「症状がない人」の滞在先をめぐり揺れた政府方針

新型コロナウイルスの国内感染拡大が続く中、政府が中国・武漢市などに滞在していた日本人を帰国させるためのチャーター機の第1便を派遣してから1か月が経った。

チャーター機第1便
チャーター機第1便
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1月29日午前に羽田空港に到着した武漢からの帰国者たちは、東京都内の国立国際医療研究センターで検査を受け、無症状の人は、当面の滞在先となる、千葉県の勝浦ホテル三日月に向かった。しかし実は、帰国者をどう扱うかについては、政府の方針がぎりぎりの段階まで固まらず、揺れていた。厚労省はチャーター機の第1便派遣に向けた準備を進めている段階では、症状のない帰国者については、自宅に帰らせる方針だったのだ。

千葉県の勝浦ホテル三日月
千葉県の勝浦ホテル三日月

第1便出発前日の1月27日、自民党本部で開かれた「新型コロナウイルス対策本部」では、厚労省の担当者と自民党議員の間でこんなやり取りが交わされていた。

厚労省担当者:
「今回(第一便)は検疫官や医師を乗せていき、機内で健康チェックをして、感染が疑われた場合には機内の場所を分けてさらに検査し、羽田かどこかに着いてからも隔離して引き続き対応します。そうでない方は帰宅してもらい経過観察と…」

自民党議員:
「ちゃんと2週間でもなんでもしっかり検査して様子を見た方がよいのでは」

厚労省担当者:
「症状もない人も留め置くということは、検疫の方の考え方ではちょっと…」

自民党議員:
「それで責任取れるのか?」

厚労省担当者:
「・・・」

自民党議員から突きつけられた厚労省の方針へのNO。さらに、その後首相官邸で行われた会議で厚労省担当者が「症状が見られない人については、帰国後に全員自宅などに戻ってもらう対応を取る」との方針を示したところ、安倍首相が「それはあり得ない」と決定的な異議を唱えたのだ。こうした政治主導とも言える協議の結果、無症状の帰国者たちについても、当面は政府が用意した施設に滞在してもらうよう「お願い」する方針が固まった。

帰国者の受け入れを表明した「ホテル三日月」の英断と政府の対応

しかし、その帰国者たちが滞在する施設の選定は難航した。チャーター機の派遣は急転直下で決定したが、より重要ともいえる受け入れ態勢の整備は後手に回っていたのである。政府関係者はこう振り返る。

「まず、邦人をいかに早く退避させるかということが最優先だった。その後、どうするかというのは、正直言って手探りだった」

東京都内のホテルなどに受け入れを打診したものの風評被害などの懸念で頓挫した末に、政府関係者が、ぎりぎりの段階で藁にもすがる思いで頼ったのが、自民党幹部の外遊同行などを通じて社長と知己のあった、勝浦ホテル三日月だったのだ。

「同じ日本人として」勝浦ホテル三日月の声明文
「同じ日本人として」勝浦ホテル三日月の声明文

そしてセンターでの検査を終えた帰国者たちは、ホテル三日月に向かったが、帰国者の人数が増えたこともあり、1人1部屋とするにはホテルの部屋数が足りなくなり、滞在当初、一部で相部屋が生じてしまった。このことについては、政府が批判を浴びる形となった。

また、ある関係者は「宿泊者の中から感染者が出たからホテルに頼むのはもう無理だろう」と懸念していた。政府は、ホテルから感染者が出る危険性をどこまで想定していたのだろうか。一方で、早期に準備していれば、第2便以降の帰国者が滞在した政府の関係施設に滞在することもできたはずだったし、ホテルに多大な負担をかけずにすんだ可能性は高い。

政府関係者は最近、「やはりこういう時には公的な施設でなければ対応できなかった。常日頃から感染症対策が可能な、個室対応が可能な施設を作らなければならないということは学んだ」と語っている。

勝浦ホテル三日月
勝浦ホテル三日月

“想定外の?”検査拒否…政府が直面した法制度のカベ

また、帰国者への検査や滞在をめぐっては、法制度の壁にも直面した。第1便で帰国した日本人のうち2人が、帰国後の検査を拒否したことが判明(2人は後に検査受託)すると国民の間にも波紋が広がった。同時に、新型コロナウイルスがどのような感染力を持つかが不明な中、「症状がない人」に対する強制力を持った指示ができないという政府の現状が浮き彫りになった。安倍首相は1月30日、次のように述べた。

「大変残念だ」「相当長時間説得したが、法的な拘束力がない」

その上で安倍首相は「2便以降はかなり確かな形で確認を取っている」と述べ、帰国者のウイルス検査については万全を期す意向を強調した。ではここで言う「かなり確かな形」とは何だったのか。政府関係者はこう語っていた。

「帰国者がチャーター機に乗る前に口頭で『着陸後に詳細な検査を受けてもらいますがよろしいですか?』と伝えて、それを了承してくれた方を乗せています」
「指示ができないからこそ、口頭で強くお願いするしかないのです」

法的な強制力がないため、強くお願いし了解を得る形で“しのいだ”というのが、実態だったのだ。

新型コロナウイルス関係閣僚会議での安倍首相・1月30日
新型コロナウイルス関係閣僚会議での安倍首相・1月30日

ギリギリの政治主導…中国湖北省からの入国拒否に入管法5条を適用

その法的強制力に関しては、ギリギリの政治主導で実現させた案件があった。武漢を含む湖北省などに直近で滞在した外国人の入国を拒否する措置だ。

入管法5条1項14号には、「法務大臣において日本の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者」の入国を拒否すると定めている。安倍首相は森法務大臣らに対し、この部分の解釈で入国拒否を実施できるか検討を指示したが、政府内では、「人権尊重の観点から適用は困難」との意見もあり、賛否が分かれていたという。

森法相・1月30日(写真手前)
森法相・1月30日(写真手前)

政府関係者によると、安倍首相や森法務大臣らが前向きな姿勢を示す一方、北村国家安全保障局長や佐々木出入国管理庁長官らが当初、入管法の適用に難色を示していたという。最終的に政府は、新型コロナウイルスへの対応を「安全保障上の問題と位置づける」ことで、入管法5条を適用することに正当性を見出したのである。感染拡大を阻止するために、政府がひねり出した苦肉の策であり、ギリギリの判断だった。

チャーター機で帰国、自宅待機で感染判明事例も

また、帰国者の扱いをめぐる運用の難しさが露呈した例もある。1月31日にチャーター機の第2便で父親とともに帰国した未就学の男児が、2月21日になって新型コロナウイルスに感染していたことがわかったのだ。父子は帰国の際に、国立国際医療研究センターでPCR検査を行なったが、ともに陰性だった。

男児は未就学児のため、父子での自宅への帰宅が認められ、国による経過観察が続けられていた。その後、父親が発熱の症状が出たため再度検査を行なったところ、新型コロナウイルスへの感染が確認され、その後男児も感染したのだ。小さな子どもを持つ帰国者が、施設で待機せず一緒に自宅で待機する場合に感染を防ぐ有効な手段はあったのだろうか。

チャーター機派遣がもたらした教訓と今後の課題

こうして振り返ると、政府は邦人保護の観点での帰国と、帰国者を起点にした国内での感染拡大の防止という双方を満たさないといけないという、難しい課題に直面していたことがわかる。その中でチャーター機の早期派遣を実現したことは成果と言える一方、同時に整えるべきだった帰国者の受け入れ態勢の構築は後手に回ったと言わざるを得ないだろう。

チャーター機
チャーター機

医療機関での検査体制は厚労省が敷いたが、検査後の滞在場所の選定などにおいては、省庁横断的な対応が必要であり、そうした司令塔機能が政府に欠けていたとみられる。その最たる例が政府の施設ではなくホテル三日月に頼らざるを得なかったという事実であり、相部屋問題の発生や、ホテル三日月の営業への影響を招いた。

そう考えると今後は、政府関係者が指摘するように、緊急時に外国からの帰国者を待機させる施設を常設する検討も必要だろう。さらには防衛省や与野党の有志が本格的に検討を始めた、3000人を超えるような人員を検査・待機させるための「病院船」の必要性も増してくる可能性がある。

チャーター機派遣をめぐって浮き彫りになったこうした課題に対して、政府が本格的な検証を開始するのはだいぶ先になるだろうが、様々な反省が将来に生かされることが期待される。

(フジテレビ政治部・新型コロナウイルス検証チーム)

政治部
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