北朝鮮問題はいま、複雑怪奇なパズルを解く構図になっている。アメリカと北朝鮮の間では、これまで2回に渡って首脳会談が開催されたが、ここにきて当初の融和ムードは薄らぎ、対話は再び膠着状態に突入した。
 
特に象徴的だったのは、ベトナムで開催された今年2月の2回目の米朝会談。北朝鮮の非核化に向けて、形式上でも合意に漕ぎつけるのではないかという見方も広がるなか、結局合意には至らず、トランプ大統領は会談を途中で切り上げ、エアフォースワンで早々にアメリカへと飛び立ったのだ。

2回目の米朝首脳会談(2月28日 ベトナム・ハノイ)
2回目の米朝首脳会談(2月28日 ベトナム・ハノイ)
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日本政府関係者は会談が事実上の決裂に至ったことについて「残念だが、安易な合意に至るよりはよかった。Bad deal よりは No dealということだ」と語った。その後、北朝鮮をめぐる情勢はどうなったか。

北朝鮮がロシアに接近した理由

北朝鮮は軍事的挑発行動を再開した。北朝鮮は「正常な軍事訓練」と主張したが、5月9日に発射された飛翔体については日米両政府が「短距離弾道ミサイル」と断定した。

北朝鮮が9日発射した“飛翔体”(10日付労働新聞より)
北朝鮮が9日発射した“飛翔体”(10日付労働新聞より)

アメリカのポンぺオ国務長官が指摘するように、北朝鮮が飛翔体を発射したのは金正恩委員長がロシアのプーチン大統領と会談した直後といえば直後である。では何故ロシアが登場したのか。政府関係者はこう解説する。
 
「金委員長は一人きりでトランプに対峙する根性がない。だから“保護者”である中国の習近平主席に何度もアドバイスをもらいに行く。もっと味方が欲しいから、プーチン大統領にも会うんだ。じゃあ、プーチンはどうか。プーチンはアメリカとちゃんと向き合いたい。『俺たちも影響力があるんだぜ』とトランプ大統領に見せつけたい」

ロ朝首脳会談(4月25日 ロシア・ウラジオストク)
ロ朝首脳会談(4月25日 ロシア・ウラジオストク)

なるほど。そうすると、なかなかやっかいかもしれない。日本が推移を見守る米朝の交渉プロセスは、中国を「裏の操縦者」として抱えつつ、南北統一を目指し寄り添う韓国が北朝鮮との具体的な接着点を模索しているという構図だった。その中で日米両政府は、北朝鮮の非核化プロセスの進展を優先し、具体的な行動を促し続けてきた。それが今後は、ロシアも交えた“6か国の構図”になる可能性をはらんでいるということだ。

前述の政府関係者は「ロシアがメインプレーヤーになることはない」と指摘するが、いわゆる当事国が増えることはプラスなのかマイナスなのか。プーチン氏は金委員長との会談で、中断している「6か国協議の再開」を提案したが、金委員長がどのように反応したかは明らかになっていない。

「6か国協議」の深い反省と「政府内の温度差」 

「6か国協議」は北朝鮮と日米韓中露が参加する、北朝鮮の核問題を話し合う枠組みだ。2003年に開始されたが、北朝鮮の核廃棄を巡る各国の路線対立が表面化するなどして2008年を最後に開催されないままになっている。また、この協議を行ってきた裏で北朝鮮に核開発を加速されてしまったという深い反省は交渉担当者の胸に今も刻まれている。日本政府は現在、この6か国協議の再開に前向きな姿勢を示してはいない。
菅官房長官は4月26日の記者会見で、6か国協議再開について聞かれ、次のように述べている。
 
「我が国としては引き続き朝鮮半島の非核化に向けて、日米及び日米韓3か国で緊密に連携し、中国をはじめとする国際社会とも協力していきたい」

菅官房長官の会見(4月26日)
菅官房長官の会見(4月26日)

明言はしていないが、菅長官はあくまでも、現在進められている米朝プロセスを後押しすることが非核化への近道だと考えている。そもそも、トランプ大統領は2国間の「バイ会談が得意」とされる。複数の当事国の利害が絡む交渉は不得意というわけで、特に外務省を中心に、思惑が複雑に交錯する6か国協議の再開には否定的な意見が多い。ただ、実際のところ、政府内でも意見が割れている。

安倍政権の幹部の一人は、「昔の6か国協議がダメだったから今度もダメだろうという発想は古すぎる」と指摘する。これは、北朝鮮の非核化プロセスがいずれ最終局面になったとき、これらの当事国が参加または協力しなければ、実効性のある非核化は結局実現できないだろうという「リアリスト目線」だと理解できる。

「前提条件なし」の日朝会談にカジ切った安倍首相の「本音」

これらの一連の動きを俯瞰した上で重要な意味を持つのは、安倍首相が「前提条件なしの日朝首脳会談の開催」に意欲を示したこととのリンク、そして唐突にも見える発言の背景に何があったかだ。
 
安倍首相がこの方針を公に表明したのは5月6日夜。休養先の山梨県の別荘から総理公邸に戻り、トランプ大統領との電話会談を終えたあとだった。
 
「拉致問題を解決するために、あらゆるチャンスを逃さない。私自身が金正恩委員長と向き合わなければならない、条件を付けずに向き合わなければならないという考えです」

日米首脳電話会談後、記者団に話す安倍首相(4月9日)
日米首脳電話会談後、記者団に話す安倍首相(4月9日)

安倍首相はのちに、この表明について、「(従来から述べていた)金委員長と直接向き合うとの決意をより明確な形で述べたものだ」と説明したが、腑に落ちないと思う人も多いと思う。
 
FNNは、去年の南北首脳会談から今日に至るまで、金委員長が日本に対して、特に拉致問題や日朝首脳会談についてどのような言及をしたのか、取材を続けてきた。これは想像以上に難航したが、金委員長がどういうタイミングで何を発言したのかをひも解くと、安倍首相が前提条件なしの首脳会談に意欲を示した理由の一端が見てきそうだ。

金委員長から安倍総理へのメッセージが判明

【去年4月の南北首脳会談で文大統領に対し】 「なぜ日本は直接言ってこないのか」

【今年2月の米朝首脳会談でトランプ氏に対し】 「安倍総理と会う用意がある」
 
去年4月27日の南北首脳会談で、韓国の文在寅大統領が金正恩委員長に対し、日本が拉致問題の解決を求めていることを伝えると、金委員長は「韓国やアメリカなど、周りばかりが言ってきているが、なぜ日本は直接言ってこないのか」と語ったことが、政府関係者への取材で明らかになった。

南北首脳会談(2018年27日 板門店)
南北首脳会談(2018年27日 板門店)

また、今年2月の2回目の米朝首脳会談では金委員長がトランプ氏に対し「安倍総理と会う用意がある」と伝えていたこともわかった。極めて断片的な情報ではあるが、金委員長が一貫して安倍首相と面会することを拒絶はしていないことが推察できる。

米朝首脳会談(2月28日 ベトナム・ハノイ)
米朝首脳会談(2月28日 ベトナム・ハノイ)

安倍首相が件の「前提条件なし」の日朝会談に言及したのは、今年4月下旬にアメリカ・ワシントンを訪問した直後だ。安倍首相はこの訪問で、トランプ氏との首脳会談や恒例のゴルフ外交を通じて、北朝鮮情勢についてトランプ氏と2人きりで長時間話し合った。
政府関係者によると、安倍首相はこの場で金委員長について①非核化に向けた米朝協議を継続する意思があること、②拉致問題の解決を含む「日本との対話」を否定していないこと、を確認したのだという。

日米首脳会談(4月26日 米・ワシントン)
日米首脳会談(4月26日 米・ワシントン)

さらに、今からおよそ1年前に、安倍首相はトランプ氏から次のように伝えられていたこともわかった。
 
「He is open」(金委員長の対話のドアは開いている)

これらの断片的な情報を見ても、この1年あまりの間に文大統領やトランプ氏が繰り返し日本人拉致問題を提起するなかで、金委員長が日本との直接対話について、前向きとは言えないまでも、拒否はしないとの重要メッセージを伝え続けていたことになる。
 
政府は、こうした金委員長のメッセージを把握しつつ、米朝協議の推移も見守りながら、表面的には静観を続けてきた。日朝会談というテーマに絞れば、ボールは北朝鮮ではなく、むしろ日本にあったと見ることができよう。政府は、金委員長のメッセージに隠された意図を詳細に分析し、次の出方を探ってきたのだ。それが安倍首相の唐突にも見える表明につながった背景とみる方が自然ではないか。

やはり複雑な北朝鮮問題、試される安倍外交

ただ、プラスの側面だけではない。拉致問題について政府は、最後は日本自ら解決するという基本方針を持っている。その上で当初は一連の米朝による非核化協議の進展と並行して解決を目指す基本方針だった。しかしここにきて安倍首相が前提を付けずに日朝首脳会談に臨む姿勢を示したことは、米朝協議の先行きが見通せない状況に陥ったことの裏返しとも言える。それは拉致被害者家族の高齢化が進む中、非核化交渉の行方を見届けてからでは、拉致問題の解決には遅すぎるかもしれないという厳しい現実でもある。

また、いくら日本が拉致問題の解決に向けて独自に外交を展開しようとしても、非核化交渉が決裂してしまえば、日朝会談開催の機運に悪影響を与える。北朝鮮による軍事的挑発が事実上再開されるなか、待ったなしの拉致問題解決にどのような打開策を見出すのか。安倍外交は最大の試練に直面している。

(フジテレビ官邸キャップ・鹿嶋豪心

鹿嶋豪心
鹿嶋豪心

フジテレビ 報道局 政治部 官邸担当キャップ