レガシーとは?

開催まで約1年となった、2020年東京オリンピック・パラリンピック。
スポーツクライミング、スケートボードなど、若者人気のあるスポーツも競技種目に採用され、観戦チケットの販売に応募者が殺到するなど、徐々に熱気が高まりつつある。

そんな五輪において、近年、競技と並んで注目されるのが「レガシー」。大会終了後、開催地域に残る影響や財産を指し、日本語では「遺産」と訳される。

1964年東京五輪の柔道競技場として建設された「日本武道館」
1964年東京五輪の柔道競技場として建設された「日本武道館」
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このレガシー、一言にまとめられがちだが、その内容はさまざま。建設した競技施設、経済効果、スポーツ文化の普及など、幅広い影響が当てはまる。

開催に向けた周辺開発もその一部で、北京五輪の「国家体育場」(通称:鳥の巣)など、大規模な施設が建設されることも多い。私たちになじみ深い「日本武道館」も、1964年東京五輪の競技施設として建てられたものだ。

2020年東京五輪でも、主会場の「新国立競技場」などが建設されているように、周辺開発も進み、五輪の選手村は大会終了後、分譲マンションとして販売される予定だ。

過去には“負の遺産”も…

一方で、レガシーとするために作られた施設は、“負の遺産”になることもある。
五輪用に建設した競技施設が大会終了後に使われず、廃墟となったケースもあれば、EUの経済に悪影響を与えた「ギリシャ財政危機」のきっかけは、巨額を投じたアテネ五輪と言われている。

1998年に日本で開催された長野五輪でも、開催時にはインフラ整備や経済効果などをもたらしたが、その反面、大会終了後は関連施設の維持管理費や開催費用が、重い財政負担となった例がある。

2020年東京五輪は、当初は7,000億ほどで開催できるとしていたが、その後に関連経費などが暴騰。国家機関「会計検査院」の試算を踏まえると、経費総額は3兆円を超える可能性があるという。

五輪を“負の遺産”ではなく、レガシーとするためにはどうすれば良いのだろう。2012年ロンドン五輪に携わった建築家・山嵜一也さんに、当時どんな取り組みをして今どのように活用されているのか、過去の経験から日本が学べることを語ってもらった。

競技会場は簡素でも“特別な場所”になる

建築家・山嵜一也さん
建築家・山嵜一也さん

――ロンドン五輪にはどのように関わった?

2001年から英国で働き、要所要所でロンドン五輪に携わりました。五輪招致に向けたマスタープランの模型製作に始まり、レガシーマスタープラン(五輪開催後の活用計画)の計画、馬術競技が行われた「グリニッジ公園馬術競技場」の現場監理にも関わっています。


――ロンドン五輪の印象は?

実は当初、五輪をロンドンで開く意義が分からなかったんです。五輪には「開催をきっかけにその土地を整備する」というイメージがあったので、なぜいまさらと疑問に思いました。

競技会場も簡素なものが多く、グリニッジの競技場なんかは観客席が鉄パイプの骨組みです。世界が注目するイベントなのに、なぜ?と。でもその印象が、開催後にひっくり返りました。

開会式では、産業革命の歴史を伝えるパフォーマンスが感動を呼び、競技では、英国選手が活躍して金メダルを獲得する。「本当に見せたかったのはこっちなのか」と気付かされたのです。

競技会場は簡素でも、選手が活躍することで特別な場所になる。彼らがやりたかったのは、立派な競技場ではなく、開催後の移築・縮小・改修を見据えた競技場を作ることだったんです。

自分の建築観が180度変わる、すごく良い経験となりました。


「グリニッジ公園馬術競技場」の観客席。解体を見越して、鉄パイプの簡素な作り(提供:山嵜一也)
「グリニッジ公園馬術競技場」の観客席。解体を見越して、鉄パイプの簡素な作り(提供:山嵜一也)

――施設利用の特徴は?レガシーとなっている?

既存施設をうまく活用していますし、新設したとしても、仮設部分が多く撤去できるようになっていました。自分が携わったグリニッジの競技場があった場所も、今では何もありません。

世界的建築家のザハ・ハディド氏が設計し、水泳競技の会場として建築された「アクアティクス・センター」という施設があります。当初は大きな施設を予定していましたが、閉会後に市民プールとして活用するため、観客席を仮設にするなどして、施設を縮小できるようにしました。
今では、市民に愛される施設となっていますよ。

2018年にロンドンを訪れた際には、水球競技に使った仮設施設「ウォーター・ポロ・アリーナ」の跡地を、ファッション大学、オーケストラのスタジオ、美術館などのエリアにする計画も進んでいました。スポーツで盛り上がった場所が文化・教育の場所となり、未来への投資につながる。

レガシーという観点で考えると、うまく回っているなという印象です。


五輪開催時(左)と現在(右)の「アクアティクス・センター」。仮設観客席が解体され、現在は市民プールとして愛されている(提供:山嵜一也)
五輪開催時(左)と現在(右)の「アクアティクス・センター」。仮設観客席が解体され、現在は市民プールとして愛されている(提供:山嵜一也)

「日本・東京をどうするか」と考えるべき

――2020年東京五輪の印象は?

メディアの扱い方を含め、周囲への見せ方・アピールがあまりうまくないな...と思います。担当大臣の失言やエンブレムの問題もあり、もったいないですね。

施設に関しては、新国立競技場の設計で、ザハ氏との問題がありました。競技場を決めるにしても、世界的建築家を連れてくるのであれば、ザハ氏が思うように作れるようにするべきだったと思います。

結果的には、アイデアを出させ、自分たちでまとめる形となり、「お金がかがるが納得する施設」でなければ、「コストが抑えられた施設」でもない、中途半端なものになってしまった印象です。

日本は地震の問題があり難しい部分もあるのでしょうが、そんな印象が至るところで見えてしまうのが残念ですね。世界中の人が「あれ見た?」とわくわくするような感覚がほしいです。

五輪の開催によって、湾岸地区の開発が進み、盛り上がるところはあるので、そこはチャンスと言えるのではないでしょうか。


――東京五輪でレガシーを残すためには?

「五輪をどうするか」より、「日本・東京をどうするか」というくくりで、大会終了後を考えるべきだと思います。日本は少子高齢化、労働力や外国人への対応など、さまざまな問題を抱えているので、関連施設がそれらの受け皿になれるような取り組みが必要でしょう。

スポーツ施設なら、少子高齢化に対応した健康促進の場所にできますし、関連施設の跡地なら施設の外部誘致もできるでしょう。湾岸地区は、浅草・豊洲にアクセスしやすいので、外国人が観光のために滞在しやすいエリアとするのも一つの方法です。


ロンドン五輪のプレスセンターは現在、IT拠点「ヒア・イースト」になった(提供:山嵜一也)
ロンドン五輪のプレスセンターは現在、IT拠点「ヒア・イースト」になった(提供:山嵜一也)

――過去の五輪から、東京五輪が学べることは?

大会規模などが違うので、単純比較はできませんが、やはり終わった後ですね。長野五輪は開催から20年が経ち、やっと借金を返済したといいます。

2018年の平昌五輪も視察しましたが、スキージャンプ競技では、着地場所にピッチを作り、立ち見席を撤去すれば、サッカー場となる試みをしていました。

ロンドン五輪の場合は、関係者がプランを柔軟に変える姿勢を持っていましたね。水泳競技場の縮小はその結果です。ただ、低コストなスタジアムとして建設した、主会場「ロンドン・スタジアム」を高額で改修したことなど、失敗と呼べる部分もあるので、過去の事例だけをうのみにするのも危険でしょう。

東京五輪においては、レガシーを残すための意見が数多く出ると思います。「目先の五輪成功に向けた意見」と「未来に向けた意見」は合わないものですが、それらをすくい上げるような、柔軟性が必要になるのではないでしょうか。

ただ、このような計画も、都市やエリアがどうなりたいかの「グランドデザイン」があってこそ進められます。競技会場をどう活用する?跡地をどうする?という国のイメージを、関係者が共有することが重要です。


低コストで建設されたが、改修に費用を要した「ロンドン・スタジアム」(提供:山嵜一也)
低コストで建設されたが、改修に費用を要した「ロンドン・スタジアム」(提供:山嵜一也)

私たちができることは?

――開催まであと1年、個人ができることはある?

ハード面では難しいですが、ソフト面ではあると思います。例えば、「私たちが生まれ育った国はこんなに面白いんだよ」ということを伝えるだけでも、外国人観光客の呼び込みにつながりますよね。神社や屋根の瓦、自動販売機...日本では当たり前の光景ですが、外国人にとっては目新しいです。

逆に私たちは当たり前でも、外国人には不便なこともあります。駅構内のサインボードなどは文字が小さくて見にくいそうですね。今はSNSがあるので、このような情報を発信し、相互理解を深めても良いでしょう。


――個人的な思いや期待はある?

東京には、浅草寺に東京タワー、明治神宮、高層ビル群など、面白くて魅力ある風景があります。その眺めを、競技風景と同時に見せられればと思っていました。

例えば、明治神宮の中で馬術をやったり、東京駅をビーチバレーの会場にしてしまうとか(笑)日本人ですら、えっ?と思えるような驚きがほしかったですね。

世界の注目を集めるチャンスなので、開催をきっかけに日本の未来を見せられるような五輪にしてほしいですね。


建設途中の「新国立競技場」
建設途中の「新国立競技場」

自国での五輪開催は、一生に一度あるかないかのイベント。建設された施設だけではなく、文化や経済まで、私たちの生活に幅広い影響を与えていくだろう。過去の教訓を参考にしつつ、レガシーを残すような大会になることを願いたい。

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プライムオンライン編集部
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FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。