2025年、生誕100年を迎えた工芸家・吉田左源二。時の流れとともに知る人が減る中、意外な形で脚光を浴びることとなった高知生まれの芸術家に迫ります。

2月、高知県立大学が構内の壁に飾られた美術品を隠すようにトイレを設置していたことがわかり謝罪しました。10年近くもの間、壁の向こうに閉じ込められたアート作品。作ったのは安芸出身の工芸家・吉田左源二です。

意外なかたちで再び光を浴びることとなった吉田左源二とはどんな人物だったのでしょうか。

左源二が生まれた1925年は土讃線の高知~土佐山田間が開通。さらに、高知市の旭浄水場が完成するなど高知の近代的なインフラ整備が大きく進んだ年でした。

芸術家の家に生まれた左源二は東京美術学校、現在の東京芸術大学に入学。漆工芸やデザインの研究・制作に励みます。卒業後は東京芸大の教授をつとめながら陶芸や漆工芸など創作活動を続け、皇室の身の回りの品々に記される「お印」のデザインをてがけました。

マルチに活躍する中で特に情熱を注いだのは-

安芸市立歴史民俗資料館・吉村玲音さん:
「こちらは吉田左源二さんがアラビア文字やイスラム文様を研究した成果をまとめた本になります」

吉田左源二は「アラビア書道」を日本に初めて紹介したパイオニアでした。アラビア書道とは印刷技術がなかった時代にイスラム教の聖典・コーランの言葉を美しく書き写そうと始まった文字芸術です。

吉村玲音さん:
「文字を表しているけれどもデザインのように見えるところがあって、ルーツをたどると神様の言葉を伝えるためにつくられたという神秘的なところもあり、(左源二は)そういったところも合わせてとても魅力を感じていたのでは」

左源二の作品にはアラビア文字が描かれているものも多く、地元・安芸市にも彼の作品が残されています。

作品の持ち主・杉本智佐子さん:
「(照明があたると)アラビア文字の金が映えてすてきですね。ツヤも出て。私たちがいつも見てるよりもずっと鮮やかでいいと思います」

さらに左源二は街を彩るパブリックアートにも大きく貢献しました。東京・秋葉原の ビルの一角にある何気ないレリーフ。さらに地下鉄の浅草駅には浅草寺の豆まきや三社祭など、下町のにぎやかな様子を描いた作品が今も飾られています。

今回の作品も県立大学の前身である高知女子大学時代に作られたパブリックアートです。2曲の屏風に描かれており絵の中には、ペンや鏡、包帯は当時女子大にあった看護学科をイメージしたのでしょうか。様々なモチーフがらせん状に描かれた草花におさまっています。

左源二が作品に込めた思いについて家族は-

吉田左源二の次女・小倉美左さん:
「包帯を見た時に看護師さんが大事にしているものだなとか、見る方が大事にしているものを表現しているなとすごく思ったんですね。勉強している人たちが大事にしているものを大事に表現してくれているなっていうのは、作品見た時にハッと思いました」

ちなみにこの作品について家族は存在を知らなかったそうです。

次女・小倉美左さん:
「今回これを聞いてびっくりしましたし、久しぶりに父に会ったような喜びも感じています」

三女・吉田左二さん:
「もちろん父は高知の大学(女子大)の学生さんにという思いで作ったと思うんですけど、もっとみんなに見ていただけたら嬉しいなと思います」

県立大学はできるだけ早いトイレの撤去を検討しており、撤去後は一般にも広く公開したいとしています。間もなく光があたる作品は吉田左源二の魅力を知る新たなきっかけになるかもしれません。

高知さんさんテレビ
高知さんさんテレビ

高知の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。