わずか数時間で完売の“プラチナチケット”

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山口周さん
ベストセラー「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」や「武器になる哲学」の著者として知られ、今や迷えるビジネスマンにとってカリスマ的な人気を誇る著述家だ。

その山口周氏が、竹橋にある東京国立近代美術館と共同開発した初のビジネスマン向けのアート鑑賞ワークショップ「Dialogue in the Museum」が22日に行われた。

今回、山口氏自ら東京国立近代美術館と1年以上の歳月を費やし共同開発した“美意識”を鍛えるプログラムということもあり注目が集まった。

5月下旬に応募を開始したところ、わずか数時間で定員30人が埋まり、美術館の担当者も驚くほどの反響だったという。

人によって異なる“見えているもの”

6月22日 土曜日の朝9時40分
開館前の東京国立近代美術館のロビーには、20代から50代まで、金融やIT,鉄道会社や化学メーカーなどありとあらゆる職業の男女がほぼ半数ずつ30人欠席者なく集まっていた。

今回のワークショップ「Dialogue in the Museum」は、午前10時から約3時間

①アートカードゲーム
②対話鑑賞(ギャラリートーク)
③山口周氏による特別講演

と、いう3部構成で行われた。

アートカードゲームはいわば「ウォーミングアップ」的な意味を持つ。
30人の参加者が5人ずつ6つのテーブルに分かれて座りテーブルの上に並べられた絵葉書大の様々なアート作品が描かれたカードを使い自己紹介や探偵ごっこのようなゲームを行う。

これらのゲームを通じて受講者は、目の前にあるカードの見え方が自分の見え方と他人の見え方が決して同じではない…という現実を体感することが出来る。

このアートカードゲームによりカードに描かれている美術作品から情報を読み取ることで、次に行う展示室で行う「対話鑑賞」の練習になるのだという。

いよいよ展示室へ

20分ほどのアートカードゲームを終えたら、次はグループごとに展示室に移動し「対話鑑賞」を行う。対話鑑賞とは作品を見て、何が描かれているか?、どう感じたか?などグループで対話しながら行う鑑賞法だ。対話鑑賞を行う際、以下の3つのルールが伝えられた。

①作品の横にある説明文やタイトル(キャプション)を見ない
②自分が見たもの、感じたことを「言語化」する
③他人の意見を否定しない。

皆さんは、この絵画を見て、何を感じ、どのように“言語化”するだろうか?

受講生の皆さんも、最初は戸惑いながら「おいてあるテーブルの形がいびつ…」とか「背景が何処だかわからない…」などの意見が出てきていた。

しかし、ファシリテーターの巧みな話術により、徐々に議論が深まっていく…

1作品につき約20分くらいの議論を行ったが、最後の方には「構図の下半分は、画面の右斜め前から視点で描かれており、上半分は正面からの視点で描かれている…」とか、「花を描く際、通常は美しさや生命の輝きを表現すると思われるが、この絵には敢えて花瓶のふもとに落ちたつぼみのような花を描いている、ここには何か“意味”が込められているのでは?」という、かなり深い“洞察”を含んだ意見が飛び交うようになっていた。

ちなみに、この絵画は有名なポール・セザンヌが描いた「大きな花束」という作品だ。

徐々に上がる“難易度”

今回のプログラムでは3つ作品に関する対話鑑賞が行われた。
残念ながら著作権の関係で写真は掲載できないが、2つめの「対話鑑賞」はイギリスの彫刻家、アントニー・ゴームリーの作品。鉄製の無機質な人物像が美術館のガラスの壁を挟んで内と外で対峙している作品。

3作品目は、戦争に関する展示室にある縦長の絵画。国吉康雄というアメリカで活躍した洋画家の作品で、画面中央に、“美輪明宏”的な人物が振り向きながら片手にたばこをくゆらせており、背景にはシュルレアリズム的な、何とも表現が難しい絵画だ。

最初のセザンヌの作品よりも、明らかに感じたことを「言語化」する難易度は高い作品と思われた。しかし、ファシリテーターの的確な誘導やヒントなどのおかげで、最初は???な参加者も20分が経過する頃には、深く活発な議論が交わされていた。

“美意識”を鍛える絵画鑑賞法

「対話鑑賞」を通して、確かに今までと違う方法で絵画を見る方法論は、なんとなく理解できた。
しかし受講者にとって議論するだけでは「で?結局何だったのか?」というモヤモヤした感覚は残ってしまう。

そのあたりを山口周氏に聞いてみるとこのようなアドバイスをもらった。

①自分なりに“探偵”になった気分で先入観なしに作者が「なぜ」「どのような思い」で作品を描いたのかを想像してみること

②自分なりに作品のタイトルをつけてみること

これらの一連の作業を終えたら、興味があれば作品のキャプションを見てもよいのだという。ただし、留意点は自分の考えた仮説やタイトルを「あたり」「はずれ」という尺度で判断してはいけないという。

正解はない…という前提の下で、自分の感じ方や、自分のタイトルが、キャプションとどう違っていたか?その違いがなぜ生じたのか?そこを「気付き」として楽しむことが大事だという。

目の前にある、作品から“何か”を感じ、それを言語化する…このプロセスを繰り返し行うことに意味があるのだという。

「役に立つもの」から「意味のあるもの」へ

プログラムの締めくくりとして山口周氏の特別講演が約1時間行われる。
このプログラムのために山口氏が書き下ろしたというテキストに沿って行われる。

内容は、ビジネスを取り巻く環境が急激かつ不確実な現代において、求められる“価値”の質が変化してきているというもの。“価値”には「役に立つ」、「意味がある」という側面に分解できるという。(※筆者注:この場合の“意味がある”とは文化的な『ストーリー』という解釈がわかりやすいかもしれない)

「役に立つもの」の時代から「意味のあるもの」へ価値の変化が起きているという内容だ。

役に「立つ」「立たない」/意味が「ある」「ない」これらを縦軸と横軸にとり4象限のグラフをイメージしていただきたい。

まず最初に山口氏は、「役に立たない/意味がない」もの…、これは市場に存在しにくい…ここまでは理解しやすい。

次に「役に立つ」けど「意味がない」(ストーリーがない)分野の製品。日本の得意分野はこの象限に属するものが多いという。家電製品や自動車など“性能”がよく“多機能”な製品などがこれにあたる。

ただし、これらの製品は、技術の進歩が激しい現代社会において、すぐに更に良いモノが生まれる。情報社会においては、新しい性能の良い製品の情報は消費者に知れ渡り上位数社の「役に立つ」モノでないと市場での競争は勝ち抜けない運命にある。

一方で「意味」(ストーリー)のあるものはどうか?
メルセデスのような海外の高級車は「役に立つ」/「意味がある」象限に属する。ランボルギーニのようなスーパーカーは、車として普通の人にとっては「役に立たない」(使い勝手は悪い)かもしれない。しかし「意味」(ストーリー)を見出す人がいるから存続ができているそうだ。しかも、これら「意味」の軸で語られるモノは1番しか生き残れないわけでもなく、共存が可能というのだ。ベンツがあるからランボルギーニは要らないという話にはならないというわけだ。

日本人は、これまで“役に立つ”文明に依拠した価値を見出すことは極めて得意としてきたが、文化に依拠した「意味」(ストーリー)を見出すことは苦手だという。

では「意味のある」価値を生み出すにはどうすればよいのか?
そこには「感性」を磨く以外にないと山口氏は話す。

過去に起きたことをお手本にして、「正解」を見出しても変化の激しい現代では、「いま」それが“本当に正しい”かどうかは、わからない。

いま“目の前”にあることを感性を研ぎ澄ませて洞察する力を養うことで、不確実で先の見えない世の中でも、対応力がつくという考え方のようだ。

“美意識”の鍛え方

講演終了後の質疑でも、やはり“美意識”の鍛え方に関して質問が出た。
この質問に対し山口氏は自分が実践していることを披露した。

山口氏は、昔から常にスケッチブックを携行して、バスの待ち時間など少しでも時間があればラフでも良いのでスケッチを描くことを心掛けているそうだ。

もしそれが難しいようなら、写真を撮ることをお勧めすると話していた。美しい構図を自分で考えることで、能動的に“いま”を観察することにつながるようだ。

つまり、方法は何であれ、自分の目の前にある“いま”と真摯に向き合い、インプットする意識を持つこと。
さらにインプットした内容を、表現としてアウトプットする習慣をつけることが大事なようだ。

このアート鑑賞ワークショップ「Dialogue in the Museum」。次回の開催は秋以降を予定している。

磯島康郎
磯島康郎