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北海道のほぼ中央に位置する美瑛町
見渡す限りに続く波状の丘陵地帯には、同じ作物を続けて作らない「輪作」による色とりどりの畑がパッチワークのように広がっている。

この絶景を求めて世界中から年間約160万人の観光客が訪れる美瑛は、いまや日本有数の観光地の一つになっている。
しかしその反面、観光客が農地を踏み荒らすなどのマナー違反が増加し、近年は深刻な問題になっているという。

そこで、美瑛の農家が「立ち入り禁止」と書かない「畑看板プロジェクト」という観光公害対策プロジェクトに乗り出し話題になっている。

「インフルエンサー」の真似をして迷惑行為

そもそもマナー違反が増えた原因のひとつは、SNSなどで多くのフォロワーを持つ「インフルエンサー」だという。
彼らが無断で撮影したとみられる写真をマネしようと、同じ風景を探して農地に入り込む観光客が増えているそうだ。

「作物を踏まなければ畑に入ってもいいのでは?」と思う人がいるかもしれないが、観光客の靴についた病原菌や害虫が農地に持ち込まれると、一気に感染が広がって甚大な被害をもたらす危険があるという。

また美瑛には「セブンスターの木」「親子の木」などと呼ばれるシンボルツリーが観光名所になっているが、その近くには大型バスも路上駐車して、道を埋め尽くすほどの観光客が集まる
そのため農業で忙しくなる時期には、これらの車でトラクターが農道を通れなくなることもあるという。

2016年には、斜めの幹が首をかしげて考えているように見えることから「哲学の木」と呼ばれた大木を、マナー違反に悩んだ農家が、自ら伐採する苦渋の決断をしたことが話題になった。
この木はもともと老木だったため、倒れて被害が出る前に処分されたのだが、近くでは無断で畑に入ったり、冬は雪で遊ぶ行為が頻発していた。
一面の雪に見えても、農地では雪の下に植えてある大切な作物を傷めてしまうかもしれないのだ。

画像は「マイルドセブンの丘」
画像は「マイルドセブンの丘」

観光客が農地に入らないよう、いたるところに「立ち入り禁止」の看板も建てられているが、せっかくの美しい景観が失われるのは農家の中からも残念に思う声が上がっていた。

「立ち入り禁止」と書かない畑看板プロジェクト

そこで、地元の農家10人が協力し「畑看板プロジェクト」を立ち上げた。

計画では、試験的にベストショットが取れる「撮影ポイント」を3ヶ所設け、プロジェクトの核となる「看板」を立てる。
この看板には、立ち入り禁止の文字ではなく農地所有者の名前を書き、さらに農家のSNSオンラインショッピングサイト「プロジェクトのウェブサイト」へのリンクや、プロジェクト協力金の支払いができる「QRコード」を盛り込む。

この活動資金を得るため5月24日にクラウドファンディングを公開ところわずか3日で目標金の100万円を突破
記事作成時は倍以上の約260万円が集まっていて、6月28日に募集を締め切る。

目標金額にはあっという間に達したが、立ち入り禁止を直接的には訴えないこの看板だけで本当に農地への立ち入りを防ぐ効果があるのか?
プロジェクトのリーダーで、自身も美瑛で農家を営む大西智貴さんに詳細を聞いてみた。

看板で観光客とつながる

――プロジェクトを思いついたきっかけは? なぜ今はじめたの?

このプロジェクトの原案を考え出したのは、プロジェクトの事務局も務めている小林というものです。
小林は観光協会や町役場に過去勤めていて、その頃から看板で観光客とつながる構想はあったそうです。
ただ、提案しても予算をつけてもらえないなど実行には移せなかったそうです。
役場を退職し独立した今、私どもに提案してくれました。
QRコード決済やクラウドファウンディングが定着した今、実行に至ったという感じです。


――プロジェクトは美瑛の農家の何%ぐらいが協力しているの?

畜産農家も含めて450軒程度農家がありますので、10軒は2%程度とごく一部になります。

――看板に「立ち入り禁止」と書いたり、QRコードで表示するなどしないの?

看板には書きません。
看板からリンクするウェブサイトで、なぜ入ってはいけないのか、畑には農家のどんな想いがあるのか、どのようなリスクがあるのかをお伝えしたいと考えています。

――なぜQRコードなの?

QRコード決済技術が広がっていますが、これを利用して撮影スポットの入場料も受け付けられるようにしようと考えています。
そのお金(協力金)は景観保全や農家に還元する形にしようと考えています。

農家にとって大切な営みの場であることを知っていただきたい

――「看板」は撮影スポットだけ? それともいろんな場所に立てるの?

場所によってですが、観光客の侵入しがちなところは複数立てることも想定しています。


――本当にこの看板で被害を抑える効果がある?

看板の横に小さな柵も設置するのですが、それによって道路用地と農地の境界線をハッキリさせることで、どこまで入っていいのか、どこから入ったらダメなのかが分からないことによる侵入を防げると考えております。
また、ウェブサイトでの情報発信で、なぜダメなのかも知ってもらうと同時に農家にとって大切な営みの場であることを知っていただきたいと考えています


――「柵」で侵入を防ぐということ?

柵は設置しますが、侵入を防ぐというよりは農地と道路用地との境界線をハッキリと明示するためです
柵は畑周り全体に張り巡らせるのではなく、あくまで看板の横数メートル程度に設置します。その延長上は境界であることを知ってもらうためです


――どのぐらいの人がQRコードを読むと思う?

看板の設置する場所で多い少ないはあると思いますが、風景とマッチするものを目立つところに立てようと考えてますので、訪れた人の大半は関心を持って見てくれると考えております。

観光の問題への関心の大きさを感じた

――100万円のクラウドファンディングを達成する自信はあった?

クラウドファウンディングは初めてですし全く予想ができないまま始めました。
ただ、返礼品を手厚くしたり、町内在住の人気写真家の方も参加してくれて、SNSでの拡散の反響が大きかったので期待はしていました。


――100万円の目標を3日で達成したときどう思った?

達成できるか不安な中で始まりましたので、早々に達成できたのは驚きでした。
美瑛の観光の問題に対する関心の大きさも感じて驚きでした。


――目標より多めに集まったお金は、どうするの?

今後このプロジェクトが拡がって参加してくれる農家が増えた時に、看板の設置箇所を増やしていく費用にあてます。
また、看板とリンクするプロジェクトのウェブサイトで、農家の思いや情報を発信していくのですが、その運営費用にしようと考えています。


――ちなみに看板を立てる場所はスマホの電波はつながる?

現状立てる予定の3箇所は電波がありますし、美瑛の農地はほぼ全域電波があると思います。

7月に看板設置予定で、QRコードを読み込んだ先は多言語対応だというが、日本の美しい景観を守るために観光客のマナー違反が減ってほしいという思いに賛同する人は多いだろう。
「立ち入り禁止」を書かない看板の効果に期待したい。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。