アラビア半島周辺で続発する海上テロ

(画像:Marine Traffic HPより)
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アラビア海が火の海となった。昨年来、ペルシャ湾をはじめとしたアラビア半島周辺では、海上テロが続発している。
6月13日、安倍晋三首相が訪問しているイランの沖、ペルシャ湾の入口にあたるホルムズ海峡近くのオマーン湾において、日本の海運会社「国華産業」が運航するパナマ船籍のケミカルタンカー「KOKUKA Courageous」(19.349総トン)が機雷らしい爆発物による攻撃を受けた。同船は、サウジアラビアからメタノール25,000トンを搭載し、東南アジアに向かっていた。

救助された乗組員たち
救助された乗組員たち

21人の乗員は全員フィリピン人で、1人が軽傷をおったが、米海軍の艦艇に救出された。

また、同日、ほぼ同じ海域で、ノルウェーの海運会社が運航するケミカルタンカーも攻撃を受けた。積み荷は台湾に運ぶエタノールだった。乗員はロシア人とフィリピン人で、イラン海軍により救出された。

中東情勢は、米国のイランの核開発に対する経済制裁強化によって緊張した情勢であり、国際紛争の回避に向け安倍首相が、イランを訪問し、最高指導者ハメネイ氏と会談を行っているさなかの出来事だった。

標的にされた理由

今回のタンカー攻撃は、炎上する船の光景などがメディアに流れ大騒動になっているが、被害は案外少ない、計画された犯罪である可能性が高い。標的とされた2隻のケミカルタンカーは、揮発性の高いエタノール、メタノールを輸送していた。ホルムズ海峡を通過するタンカーの中では、比較的小さな部類に入る。

この2隻が襲われたのは、外見からエタノール、メタノールなどを運ぶケミカルタンカーであることが明確だからだ。この種の液体は、海上に流出しても揮発性が高いため、海洋汚染を引き起こすことが少ない。さらに発火しやすいため短時間であるが海上、船上が火の海となり、騒動を引き起こすことを目的とする海上テロには、うってつけの標的なのだ。

海上テロの犯人像

今回の海上テロの犯人像だが、事件がおこったオマーン湾の東海域は、イランの管轄下にあり、イランと同じシーア派の勢力以外は、行動が監視され武装船が動きまわることはできない。とは言え、先進国を代表する安倍首相の来訪時にイランが直接テロ行為を起こすことは考えられない。このような条件から考えると、アラビア半島の和平を望まないシーア派もしくはイランに近いイスラム過激派組織の犯行であると考えられる。

今年5月12日には、アラブ首長国連邦(UAE)のフジャイラ沖で、4隻が破壊攻撃を受けている。このうち2隻はサウジアラビア船籍であり、1隻はUAE船籍、もう一隻はノルウエー船籍であった。この事件においても死傷者や大掛かりな海洋汚染は起きていない。

一連の海上テロは、イスラム過激派のプロパガンダである。海上テロ多発の報道を受け、原油価格の国際指標となっている北海ブレンドの価格は、前日比3.4%増の1バレル=62ドルに跳ね上がった。

産油地帯に影響力を持つイスラム過激派は、原油価格の高騰により、活動資金を獲得することになる。さらに、中東の騒乱は、彼らの存在感を増幅させ、恐怖により地域社会における地位を確立して行く。アラビア半島のイエメンにおいては、シーア派過激組織フーシー派が国家統治の主導権を握りつつある。フーシー派はアデン湾を航行するサウジアラビアタンカーに、たびたび攻撃を仕掛けている。イスラム過激派は、資源エネルギーの輸送ルートの掌握を目論んでいるようだ。IS(イスラムステート)になり代わる組織が生まれる可能性があるのだ。

ホルムズ海峡周辺の安全を守れるのは日本だけだ

アラビア海、ホルムズ海峡、ペルシャ湾は、きわめて危険な状況にある。しかしペルシャ湾沿岸から原油や石油製品が運び出されなくなると、日本をはじめとした世界経済に大打撃を与えることになる。ホルムズ海峡周辺の安全確保は、国際社会の最重要課題ともいえる。近年の海上テロは、ミサイル攻撃、魚雷、水雷など攻撃形態が多様化している。このような高度なテロを未然に防ぐためには、レーダーや衛星、航空機を用いた広範囲な警戒体制の構築が必要となる。

日本は、ソマリア沖海賊の取り締まりにおいても護衛艦と哨戒機を連動させた警戒態勢を構築し高い評価を得た。ホルムズ海峡周辺の海洋安全保障において、リーダーシップを取れるのは、米国や欧州諸国とイスラム諸国の双方に太いパイプを持つ日本だけである。日本は、インテリジェンスを駆使した警戒態勢を創出し、世界の海の安全に寄与すべきである。それが、海洋国家日本の責務である。

【執筆:海洋経済学者 山田吉彦】

山田吉彦
山田吉彦

海洋に関わる様々な問題を多角的な視野に立ち分析。実証的現場主義に基づき、各地を回り、多くの事象を確認し人々の見解に耳を傾ける。過去を詳細に検証し分析することは、未来を考える基礎になる。事実はひとつとは限らない。柔軟な発想を心掛ける。常にポジティブな思考から、明るい次世代社会に向けた提案を続ける。
東海大学海洋学部教授、博士(経済学)、1962年生。専門は、海洋政策、海洋経済学、海洋安全保障など。1986年、学習院大学を卒業後、金融機関を経て、1991年、日本船舶振興会(現日本財団)に勤務。海洋船舶部長、海洋グループ長などを歴任。勤務の傍ら埼玉大学大学院経済科学研究科博士課程修了。海洋コメンテーター。2008年より現職。