「人生100年時代」という言葉が一般化されつつある現代。「老後」は、もはや第二の人生のスタートとも言える。長く人生をともにしてきた夫婦にとっては、新しい日々の幕開けだ。

定年を迎える夫は、余暇ができたことで、新しい趣味を謳歌できるかもしれない。激務の毎日から解放され、本当にやりたかったことを見つめ直すいい機会だ。……では、妻は?

「主婦業」には定年など存在しない。朝昼晩とご飯を作り、部屋の掃除をし、ごみ捨てをする。洗濯機をまわし、お風呂に湯を張り、布団を干す。主婦業とは、日々の営みのこと。そこに定年などあるわけがない。

そこで考えておきたいのが、定年後の夫婦関係について。これを一歩間違えれば、熟年離婚にもつながってしまう。『妻語を学ぶ』や『定年夫婦のトリセツ』など、人気エッセイの著者である黒川伊保子さんに話を聞いた。

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専業主婦とは「一生、家庭内のすべてを担当する」という約束ではない

「定年」は人生の一区切り。そう考えている男性陣に対し、黒川さんは開口一番釘を刺す。

「一区切りなんかではなく、人生最大の正念場です。確かに、専業主婦の妻を持つ働く男性にとっては、定年がひとつの区切りになるのでしょう。『やるべきことから解放される』と思う人もいるかもしれない。でも、その考え方自体が問題です」(黒川伊保子さん、以下同)

定年を一区切りと考えてしまうのは、家庭内での仕事と会社での仕事を区別している証拠。しかし、働く女性や、そういった女性を妻に持つ男性の多くは、そうではないという。

「妻も夫も仕事を持っている家庭の場合、日々時間に追われながらも、家事と仕事をパズルのように組み合わせて奮闘しています。そのため、定年を『タスクがゼロになる地点』だなんて、夢にも思わないのです。先に定年を迎えた方が、家庭内のタスクをいくらか多めに引き受けてあげる。そういった家事の切り出しが上手に行えるので、ともにバリバリ働いてきた夫婦は、定年後もいい関係性が築けるでしょう」

一方で、「定年後問題」が起きてしまうのは、家の仕事と会社の仕事を別物だと思っている夫婦において。「外はぼく、中はきみ」という考え方が原因だ。

「家事は生きている以上、免れることができません。歯を磨き、お尻を拭くのと同じこと。専業主婦とは、外でバリバリ働きたい夫のために、『私は彼を支えたいし、外仕事への情熱はそれほどないし、子どもが可愛いし、夫は家事が下手だし』という妻が、外の仕事を捨てて、家事を一手に引き受けた“一時的状態”。一生、家庭内のすべてを担当するという約束をしたわけではない。定年退職を機に、夫も家に入るのであれば、妻の家事が軽減するのは当たり前のことです」

「家事への他人事ぶり」が露呈してしまうと、熟年離婚の危機も

定年退職をした夫はタスクが減る分、妻が一手に担ってきた家事をいくらか引き受けて然るべきだ。しかし、「家事は妻が行うもの」という意識が根付いてしまっている夫にとって、それは難しい。明確な意識改革を行わない限り、自分だけが余暇を楽しむ、という状況に陥ってしまう。そんな日々の延長線上にあるのが、“定年後の離婚”だ。

「それまで、家事も人生もわけあってきた夫婦の関係は、定年後もなにも変わりません。ただし、“家事は妻の仕事”と思い込んできた夫は、定年後の妻にうんざりされてしまう可能性が高い。たとえば、『今日のお昼はなに?』と聞いてくる夫。この“家事への他人事ぶり”に妻は絶望していくのです。これが本来の“チーム体制”ができていれば、『今日のお昼はどうしようか?』と主体的な聞き方になりますから」

定年を迎え、時間ができたにも拘わらず、いつまでも家事を妻に任せっきりにしてしまうと、やがて妻は爆発する。「この人は、なぜここにいるの?」「一緒にいる意味がわからない」という気持ちが膨らみ、離婚へのトリガーが引かれてしまうのだ。

それを未然に防ぐためにすべきことは、単純明快。

「“妻が主婦”という考え方を見直すだけ。夫婦とは家事をこなすチームであり、妻はリーダーです。だからこそ、定年後はふたりで“主婦”になること。“妻の仕事を軽減させるための分担”ではなく、“本当に、主体的な分担”をする気持ちでいることが肝心なのです。ただし、男女は脳の使い方が違うため、そこでぶつかってしまうことはありえます。

たとえば、女性は『暗黙の了解で、なんとなく半分できる』と思ってしまうのですが、男性は説明されなければ理解できません。そこで無用な衝突を防ぐために、夫側から『これを確実にこなしてくれたらうれしいっていうタスクはある?』と申し出ることをおすすめします。“お風呂掃除担当”、“在庫管理担当”、“ベランダ担当”、“蕎麦茹で担当”のように、細かく担当を決めてしまうのもいいでしょうね」

定年後の不安を感じている人へ

ここまで読んで、定年後に不安を感じている人もいるかもしれない。しかし、黒川さんは最後にやさしくこう諭す。

「夫は妻に弟子入りをするつもりで、まずは彼女のやり方を遵守してみましょう。すると、妻の家事能力の高さに加え、人間性の高さまで感じ取ることができて、尊敬し直すはずです。逆に妻は、夫が“妻のやり方を受け入れた後での工夫”に目を凝らしてみて。きっと、夫が外で培ってきた合理性・客観性を楽しむことができます。お互いの“それまで”を尊重し合うことで、最高のチームが結成でき、そこから先の長い時間を豊かに過ごせるのです。

そして、夫側にばかり厳しいことを言ってしまいましたが、妻にも一言。夫の定年後、少し落ち着いたら、ふたりで夫の通勤電車に乗ってみたり、ランチに通っていたお店を訪れてみたりしてください。そこで夫が黙々と働いてきた時間を感じることができれば、彼の人生も心で受け止めることができると思います。そうすれば、その先のふたりの道のりも、やさしくなるのではないでしょうか」

夫の定年は、夫婦の関係を見つめ直す、新たな出発のとき。バラバラになってしまうのか、信頼を結び直し、強固な絆を築くのか。それは夫側の意識にかかっているのだろう。

黒川伊保子さん
黒川伊保子さん

取材・文=五十嵐 大
取材協力=黒川伊保子
http://ihoko.com/

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プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。