21世紀以降、イスラム国やアルカイダといった国際テロの問題は、米国の外交安全保障政策上の中心にあった。しかし、幸いにもそういったテロ組織は、強化されるテロ対策によって、次第に弱体化し、今日では米中対立やウクライナ戦争など、国家間の問題の陰に隠れる存在となっている。

サヘル地域一帯のテロ組織の情勢

以前ほどの組織規模や勢いではないものの、イラク・シリア・アフガニスタン・パキスタン・ソマリア・モザンビーク、そして最近クーデターが発生したニジェールと、その隣国のマリ・ブルキナファソなどでは、イスラム国やアルカイダの本体、それに忠誠を誓う系統組織が依然として活動している。

ニジェールでは軍の部隊によるクーデターが発生している
ニジェールでは軍の部隊によるクーデターが発生している
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ニジェールでクーデターが発生したことで、今後ニジェールではイスラム過激派が新たな戦闘員をリクルートできる土壌が広がり、サヘル地域一帯のテロ情勢が悪化するだけでなく、ナイジェリア北東部で活動するイスラム国系組織との連携が生まれるとの危機感も聞かれる。ニジェールでのクーデターで、すぐにサヘル地域のテロ情勢が急激に悪化するとは考えにくいが、いずれにせよ、大国の関心がテロ問題に集まらない状況は、組織の規模拡大や勢力の盛り返しを狙うテロ組織にとって、好都合に違いない。

このような状況の中、筆者はイスラム国やアルカイダの名前によって多大な損害を受け、政治的・社会的・経済的に窮地に追いやられる人々を何回も見てきた。例えば、2014年にイラクとシリアでイスラム国が台頭した際、それに参加する目的で、世界100カ国近くから数万人の外国人が、主にトルコ経由で流入した。

2014年にイラクなどでイスラム国が台頭した際、世界各国から外国人が参加した
2014年にイラクなどでイスラム国が台頭した際、世界各国から外国人が参加した

しばしば“外国人戦闘員”と、メディアでも呼ばれてきたが、実際のところ、戦闘員に参加する男の家族(妻や子どもなど)も含まれており、イラクやシリアに到着したものの、その後イスラム国が衰退した後も、母国へ帰れないケースが続いている。

テロと人権の間で、どうバランスを取るかという問題だが、各国政府はイスラム国に参加するため、イラクやシリアに渡った自国民の処遇という難題に直面してきた。

“テロと人権”の間で…各国政府が直面した難題

英国やフランス、ドイツなどの欧州諸国だけでなく、インドネシアやマレーシアなど東南アジア諸国からも、多くの国民がイスラム国の活動に参加し、戦闘員の夫は戦闘で亡くなったが、妻や子どもが現地に残されるケースが後を絶たず、今日でも戦闘員の家族たちは収用先の避難民キャンプで厳しい環境に置かれている。

そういった妻や子どもからすると、母国に帰国したいと思うだろうが、各国ではイスラム国に参加するため中東へ向かったのであり、帰国すれば国内でテロを実行する恐れがあると国民の警戒感は強く(帰還戦闘員の脅威)、各国政府はテロと人権の間で難しい舵取りを続けている。

これまでにも、戦闘員の家族だが過激思想に染まっているわけではなく、自国民だから帰国後に脱過激化や社会復帰の教育を受けさせるという理由で帰還を果たした家族もいるが、人権面からは思うように進んでいないのが現状だ。テロの脅威が先行し、イスラム国やアルカイダというレッテルを張られ、社会的に追いやられる人々が多い。

実際、2015年11月のパリ同時多発テロ、2016年3月のブリュッセル同時テロでは、一部の実行犯たちはイスラム国の活動に加わった後、欧州に戻り、入念な計画のもとテロを実行したので、欧州では依然として、“帰還戦闘員(その家族もイスラム国のレッテルを貼られる)”への脅威が根強い。

シリアの避難民キャンプでは、イスラム国の過激思想に子どもたちが染まっていることが指摘
シリアの避難民キャンプでは、イスラム国の過激思想に子どもたちが染まっていることが指摘

今日でも帰還できない家族が多いなか、シリアの避難民キャンプでは、子どもたちがイスラム国の過激思想に強く染まっているとの見方を、テロ研究者たちが長年指摘しており、そういった事情がさらにこの問題を難しくしている。

イスラム国・アルカイダの“レッテル張り”

一方、アフガニスタンでも同様の現象が見られる。8月15日でタリバンが実権を掌握してから2年が経過したが、依然として、欧米や中国などアフガニスタンを人道的に支援できる国々は、タリバンを政府として承認していない。その背景には女性の人権を巡る課題の他にも、タリバンが依然として、アルカイダと関係を断っていないなど、テロの問題も影響している。

確かに今日でも、タリバン強硬派とアルカイダの関係は続いており、その他のイスラム過激派との関係も同様であろう(イスラム国系組織は除く)。

“イスラム国”などのレッテル張りにより、アフガニスタン支援が停滞している
“イスラム国”などのレッテル張りにより、アフガニスタン支援が停滞している

アフガニスタンへ経済的な浸透を顕著に示す中国も、タリバンと良好な関係を築こうとしているが、中国が懸念するウイグル系武装勢力に対して、タリバンが十分に対策を取っていないという不満を抱えている。

だが、本当に人道的な支援を必要としているのは、アフガニスタン国民である。本来であれば、国家の再建を目指し、諸外国から積極的な支援が行われるべきだが、ここでもイスラム国やアルカイダというレッテル、テロの脅威という壁によって、外国のアフガニスタン支援が停滞し、それによってアフガニスタン国民が、厳しい立場に置かれているのである。

これまでイスラム国やアルカイダ、その系統組織によるテロで、世界では多くの人々が犠牲となってしまった。しかし、上述のように、イスラム国やアルカイダというレッテルによって、窮地に追いやられている人々が多くいる実態に、国際社会は真剣に目を向ける必要があるだろう。

【執筆:和田大樹】

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415