日本初開催となったG20大阪サミット。会場にはたこ焼き、お好み焼きなど関西が誇る「粉もん」を世界に向けてアピールするコーナーが設けられたり、大阪府内の飲食店・コンビニエンスストアで府産食材を使った新商品が発売されたりと、「天下の台所」らしく食の面からサミットを盛り上げたことでも話題となった。
遡ること1ヶ月前、Y20サミット(G20のエンゲージメントグループY20による公式附属会議)が東京都内で開催された。
国際会議の食には「おらが町のうまいもの自慢」に留まらない意義がある。交渉会議の進行においてこそ、「サミットめし」は重要なカギを握るのである。
去年、カナダにて開催されたY7サミットに日本代表として参加した時、そう実感した私は、Y20サミット主催委員の一員として食のコーディネートに着手した。
交渉成功の鍵はランチ
長丁場の会議の合間のランチタイムは、特に重要である。
第一に、リフレッシュタイムとしての意義が大きい。缶詰状態で脳を酷使し、時に緊迫した空気に包まれる会議から束の間離れ、談笑しながら食事や会話を楽しむことは、午後の活力に繋がる。
「交渉の円滑化」もランチの大きな効果である。食事をしながら商談・交渉をすると話が平穏にまとまりやすくなることは誰しも少なからず経験があるだろう。心理学では「ランチョンテクニック」と呼ばれ、食事中はリラックスして心理的に無防備になるため相手に好意を抱きやすくなる、「美味しい食事」や「楽しい時間」という印象が交渉内容にポジティブに結びつく、など原理には諸説ある。
実際、Y20ではこのようなことがあった。韓国代表の一人が、午前の交渉で「世界貿易」の提言に「ブロックチェーンの貿易システムへの導入」を盛り込もうと試みるも、他国代表団たちからは「急進的すぎる」と理解を得ることができなかった。しかし、ランチタイムの食事中にロシア代表も似た考えを持っていることに気づき、二人でタッグを組み、他国代表団に考えを広めて廻ることで、見事、彼はこのアイデアを午後の議題に持ち込むことに成功したのである。
食を充実させることは、コミュニケーションの円滑化、健康や士気の向上、生産効率の向上につながる。これは、国際会議に限った話ではなく、職場・個人の活動にも当てはまる。実際、ビジネスミーティングを兼ねた昼食会「パワーランチ」を取り入れるなど、「ランチ改革」を進める企業も今や多く見られる。
「サミットめし」の条件とは
ランチの効果を最大化するためには、食事の味や栄養価の追求は言うまでもなく、提供方法の検討、見た目の工夫やエンターテインメント性といった遊び心も重要である。
Y20サミットの会期は5月27日から30日の4日間。それぞれ最大で100人規模のランチを外部ケータリング店舗のご協力を得て提供した。その具体的なミッションに掲げたのは以下の6つである。
1:コミュニケーションの場の提供
会場となった議員会館では、国際会議用に提携した弁当業者のパッケージプランを利用するのが通例だった。しかし、代表団同士で談笑したり、午前の争点について仲間内で少し相談したりする上で、着席でのコース料理や弁当よりも、流動性のある立食ビュッフェ形式が最適と考えた。
2:体力と集中力のサポート
ランチ後、会議室にこもりきりで提言の文言を考えていれば訪れて当然の眠気。血糖値の急上昇・急降下を防ぐことは、集中力の維持に不可欠である。中でも重要なのは食物繊維。外食で不足しがちな野菜をふんだんに取り入れたメニューを心がけた。
100 人分の野菜ジュースと山盛りの季節の野菜・果物を提供くださったのは、「オイシックス・ラ・大地」。オリジナルのフレッシュジュース「ベジール」は、砂糖・添加物・着色料不使用、300gもの野菜・果物そのままの美味しさと栄養価が魅力である。「疲れた身体に染み入る」と会議の合間のエネルギー補給にも重宝された。
3:異なる食文化・体質を備えた人々が一同に会して楽しめる食事メニュー&スタイル
国際会議参加者の食へのニーズは多様である。ベジタリアンやヴィーガン(完全菜食主義者)、ハラルといった信条・思想にまつわる制限から、グルテン、乳製品といった特定の物質のアレルギーまで、様々な条件への配慮が求められる。
日本の家庭料理をベースに様々な国の食スタイルを融合させた「和フュージョン料理」を提供してくださったのは、「Down to Earth Food Service」。オーナーシェフの中村道子さんは、アメリカ大使館のカフェテリアでの勤務経験もあり、海外の多様な食文化への対応もバッチリだ。オリジナリティ溢れる菜食メニューは、「日本で安心して美味しいヴィーガン料理を食べられて嬉しい」と食事制限のある参加者からも大好評だった。
ファッション雑誌の撮影現場やアパレルブランドのケータリングとしてSNSを発信源に一気に人気が広まった「幸也飯」。キヌアとゴマの野菜フライなど、ベジタリアンメニューも珍しいカラフルな野菜が目を惹き、ヘルシーでお洒落な魅力を放つ。
4:日本の食文化の発信
会議場で一日の大半を過ごす代表団に観光の暇はない。しかし、食は異国の地での最大の楽しみ。実際、観光庁の調査(※1)によると、2014年からこの4年間、外国人観光客が「訪日前に最も期待していたこと」は「日本食を食べること」が不動のトップ。今やユネスコ無形文化遺産に登録されている和食の魅力は計り知れない。
3日目、無事にまとめ上げた政策提言書を安倍首相へ手渡しにいざ首相官邸へ。出陣前のランチには、日本人のソウルフード・おにぎりを。「ごはんとおとも」は、「出張おにぎりスタンド」を設置し、その場で握りたてのおにぎりを提供してくれる。こだわりのお米一粒一粒が空気と共にふんわりと包み込まれたような「ほぐれおにぎり」の美味しさには、海外からの代表団はもちろん、日本人の主催委員会メンバーも感激。おひつから取り出されたばかりの熱々ご飯が目の前で握られる「ライブ感」、握り手さんとの会話も大きな楽しみである。
また、1日目のディナーには「東京焼き麺スタンド」の焼きそばも並んだ。日本人が慣れ親しんだ味ながら、寿司やラーメンほどは和食としてメジャーでない焼きそば。しかし、麺の食感からソースの風味までこだわり抜いた人気店の味に、代表団たちからは歓喜の声が上がっていた。
5. 環境への配慮−使い捨てプラスチックの使用「ゼロ」
G20サミットの最大のテーマとも言われる「プラスチックごみ問題」。G20のエネルギー・環境相会合は、海洋プラスチックごみの削減に向けて、初めての国際的な枠組みをつくることで合意し、共同声明を採択した。外務省は6000人に上る各国代表団に対しても、使い捨てプラスチックの持参を控えるよう協力を呼びかけている。
Y20サミットにおいても、プラスチックごみ問題をめぐりいかに声高々提言をまとめ上げようと、直後のランチで使い捨てのプラスチック製のフォークやスプーンが山積みにされた光景が目に入ってしまっては実に興ざめである。とはいえ、「脱プラスチック」においてまだまだ国際的に遅れを取る日本、木製のフォークや割り箸、再利用可能な素材での大皿の手配が可能な店舗と連携することで、サミットの趣旨との一貫性を図った。
6. 国際社会への発信に意欲的なお店との連携
「お店の料理を世界に発信したい」との思いがある店舗と連携することで、運営側、参加者、そして店舗に、単なる「食の授受」に止まらない一体感が生み出される。まず、厳しい予算の中でも食事内容をできる限り充実させるためには、サミットの趣旨に賛同していただける店舗に、「ビジネス」というよりかは「連携」という観点でランチの提供していただく必要があった。価格調整や一部料理の協賛など配慮をいただく代わり、ランチ会場やサミット公式SNSではランチ内容や店舗についての情報が発信される。作り手の思いや店舗のストーリーを届けることは、参加者にとってはランチタイムがより思い出深く特別なひと時になるという点で、そして、店舗にとっては世界への発信のきっかけ作りになるという点で、互いにメリットがもたらされるのである。
実は「幸也飯」の寺井さんは、LGBTの啓発者としての顔も持つ。東京・世田谷区の同性パートナーシップを第1号として宣誓したことでも話題になった。ジェンダーをめぐる課題もテーマとなった本サミットと大きなシナジーのある連携である。
日本の食をめぐる課題 – 食の選択肢の充実・フードロス削減へ
今回、ランチをアレンジする上で直面したのは、食文化や体質の多様なニーズを限られた予算でいかに満たすか、という問題である。
人種や宗教の多様性がある海外に比べると、島国・日本において、食の多様性への対応は10年は遅れていると言われる。ヴィーガン・ベジタリアン、グルテンフリーのメニューを提供する飲食店は増えつつあるが、ハラルとなると店の選択肢はめっきり減少する。食品のメニュー表示についても課題が尽きない。海外では寂れたようなカフェやレストランですら、「VEGAN」「GLUTEN FREE」のメニュー表示は当たり前だが、今回ランチを手配する上でも、ヴィーガン、グルテンフリーの料理を提供すること自体は可能としつつ、それを英語でメニュー表示した経験はないと難色を示される店舗も珍しくはなかった。
また、各々の食の選択肢の定義や意義を、飲食や健康に携わる者が正しく理解し、一般に広めることも大切である。「お好み焼き屋さんでベジタリアンの希望を伝えたら、生地の肉と卵は抜いてくれたが、仕上げに鰹節をかけられてしまった」とは、海外の友人からよく聞く話である。
食の選択肢の充実・その正しい発信は、2020年のオリンピックを間近に控え、特に重要な課題となる。
また、今回のサミットでは、日本のフードロス問題への対策不足も垣間見られた。昼食に割ける時間の制限ゆえに、ビュッフェ台にどうしても残ってしまった料理たち。店舗の方々が丹精込めて作ってくださった料理を処分するのは当然忍びなく、対応に頭を悩ませた。すると、「慈善団体に寄付したら良い」とフランス代表団からの提案が。フランスでは、2016年に「食品廃棄禁止法」が施行され、余った食品が貧困層へと行き届くように、ボランティア団体へ寄付することが義務付けられているのだ。日本でも食品を寄付できる団体はないかと調べた所、辛うじて見つけた団体は「賞味期限が書かれた未開封の食品のみ」など制限が厳しく、ビュッフェの食べ残しは受け付けられないようだった。
小さな容器に取り分け、会場で配ることも考えたが、夜遅くまでホテルに戻れない代表団たちが食品を長時間持ち歩くことも難しい。多くの諸外国では、飲食店での食べ残しをしても“to-go box”や“doggy bag”に入れて持ち帰ることができる。衛生面への懸念が上回る日本の飲食店ではいまだに普及していないシステムである。
「もったいない精神」のイメージからは信じ難くも、日本の食料破棄量は世界最大、世界の全ゴミ焼却炉の67%が日本にあるとも言われる。
ビジネス、働き方、貿易と様々な国際問題について議論が繰り広げられるサミット。来年の「環境」についての提言には、食のバリアフリー、そして、フードロスの低減を政策として打ち出したい。
そのような思いを胸に、ランチの残りは、運営委員で感謝の気持ちと共に持ち帰り最後まで美味しくいただいたことは言うまでもない。
参考文献
(※1) 「訪日外国人消費動向調査」。全国18カ所の空港・海港から日本を出国する訪日外国人客を対象に四半期ごとに実施。