金融業界から斜陽産業とも言われる日本酒業界へ異例の転身をした女性がいる。新潟県長岡市にある老舗酒蔵を買収し、事業承継した女性蔵元の思いとは…蔵元が描くビジネス戦略や日本酒業界の可能性についても迫った。
■酒蔵の経営を引き継いだ女性
新潟県長岡市で約170年続いた老舗の酒蔵『高橋酒造』。2年前、一人の女性がこの蔵の経営を引き継いだ。
「蔵も広くて暗かったが、でもなんかこう明るい印象というか、すごくいい印象を受けた」
こう話すのは、葵酒造の青木里沙代表(39)。
三重県出身で東京大学経済学部を卒業後、大手証券会社など国内・国外の金融会社でキャリアを積んだ。
■海外生活きっかけに日本酒業界へ
そんな青木さんがなぜ日本酒業界へ転身したのか…そのきっかけは、夫の赴任を機に移り住んだシンガポールでの経験があった。
「シンガポールに行っている時に、自分が日本人だなと思った。自分の起源というか、やっぱり日本的なものの考え方もするし、それを活かした方が生きやすいんじゃないかと思った」
海外生活で日本の文化を見つめ直し、もともと好きだった日本酒の業界へ進むことを決めた青木さん。
6年前に山形の酒蔵で働いたが、蔵の経営方針の変更で退社し、自ら蔵元になることを決心した。
■近年活発化している酒蔵の事業承継
「自分でやることが一番安全だと思った」と話す青木さんだが、現在の酒税法では、日本酒製造の新規参入は認められておらず、自身が蔵元になるには事業承継という道しかないのが現状だ。
ただ、金融業界でキャリアを積んだ青木さんにとっては「会社を買うことに抵抗はなかった」と明かす。
青木さんのように酒蔵をM&Aで事業承継する動きは近年活発化している。
その背景にあるのが、業界の厳しい現状だ。日本酒の国内消費はピーク時の3割以下まで減少。赤字や減益など業績が悪化している酒蔵は全体の6割に上る。
ただ、青木さんはこの現状に悲観していない。
「日本酒の蔵は外から見ると、ものすごく一般的には斜陽産業に見えるし、オールドスクール(昔ながらのやり方や価値観)に見えると思うが、中に入ると先進的なところは先進的だし、伸びているところは伸びている」
■輸出額は過去最高に 海外需要増す日本酒
26年4月、東京・六本木で開かれた国内最大級の日本酒イベント。25年は25万人を動員した人気のイベントだ。
26年は全国から130蔵が参加し、葵酒造も初めて出展した。
「イベントの中ではいらっしゃるお客様の層が幅広くて若い方もいるし、女性の方も多いし、海外の方も結構いらっしゃっている。国籍もバラバラ」と話す青木さん。
葵酒造のファンだという女性は「日本酒は、かーっとくる感じのイメージを持っている方が多い中ですごく飲みやすいので、初めて日本酒を飲む方にいつもおすすめしている」と葵酒造の日本酒を楽しんでいた。
葵酒造の日本酒を飲んでいた中国人の男性は「フルーティーな香りで舌触りが良くて甘い感じ。うまい」と笑顔を見せた。
また、一緒にいた女性が「日本酒は中国で人気。私たちは上海。今、日本で流行っている日本酒もどんどん輸入していて色々な種類が飲める」と話していた。
国内消費は減少している日本酒だが、25年度の輸出は過去最高の459億円。インバウンドによる需要も拡大している。
青木さんは「海外のマーケットの方がいずれ大きくなるだろうと思う。外国人観光客が日本に来て、『日本の食はすごい』となって。そういうものが評価されていくのは、もっともっとこれから続く。日本酒もそれに乗って、後からでも少しずつ出ていくと思う。なので、その良い側面を、可能性のある部分を見ている」と話す。
■山形で出会った仲間たちと酒造り
長岡市の中心地にある葵酒造。蔵の中に並ぶのは、旧高橋酒造から引き継いだ設備だ。
青木さんは「昭和33年に入っていた古いものをそのまま使っていたが、今年、外側にジャケットを着せて、タンクの温度調整をできるようにした。古いものと新しいものがくっついたもの」と説明する。
ここで日本酒を醸すのが醸造責任者の阿部龍弥さんだ。この日、今季最後の酒が搾られていた。
「最終工程なので良いお酒になって出てきてほしいなと。ドキドキしながら、ソワソワする。いつもここでは」
こう話す山形県出身の阿部さんは、酒造りを始めて15年。青木さんと同じ山形の酒蔵で働いていたが、青木さんのもとで酒造りをしたいと長岡へやってきた。
阿部さんは「長岡の風土としては雪が積もるのが酒造りに適している場所、銘醸地。水も自分がつくりたいお酒に合っていると思う。引っ掛かりのないお酒に仕上がっている」と話す。
葵酒造が目指すのは、透明感のある上品で綺麗な酒質。
優しい甘味と酸味があり、日本酒としては低アルコールで、日本酒に馴染みがない人にも飲みやすいようつくられている。
そのモダンな味わいをデザインするのが、大手広告代理店で働いていた土居将之さん。ラベルやボトルデザインなどを担当している。
杜氏の阿部さんと同じように青木さんとは山形の蔵で出会ったという。
「僕たちは良い意味でも悪い意味でも、新しくかつ長岡の外から集まった異業種メンバーなので、逆に僕たちは伝わるところの入り口を、従来の日本酒とは少し違うところにも目を向けている」
ボトルデザインのイメージについても「日本語がほぼないラベルではあるが、日本的な色の要素を入れていたり、今までのルールとあえてずらして商品を定義してみるところは僕たちの中ではすごく大事にしている」と解説する。
そして、酒米を作るのが、青木さんの弟・魁斗さんだ。
地元・三重で農業をしていたが、長岡に移住し、冬は酒造りを手伝いながら酒米を作っている。
魁斗さんは「普通だと酒米を作って終わりだけど、自分が現場に入っていることで『見た目はこっちがいいけど、酒にするのはこっちのほうがいいんだ』とか、そういったところをコメ作りに出していけたら」と話した。
■田植えイベントで地域と交流
それぞれのプロフェッショナルが集まってブランドを構築している葵酒造。
25年からは魁斗さんを中心に田植えイベントも開催し、地域との交流も行っている。26年5月のイベントには、県内の酒販店や飲食店の人たちも参加していた。
参加していた酒販店や飲食店の人からは「ストーリーというか、どういう背景でお米が作られてお酒になっていくかが楽しい。色々なお客さんに説明しやすい。味だけじゃないというのがいい」「こういう思いがあるお酒というのは、ただお酒のスペックを紹介するだけじゃないものを伝えると、味以上の感動を感じてくださる方も多いので」など酒本来の味だけでなく、日本酒を造るストーリーの重要性が語られた。
そのストーリーは、今の葵酒造のメンバーだけで作られるものではない。
青木さんは「長岡があって、新潟があって、自分たちが生かされている。駆け出しの蔵だけど守ってもらっていると思っていて。こういうことを一緒にやっていただけるのはすごく幸せ。思い入れができるので、それもすごく原動力になる。良いお酒をつくろうという」と話す。
■長岡への思い込め旧高橋酒造の銘柄復活
そんな青木さんの長岡への思いを込めた日本酒がある。葵酒造が復活させた旧・高橋酒造の主力銘柄『長陵』だ。
「長陵とは長岡を意味する言葉。この名前をなくすのはよくない、守っていきたいと思った。長陵という名前を残しつつ、地元へも少しずつ恩返しをという思いでつくったお酒」と語った青木さん。
長岡へ移住して2年。酒蔵の歴史や存在の大きさを日々感じているという。
「『蔵がなくならなくてよかった。頑張ってね』と本当に声をかけていただいて、この酒蔵がここにあることで、この町の方にとってポジティブな影響がある。長岡と書いてあるものが、日本全国だけじゃなくて、海外にも少しずつ出ていくわけで、この地域のものとして出ていくことというのは一つ意味があるんじゃないかなと思いながらやっている」
伝統や地域とのつながりを守りながら新たなことに挑戦していく。若き蔵人の挑戦はまだ始まったばかりだ。