前田農産食品は、明治32年に本別で創業し、130年にわたり環境の変化や食の多様化に対応する農業を展開しています。現在は150ヘクタールもの農地で小麦を中心とした作物を生産するほか、国産初の電子レンジ専用ポップコーンの製造販売など、6次産業化にも取り組んでいます。代表取締役の前田茂雄さんに、十勝から世界を見据える農業の未来と、経営への想いについて聞きました。
130年の歴史と「食文化」を創る覚悟
――前田さんは、代々続く農家に生まれ育ったのですか。
「うちは1899年に岡山から北海道に入植した曽祖父の代から、ずっと農業を営んでいます。子供の頃は地元の学校に通い、部活や遊びに夢中な子供でした。将来的に農業を継ぐという意識は強くありませんでしたが、長男ということもあり、なんとなくその道に進む雰囲気はありましたね。東京農業大学へ進学し、卒業後はアメリカのアイオワ州立大学へ留学しました。そこで、テキストブックを読むだけでなく、実際に農場で経験を積むことの重要性を学び、2000年に帰国して就農しました」
――就農後、大きな転機となった出来事はありましたか。
「2009年が大きな転機でした。当時、農業政策の変更を前に、父と今後の経営について話し合っていた際、『次は俺が決めるのではなく、お前が決めるんだ』と言われ、自立の覚悟が決まりました。同じ頃、帯広のますやパンの杉山社長から『北海道十勝の小麦で食文化を作りましょう』と声をかけていただいたんです。単なる作物の生産ではなく、10年、20年かけて食文化を共に作り上げていくという実需の方からの言葉に、継続して農業をやる意志が固まりました」
失敗から生まれた「世界初」のポップコーン技術
――冬場の雇用維持のためにポップコーンに着目したそうですね。
「北海道の冬は厳しく、外での栽培は困難です。そこで、加工まで手がけることで工場を作り、雇用を維持できるのではないかと考え、ポップコーンに目をつけました。しかし、栽培は苦難の連続でした。2013年は霜の被害で全滅し、2014年は乾燥工程で失敗してしまいました。アメリカの専門家に相談しても『お前はポップコーンの気持ちになったことがあるのか』と突き放され、答えは自分で見つけるしかないと痛感しました」
――その難局をどのように乗り越えたのですか。
「小麦の選別技術を応用し、規格外の小麦とポップコーンを混ぜ合わせて、穀物同士で水分を調整しながらゆっくり乾燥させるという方法を編み出しました。3年目に初めて見事に弾けた時は、涙が出るほど嬉しかったです。この技術があるおかげで今の事業が成り立っています。現在は『うま塩味』や『バター醤油味』を展開し、多くの方に楽しんでいただいています」
農業の未来を担う人材育成
――農業界の課題に対して、どのような取り組みを行っていますか。
「農業の高齢化が進む中、次世代の人材育成が急務です。私は一般社団法人ナフィールドジャパンを通じて、農業者向けの奨学金制度を運営しています。世界中の若手農業者と交流し、食文化や流通、政策など広い視野を持ちながら、ローカルで農業を実践できるリーダーを育てたいと考えています。日本は気候や政策面でアドバンテージがありますが、それに甘んじず、世界に目を配ることが重要です」
楽天家として挑む、トラブルを楽しむ経営
――ボスとして大切にされているポイントは何ですか。
「私は楽天家なので、悲壮感を漂わせて仕事はしません。大変な時は誰にでもありますが、それは大きく変われるチャンスでもあります。私は『ウェルカムトラブル』という言葉が好きで、人生そんなに簡単にうまくいくわけがないと割り切り、トラブルが起きることを前提に準備をして楽しむ姿勢を社員たちと共有したいと考えています」
――今後の展望について教えてください。
「農業を持続させるためには、一過性の投機的な作物作りではなく、温暖化対策を含めた技術革新と、確固たる食文化の構築が必要です。また、今後はアメリカへの輸出も本格化させます。5月には英語パッケージを作成し、日本のフレーバーを本場に届けます。ポップコーンの国に日本のポップコーンを持っていくのは挑戦ですが、喜んでいただければ、日本の農業の可能性を示す大きなチャンスになると信じています」
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