選んだことは尋常ではない。外交官は『環球時報』を通じてコメントを出すことになかなか勇気が出ない。自国で批判されるのを心配するからだ」と持ち上げた。舌鋒鋭い環球時報の懐に飛び込んだことを評価し、好意的に伝えたのだ。

そして、「中国と日本の間には様々な、いわゆる懸案がまだ存在している。垂大使が在任期間中に、両国は一部の懸案について討論を展開するかもしれない。この過程で摩擦が生じる可能性は排除できないが、垂大使が考えを伝えることを望み、交流を楽しむことは、両国関係にとってとても重要である」と綴り、垂大使の手腕に期待を表明した。

環球時報は垂大使が北京に着任した当日付けの紙面でも、「中国の友人から見た日本の新たな駐中国大使」という見出しの記事を掲載。「古くからの友人が両国の交流のためにさらによい局面を開いてほしい」という垂大使の友人の言葉を紹介するなど、友好ムードを演出している。

垂大使の友人を取り上げる「環球時報」(11月26日付)
垂大使の友人を取り上げる「環球時報」(11月26日付)

背景には習近平国家主席の意向?

こうした友好ムード演出の背景には習近平国家主席の意向があるとみられる。

中国当局の関係者はFNNの取材に対し、「現在、上層部の考えは中国と日本の関係を改善することだ。習主席は周辺外交を重視している」と指摘。このため「中国メディアの報道もそれを考慮し、好意的になっている」との見方を示す。

習近平国家主席(2020年5月、全人代にて)
習近平国家主席(2020年5月、全人代にて)

これに対し日本のある外務省幹部は、「中国はアメリカとの対立を抱え、日本との関係を強化しなければいけないと考えている。しかし、もし中国側が日本には何をやってもダメだと思ったら方針が180度変わる可能性もある」と日本側の対応によっては中国が態度を豹変させる懸念もあると分析する。だからこそ、今のうちに日中関係を改善することが重要だと言うのだ。

「中国側と一切付き合わなくてもよいということであればそれでもよいが、経済面などを考えるとそうではないと思う。日本としてはこの機会を上手く利用し、いざという場合に互いに本音で率直に話し合いができる関係を構築しなければならないと思う」

一方、垂大使は会見の中で、「日中が互いに引っ越しができない関係にあるのもまた事実だ。そうである以上、外交的に日中間で安定した関係を構築していく以外に他のオプションはない」と語った。

11月中旬に発表された日中の共同世論調査では、中国に対する印象を「良くない」とする日本人が前回よりも5ポイント増えて89.7%に上るなど、日本の対中感情は悪化している。それでも中国側は、米中対立や新型コロナウイルス、香港問題などでの国際的な対中批判を背景に、日本に接近している。

「日本の未来は対中政策の選択によって決まる」という言葉を踏まえ、「対立か、宥和か」の二者択一ではなく、対中政策の幅を広げられれば、日本の未来の選択肢もより広がることになる。そのためには日中間に率直かつ安定した、ハイレベルな意思疎通が欠かせない。新たな日中関係構築への模索が続く。

【執筆:FNN北京支局 木村大久】

木村 大久
木村 大久

フジテレビ政治部(防衛省担当)元FNN北京支局