店内に緊張が走り、店員が慌てた様子だ。
冷蔵ケースのある通路から足早に出口へ向かう男の姿が目に入った。ビールとおぼしき箱を袋に入れつつ、そのまま外へ出てしまった。店員が声をかけようとするが、時すでに遅しだ。警備員もどこからともなく出てきたが、諦め顔。警察を呼ぶそぶりもない。

ドラッグストアでの万引き被害が深刻 
ドラッグストアでの万引き被害が深刻 
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私が見たニューヨークのドラッグストアでの光景だ。万引きを目撃したのは何度目だろう。多発しているのを肌で感じる。

「値上げや閉店も」スーパー大手も被害深刻

ドラッグストアに限らない。アメリカのスーパー大手「ウォルマート」のダグ・マクミロンCEOは2022年12月、CNBCのインタビューで店内での万引きについて「過去と比べても被害件数が多い」と指摘した。

ウォルマートのダグ・マクミロンCEO(HPより)
ウォルマートのダグ・マクミロンCEO(HPより)

地域の状況に応じて警察当局と連携して対策をとっているものの、軽微な事案は立件されないため「この方針を徐々に変えていかないと、値上げや閉店しかなくなる」と警鐘を鳴らした。2020年1月に「保釈改革法」が施行され、原則、万引きを重ねても勾留されない現行のルールも障壁になっている。

万引き被害が多発し、閉店に追い込まれたドラッグストア
万引き被害が多発し、閉店に追い込まれたドラッグストア

閉店の現実・・1年経てもテナント入らず

また別のドラッグストアでの出来事。ちょうど1年前、SNSで根こそぎ商品をもっていった男を警備員が止められず、そのまま逃走する動画が投稿された。この店も利用したことがあったが、その後ほどなくして閉店した。

広い店舗は死角が多く、警備員も少なかった
広い店舗は死角が多く、警備員も少なかった

大きな店で長い通路。死角が多く、店員の目はまったくといっていいほど届かない。コロナ禍で店員が不足し、警備員も入り口に1人配置するのがやっとのようだった。
1年たった今も閉店したままだ。

「鍵つき」の棚で萎える購買意欲

ここのところ、どこのドラッグストアも商品棚に透明なフタを取り付け、鍵をかけている。物理的な万引き対策だ。商品を取り出すには、呼び鈴を鳴らして店員にあけてもらうしかない。高価で小さめの商品が中心ではあるが、シャンプーから歯磨きなど、日用品まで幅広い。

この店舗のヘアケアコーナーには全て鍵つきのフタが
この店舗のヘアケアコーナーには全て鍵つきのフタが

呼び鈴を鳴らすと店内に自動音声で「ヘアケアコーナーでお客さまの対応をお願いします」などとアナウンスが流れるが、なかなか店員はやってこない。

歯磨きコーナーの呼び鈴には「すぐに参ります!」と書かれているが・・
歯磨きコーナーの呼び鈴には「すぐに参ります!」と書かれているが・・

しばらくアナウンスが繰り返され、じゃらじゃらと音を立てながら鍵束を持った無愛想な店員が来てフタを開け、やっと商品を手に取ることができる。正直、急いでいる時はこれが面倒で買うのをやめることもある。店員に聞くと、「本当に万引きが多すぎて、こうするしかないのよ」とポツリ。

「またあんたか!わかっているんだぞ!」・・警備も限界

「7番通路、注意です!」
冒頭の店で別の日。店内アナウンスで女性店員が他の店員に注意を促している。通路を見ると、鼻から下をバンダナで隠し、大きな袋をもった白人の男が伏し目がちに出口の方へと急いでいる。
「またあんたか!わかっているんだぞ!」と女性店員が男に向かって叫んでいる。どうやらこの店では顔の知られた万引き犯で、今回は被害を未然に防いだ形のようだ。男が店の外に出たあと、女性店員は「あいつは本当に懲りない」と憤っている。

ビールの冷蔵ケースには今、鍵と呼び鈴が
ビールの冷蔵ケースには今、鍵と呼び鈴が

警備員を雇っていても、限界に近い。この店では前回のビールの万引きの被害後を絶たなかったのか、冷蔵ケースにも鍵と呼び鈴が取り付けられた。

7割は保釈・・「大した罪に問われないから再び犯行」とニューヨーク市警

全米小売業協会(National Retail Federation)によると2021年の「在庫の損失」は全米で10兆円規模で、そのうち筆頭の要因が「万引き」だ。
万引き犯の再犯率も高い。2023年1月に記者会見したニューヨーク市警の犯罪対策戦略官は、2022年に逮捕した万引き犯327人のうち7割以上(235人)は保釈されていると明らかにした。

ニューヨーク市警の犯罪対策戦略官「取り組むべきことは多い」
ニューヨーク市警の犯罪対策戦略官「取り組むべきことは多い」

「残念ながら彼らはニューヨークの街をうろつき、再犯によって店を閉店に追い込んだり、棚を解錠するために客を15分も20分も待たせる原因を作っている。大した罪に問われないからだ」。その上で業界団体との協議を進めていることを強調した。

外された看板のPHARMACY(薬局)の文字
外された看板のPHARMACY(薬局)の文字

経費をかけて棚に鍵つきのフタを取りつけ、警備員や店員を増やすのか。その対策費をまかなうために値上げをするのか。それとも閉店か。経営者たちが厳しい選択を迫られる中、警察当局との連携が功を奏すまで時間がかかりそうだ。

(FNNニューヨーク支局・弓削いく子)

国際取材部
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弓削いく子
弓削いく子

心身を整えるためにヨガをこよなく愛す。
Where there’s a will, there’s a way.
FNNニューヨーク支局長。ニューヨーク市生まれ。1993年フジテレビジョン入社、警視庁、横浜支局、警察庁、社会部デスクなど、駆け出しは社会部畑。2010年からはロサンゼルス支局長、国際取材部デスクを経て現職。