介護離職が社会問題に

家族が要介護者になると、さまざまな問題が出てくるが、働く人にとって大きな悩みとなるのが「仕事との両立」だ。近年、家族や親族を介護するために仕事を辞める「介護離職」が社会問題となっている。

総務省「就業構造基本調査」を基に作成
総務省「就業構造基本調査」を基に作成
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総務省の「就業構造基本調査」によると、介護・看護を理由に離職した人の数は、2016年10月~2017年9月の1年間で、9万9,100人。過去の推移を見ても、8万1,200人(2015年10月~16年9月)、10万人(2014年10月~15年9月)、9万9,000人(2013年10月~14年9月)、9万900人(2012年10月~2013年9月)と状況はほぼ変わらない。毎年10万人前後が、介護・看護のために離職せざるを得ない状況が続いている。

辞めた先には厳しい現実も

働きながらの介護は負担も大きいため、「仕事を辞めた方が介護に専念できるのでは」と考えるのも当然だ。慣れない環境で世話をすることが精神的負担となり、介護する側が体調を崩してしまうケースも少なくないという。

とはいえ、退職すれば収入は当然減ってしまう。日常生活を維持するにはもちろん、介護サービスを利用するにもお金は必要なため、介護に集中するほど経済的には厳しくなる。

そして介護の負担が減り、復職できる状態になっても、厳しい現実が待ち受けている。総務省がまとめた「介護施策に関する行政評価・監視」では、就職活動をした介護離職者のうち、再就職できたのは43.8%。再就職できても、正社員になれたのは20.6%という調査結果もある。

介護離職者の再就職は容易ではない(総務省「介護施策に関する行政評価・監視」の結果に基づく勧告より抜粋)
介護離職者の再就職は容易ではない(総務省「介護施策に関する行政評価・監視」の結果に基づく勧告より抜粋)

親が要介護者になるケースだと、その子どもが40代~50代で初めて、介護する側に回ることも珍しくはない。年齢も復職を阻む壁となるため、仕事を辞めても辞めなくても、どちらの選択でも辛い状況になる可能性がある。

私たちはそのとき、どのように対処すれば良いのだろうか。

介護離職を経験し、介護の電話相談窓口「介護とこころの相談室」でカウンセラーを務める、飯野三紀子さんに話を伺った。

自身も5人の介護を経験

――介護に携わるようになったきっかけは?

2000年、脳梗塞などで要介護状態となった伯母を、母と2人で介護したのが始まりです。当時は介護保険制度の創設から間もないころで、手探り状態だったのを覚えています。

伯母はしばらくして亡くなりましたが、2~3年後、今度は母が認知症を発症し、同居して面倒を見るようになりました。その後も、うつ病になった幼なじみ、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を患った叔母、がんを患った叔父と、これまで5人を介護し、母以外の4人は看取りました。

母はアルツハイマー型認知症を患い、現在は「要介護度5」ですが、元気に暮らしています。

飯野三紀子さんは「コストと相談し、利用できる介護サービスを想定しておくのも大切です」とも話す
飯野三紀子さんは「コストと相談し、利用できる介護サービスを想定しておくのも大切です」とも話す

――介護離職した経緯とは?

現在は介護関係の活動もしていますが、以前はキャリアコンサルタントとして、職業紹介の相談業務をしていました。仕事も絶頂期といっていいほど順調で、別会社のスカウトに応じて退職し、入社の準備をしていましたね。

その辺りに母が認知症を発症し、それからまもなく、幼なじみがうつ病となり自殺未遂をしたのです。脳梗塞となった自身の母を介護したことによる「介護うつ」でした。複雑な家庭環境で他に家族がいなかったため、私が母と幼なじみの2人を看るようになりました。

2人を世話しながら働く余裕はなく、スカウトされた会社には「入社を3カ月待ってほしい」とお願いしました。当初は1~2カ月で元気になると思っていたのです。ですが精神的な疾患もあり、症状は一向に良くなりません。母と幼なじみ、二重の介護をするうちに「これはとても両立できない」と思い、お誘いを辞退することになりました。

その後は復職も考えましたが、誘いを断ったことでプロジェクトが頓挫した経緯もあり、同じ業界には戻れません。それなら独立して活動をしていこうと、心理学を勉強しなおして、働く人のメンタルヘルスの仕事を始めました。

幸いにも、産業カウンセラーやキャリアコンサルタントの資格を持っていたため、フリーランスでの仕事はありました。
そのうちに介護離職問題の関係でも仕事をいただくようになり、現在に至ります。

介護する側が休む「レスパイトケア」も大切

――症状の異なる5人の介護。ご苦労されたのでは?

自分で言うのも何ですが、頑張ったと思います。要介護度が上がれば介護サービスの単価も増え、サービスを利用するには節約しなければなりません。日常の介助をする場面も増えるのですが、できることはやらせないと要介護者本人の機能も衰えてきます。

私の母の場合は、箸の使い方を忘れて手づかみで食事したり、咀嚼物を隠すほか、トイレで排泄せず、自宅のカーペットを汚してしまうこともありました。私も思わず怒ってしまうのですが、母は介護サービスの利用でもろもろの状況に責任を負いませんが、私はそのままの状態で仕事に行き、その状況の後始末をしなければなりません。

介護は24時間続くので、そのうち「あの作業はまだやってないな」という感覚が強迫的に残るようになりました。次第に息苦しさを感じるようになり、母の物音がすると夜中でも、離れた部屋にいても目覚めるようになりました。眠れないのです。

疲れは慢性疲労となり、ストレスで酒量も増えてしまいました。カウンセリングで心と体の大切さを訴えている私が、この状況では「まずい」と危機感を覚え、対処法を探し始めました。

「ショートステイ」などの介護サービスを併用することで楽になったという(画像はイメージ)
「ショートステイ」などの介護サービスを併用することで楽になったという(画像はイメージ)

――どのように対処した?

ケアマネージャーに相談し、長い期間利用できる「ショートステイ」(短期入所生活介護=短いスパンで日常介護を受けられるサービス)先を見つけたことが助けとなりました。今では「ヘルパー」や「デイサービス」なども組み合わせ、ほぼ毎日何らかの介護サービスを使っています。

例えば、ショートステイやデイサービスを利用した上で、母のお迎えと食事の用意をヘルパーさんに頼み、その間に仕事をして帰ってくるようにしています。間に合うなら母を迎えに行き、介護費用を節約する...といった具合です。複数の介護サービスを併用することで負担が減り、日々のスケジュールをルーティン化できるようになりました。

土日も介護サービスを使い、私は介護をしません。夜は基本的に私が介護するので、週に2~3日、自分の時間を取らなければ慢性的な寝不足になってしまいます。睡眠時間を確保することでやっていけている部分があります。

介護業界では、このような休養を「レスパイトケア」と呼びます。介護が始まったばかりのころは「自分で何とかしなければ」と考えてしまいがちですが、介護サービスを利用しなければ、介護する側は間違いなくつぶれてしまいます。


――経済的な問題で介護サービスをあまり利用できない人はどうすれば?

所得が少ない人でも、介護保険などの利用で負担は減らせます。ケアマネージャーに「利用できる社会保障はある?」と相談するなどして、居住地域の支援制度を調べるべきでしょう。厳しい状況が続くのなら、生活保護などの社会的資源に頼ることも考えるべきではないでしょうか。

親が元気なうちに、介護費用の認識を共有しておくことも大切です。介護を突然やろうとすると、経済的な問題に直面する可能性も増えますので、使える資産がどれくらいあるか、介護が必要になったらどう使うかなど、心構えをすることも必要でしょう。


(参考記事:もしも大切な人が“要介護者”になったら? 知っておきたい「介護の基本」
複数の介護サービスを併用することで、生活を立て直すことができたという飯野さん。
自らも経験した介護離職については、どのような思いがあるのだろうか?

介護離職を決断する前に…

――介護離職についてはどう思う?

支援制度がある企業に転職することはあっても、介護を理由に仕事を辞めるべきではありません。介護する親はいつか亡くなりますが、その後はあなた自身が生きていかなければならないのです。経済的基盤は必要です。

そして仕事は「自分の人生を生きる意味」としても大切です。介護は「死」という喪失体験で終わります。介護だけに没頭すると社会のつながりから離れてしまい、介護対象が亡くなったときの喪失感や精神的負担が大きくなってしまいます。「介護を考えなくても良い時間」を持ち、自己実現や自己肯定感を得るためにも、仕事は可能な限り続けるべきでしょう。


――ですが、介護負担が大きいと離職せざるを得ないのでは?

仕事をしているからこそ、利用できる支援制度もたくさんあります。例えば、年次ごとに使える「有給休暇」「介護休暇」は雇用されているからこその権利です。介護休暇は要介護状態の親族を介護するために取得でき、最大5日まで休めます。

親族を2週間以上、常時介護する必要がある場合、通算93日分まで休業できる「介護休業」という制度も利用できます。ハローワークに申請すれば、給与の3分の2程度も支給されます。

この介護休業を利用する場合、93日分の休業は3分割できるので、最初に全て取得しないことをお勧めします。介護者の負担は介護段階によって、増えることがあるためです。
例えば、3分割すると、最初の1カ月は介護手続きなどでバタバタするとき、次の1カ月は在宅介護から施設介護への移行などで環境が大きく変わるとき、最後の1カ月は終末期の寄り添いや看取りの準備と、負担が増えるときに役立てられます。

介護をするのであれば、自分の人生の一部として選択をしていかなければなりません。
そのときに後悔しないためにも、支援制度を知ることが大切でしょう。


――介護と仕事に追い詰められないようにするには?

介護が何かを知ることがスタートになるのではないでしょうか。介護保険の仕組みを知れば、介護保険給付や利用できるサービスも分かります。「こんなことを準備すれば良い」「ここに行けば良い」と分かるだけでも違うのです。

介護離職の事例を見ると、「仕事と両立できない」とパニックに陥り、1年以内に離職してしまうケースも多いです。介護の流れは時間とともに分かるところもあるので、まずは「1年は介護を受け入れる努力をする」心の準備をしてはいかがでしょうか。

また、親世代の方には「介護サービスのお世話になる」という心構えを持ってほしいですね。「国の世話になりたくない」「老人の行く場所には行かない」と介護サービスを利用せず、子どもが非常に苦労するケースは山ほどあります。ですが実際に利用すれば、楽しく介護を受けられるものです。偏見や抵抗を持たずに介護サービスを利用してほしいです。

「介護とこころの相談室」ウェブページより
「介護とこころの相談室」ウェブページより

――心理的負担を減らすためにはどうすれば良い?

「介護とこころの相談室」で話を聞いていると、介護する側の心の問題が大きいことが分かります。例えば、尊敬していた父が認知症となり、人格が変わって暴言を吐いたり、排泄物を垂れ流すようになっても、介護は続けなければなりません。

そうすると心は傷つきますが、恥ずかしさや父の尊厳を守りたい思いから、他人には打ち明けられません。そのうちに心は孤立し、うつになってしまいます。家の事情は話したくないものですが、どこかで本音を話さないと心の健康は保てないと思います。

介護をしていると思うように介助できず、暴言を吐いてしまった経験は誰しもあるのではないでしょうか。でもそれが進行すれば虐待につながりますし、「なぜやってしまったのか」と後悔も生まれるでしょう。

そんなときに安心して話せる第三者、泣くのを受け止める存在が必要なのではないでしょうか。

要介護者それぞれに合った介護サービスはある

――介護サービスを利用する上での注意点は?

要介護者それぞれに合う雰囲気、合わない雰囲気の施設・サービスがあることを知ってほしいです。私もそうでしたが、介護をする側は「このサービスが合っているはず」と考えてしまいがちです。

どのような施設・サービスが適しているか知るためには、親を一人の人間として見て、その人が好きなことは何か、向いていることは何かを知る必要があります。コミュニケーションが取れるうちに、一度話してみてはどうでしょうか。


――介護離職が頭に浮かんだ方に伝えたいことは?

介護離職に限らず、一人で考えると他の考え方が見えなくなってしまうことが多いです。あなた自身の人生を大切にするためにも、困ったときはまず相談することをお勧めします。

日本はカウンセリング文化が根付いていないため、ためらってしまうこともあるでしょう。ですが、悩みを打ち明けることは恥ずかしいことではありません。介護者同士の情報交換や交流を行う「介護者の会」などもあるので、勇気を出して利用してほしいと思います。




働きながら介護をするようになると、ついつい「どちらも全力で頑張らなければ」と考えてしまいがちだ。だがその「頑張り」がパンクすれば、介護うつなどに陥ることもある。さりとて、介護離職すれば、社会とのつながりや経済的基盤が失われてしまう。

飯野さんは介護離職はすすめないとのことだったが、どんな選択をするにしても、まずは介護される側と介護する側がどちらも、介護サービスを理解して利用することが大切だろう。もし悩みを感じたのなら、電話相談窓口など、自分の思いを打ち明けられる場所があることを覚えておきたい。

飯野三紀子
キャリアコンサルタントを務めた会社員時代、母と親友の介護が重なったことで介護離職を経験。その後はフリーランスで活動し、親族ら5人を介護した経験を生かして、介護離職の防止を呼びかけている。現在は高齢の母を在宅介護する傍ら、一般社団法人・介護離職防止対策促進機構の理事を務める。株式会社ウェルリンクでは「介護とこころの相談室」を立ち上げ、介護のアドバイスや心のケアを行っている。著書に「介護と仕事をじょうずに両立させる本」がある。

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プライムオンライン編集部
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FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。