米中首脳会談

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G20が行われている。すでに安倍総理は日中首脳会談と日米首脳会談を終えた。G20の議題ではデジタルエコノミーへの課税問題が注目されるが、政治的に目下最大の注目を集めているのはやはり米中関係である。

トランプ大統領は、従来から共和党内にあった中国の部分的封じ込めと構造改革を図ろうとする立場に加えて、独自の味付けをしている。それが、グランドバーゲン的な考え方だ。G20で大きな合意は成立せずとも、大統領選を前に、様々な雇用を生み出し、農業分野での市場開放を勝ち取って支持基盤の期待に答えたいトランプ大統領からすれば、多少の演出も込めて何らかの妥協は米中で成立させるだろう。

他方の中国は、米国との対立について習政権に対する弱腰批判が広がり始めたことから、一定のメンツを保ちつつどのように国内改革で妥協するかがポイントだ。長期的な経済成長の趨勢が中国の側にあることを考えると、今年のうちに短期的には米国に大幅に譲り、より長期的には米国への経済依存度を低める方向に舵を切るだろう。短期的に経済により大きな打撃を負っているのは中国の方だ。

手負いのドラゴン

しかし、問題は手負いのドラゴン=中国は危険であり、仮に妥協してもただで引き下がるわけではない、ということだ。かつて台湾海峡危機が勃発した際、米国の軍事力を前に歯が立たなかった中国は、かつての屈辱を忘れるなと言う号令のもと、米国の空母機動部隊の排除に向けた中長期の軍拡を加速させた。それからの中国は外洋海軍を積極的に整備し、防空網や潜水艦網、単中距離ミサイル網を整備したほか、空母に対する対策、戦術核の強化を含めた積極的軍拡を推し進めていった。

つまり、米国に対する過度な依存を自ら戒めた中国は、中央アジア、東南アジア、アフリカ、東欧、南アジア(インド除く)、中南米と、しだいに影響力を高めていくための手を打つと予想される。現に、ファーウェイを排除しない方針を表明している国も多く、東南アジア諸国を見る限り、長期的には中国主導の経済圏を選ばざるを得ない国が多いだろうとも感じる。

ここで、日本においても分断されるブロック経済を、安全保障の論理から歓迎するような見当違いの立場が生じることは厳しく戒められなければならない。米中どちらかに「つく」、二つの国の間でポジション取りを「迫られる」こと自体は日本の国益上著しいマイナスだからである。

ナショナリスト政権と呼ばれる安倍政権も、中国との関係は改善をはかり、硬軟両面を織り交ぜた対応を取っている。例えば、香港デモ弾圧や知財に関して懸念を表明する一方で、日中の経済関係の深化をすすめようという姿勢だ。日本は安全保障や政治面では米国を選ぶ以外の選択肢は存在しない。しかし、米国に依存し続けている日本が、さらに米国に依存を深める戦略を取り、重要な利益を有する日中関係を切り捨てるのは愚かだからだ。もちろん、米国は様々な揺さぶりをかけ、日本企業などに圧力をかけるだろうから、このような米中対立が続けば続くほど、企業が中国との取引をしにくくなる環境が作り出される。そして、中国の側も米国の同盟国を取り込もうとしたり、逆に独自の経済圏から排除したりしようとするだろう。どちらかに依存する戦略は危険である。今後のあらゆる個人・企業は分散投資を目指すしかなく、また政府もあらゆるリスクを分散すべきだろう。

中国の対米好感度はもつか

集合写真撮影の際、習近平がトランプ大統領に歩み寄り握手
集合写真撮影の際、習近平がトランプ大統領に歩み寄り握手

実は、この一年盛んに米中貿易戦争が繰り広げられた一方で、中国都市部の人びとを対象に行った意識調査では、ほとんど対米イメージは変化していない。好感度は4ポイント下がったが62%を維持しており、あらゆるイメージでほぼ例外なくプラスの評価を与える回答が上回っている(信頼できる、豊かだ、公正だ、国際ルールを守る、等々。山猫総研調べ2019年12月~2019年1月にかけて実施)。これらは、米国のソフトパワーのたまものだろう。しかし、その一方で人々の不買行動は徐々に拡大しており、かつてとは異なり、米国産品・サービスの消費を減らした人は対日韓並みに増えた(4割以上の人が消費を減らしたと回答)。米国は中国都市住民にとって圧倒的に魅力的な国であり続けており、ソフトパワーも不変だが、徐々に米国政府が自国を敵視していることに気づきつつある。その影響は、もしも中国政府が「反米教育」政策にシフトするようなことがあれば甚大なものとなるだろう。かつて行われた愛国教育のように、国家主導の教育は人々に大きな影響を持つからである。つまり、現在米中の人びとの間に冷戦感情は存在していないが、米国による中国バッシングが傷ついたドラゴンの自意識までも変化させる可能性がある。

米国の二重基準

ここで、米国が行おうとしている政策には、中国に構造改革を迫る動機や自国の産業保護の動機を超えた中国バッシングが存在していることに目を向けるべきだろう。まず、中国を中心に出来上がったサプライチェーンを組み替えようとする政策だが、ここには自国の製造業保護だけでなく、米国にとってより御しやすい東南アジア諸国にサプライチェーンの重心を移行させることで中国経済を弱体化させようという意図が感じられる。技術覇権をめざすなかで、5Gをめぐって中国企業を締め出そうとする意図も同様に中国の成長を抑えようとするものだ。

香港デモに際しても、香港人民を守るという感情よりも、中国憎しの感情が先だった対応が散見された。米国のリベラルの一部に、米中対立の感情から、香港の自由の柱である「香港政策法」を梃に交渉すべきという議論が沸き起こっているのだ。「香港政策法」は米国が香港を中国とは別に特別扱いすることで香港の自由な市場を守ってきた法律であり、それを取り下げるというのならば、そもそも香港の自由が大事なのではなく、北京に打撃を与えたいということ目的しか感じられない。そのようなことをしても、長期的に香港が力を失い、より中国本土への吸収が早まるだけなのだが。

さらには、米国の政治サークルの中に、ある種、人種差別的な意識さえもが顔をのぞかせていることは日本にとって憂慮すべき事態だ。ある国務省高官が、シンクタンクでの講演で「米国は史上はじめて白人国家ではない国からの挑戦を受けている」と語った。国務省高官が太平洋戦争の経緯を知らないとは考えたくないが、これはかつての黄禍論さえ想起させる発言だ。

ブロック経済化と、米国の農産品を中国にもっと買わせることは矛盾する。問題は、米国が中国を封じ込めたいのか、単に経済的権益を得たいのかがはっきりしないことだ。トランプ大統領個人はおそらく後者の立場をとりつづけている。しかし、彼がひとりで物事の帰趨をコントロールできるわけではない。ひとつ確実に言えることは、米中対立のとばっちりを同盟国である日本も受けてしまうということだ。

トランプが日米同盟に不満を漏らす

トランプ大統領の日米同盟懐疑発言を報じたブルームバーグの記事
トランプ大統領の日米同盟懐疑発言を報じたブルームバーグの記事

そこで、近日来話題になっている、米ブルームバーグ紙で報じられたトランプ大統領による日米同盟懐疑発言を最後に押さえておこう。日米同盟の「片務性」を指摘し、そのような同盟の必要性に疑問を呈したとされている。トランプ大統領は、従来からそうした立場を取ってきた。グローバルな戦略における日米同盟の効用は良く分かるが、しかし個別の関係に着目すれば、日本はフリーライダーではないか、という認識だ。そして、残念ながらそれはその通りだと言わざるを得ない。沖縄の人々の基地負担は確かに重たいが、米国兵士の海外駐留負担や、米国のGDP比4%にものぼる軍事費と近年の財政難を考えたとき、米国も負担を感じているし、日本に提供している安全保障は絶大なものだからだ。

日本は敗戦国として再軍備を禁じられたところからスタートしたため、各国に比べて自国の防衛を過大に米国に依存してきた。先進各国を見渡しても、日本ほど米国に対して脆弱性を持つ国はいない。自衛隊にこれだけお金をつぎ込んで発展させてきているではないか、と言う人もいるだろうが、はなから通常兵力による抑止を放棄する宣言である「専守防衛」原則を取る限り、同じ5兆円の使い道でも効果の上がりにくい使い方をしていることは確かだ。そして、近隣の中国が軍拡のペースを加速化させている中で、日本の防衛費の推移はさしたる伸びを示していない。脅威や能力は相対的なものなので、中国が軍拡を進めれば進めるほど、日本の対米依存度はあがるしくみなのである。

総括すれば、中国の困惑をしり目に米中対立を喜ぶのではなく、日本こそ米国に対する脆弱性を意識すべきということになる。日米同盟に疑義を呈すべきなのではない。日本のおかれた構造的脆弱性を改善すべきなのである。今後も、経路依存的に米国への依存度を加速化させるべきなのか、それともリスクを分散し、自国防衛の自助努力を高めるのか、日本の針路が問われている。

【執筆:国際政治学者 三浦瑠麗】

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三浦瑠麗
三浦瑠麗

人々の考えや行動が世界にどんな変化をもたらしているのか、日々考えています。リベラルのルーツは「私の自由」。だけどその先にもっと広い共感や思いやりを持って活動すべきじゃないか、と思うのです。でも、夢を見るためにこそ現実的であることは大事。。
国際政治学者、山猫総合研究所代表。代表作は『シビリアンの戦争―デモクラシーが攻撃的になるとき』岩波書店(2012)、『21世紀の戦争と平和ー徴兵制はなぜ再び必要とされているのか』新潮社(2019)。成長戦略会議民間議員、フジテレビ番組審議委員、吉本興業経営アドバイザリー委員などを務める。