振り返れば「ポポーポポポポ...」
豊富な品揃えで、何かと便利なスーパーマーケット。
特売商品を求め、複数のお店を巡ることもあるだろう。そんなとき、別企業の店舗にもかかわらず、同じBGMが聴こえてきた経験はないだろうか。
「ポポーポポポポ、ポポーポポポポ、ポポポポポーポポーペポー...」という“あの曲”だ。
実はこのメロディに「商品をお買い得に感じさせる効果」があるのでは?と、Twitterで注目が集まっているのだ。
きっかけは、作詞・小説家の仰木日向(@ogihinata)さんが、6月11日に投稿したつぶやき。
スーパーで流れるBGM(“あの曲”)はなんであんなに適当なクオリティなのか、と疑問に感じたところ、友人から「チープなBGMは目の前の商品をお買い得に感じさせる効果がある」と説明されたという。
この内容が注目を集め、投稿には1万7,000件以上のリツイート、4万8,000件以上のいいねが寄せられた(6月21日現在)。Twitterユーザーからは「宝石店でスーパーのBGMが流れてたら安い感じに見えてしまう」という反応もあり、同じような疑問を抱いている人は多そうだ。
そもそも“あの曲”は何?
そもそも、スーパーでよく聞く“あの曲”は店内放送から流れているわけではないのをご存知だろうか。
“あの曲”は、店内放送ではなく「呼び込み君」という小型機器から流れている。電子機器事業を展開する「群馬電機株式会社」が製造元で、2000年の発売から現在まで売れ続ける、ロングセラー商品となっている。
確かに「ポポーポポポポ」という曲調はキャッチーで、日常的に聞いていると、そのお店に近づくだけで、脳内再生される感覚もあるほどだ。
果たして本当に「商品をお得に感じさせる効果」はあるのだろうか。呼び込み君の開発に携わった、群馬電機の担当者に伺った。
「販促効果までは考えていませんでした」
――呼び込み君の曲が話題です。「商品をお得に感じさせる効果」はある?
呼び込み君の曲は「明るくてテンポが良く、誰が聞いてもうきうきするような曲」というイメージで、作曲家に作ってもらいました。販促の訴求効果までは考えておらず、話題になっている効果があるかどうかは分かりません。
――呼び込み君の制作経緯は?
「カセットテープに代わる呼び込みの方法はないか」という、あるスーパーからの相談がきっかけです。この話があった1999年当時は、カセットテープを使った呼び込みが一般的でしたが、繰り返し再生するとテープが絡んだり、すり切れたりしていました。テープを頻繁に変えるため、手間やコストがかかったといいます。
この悩みを解決する「劣化しない音源」として、開発しました。
――搭載曲はどう決めた?“あの曲”に名前はある?
作曲家が制作した「ボサノバ調」「ロック調」「アップテンポ調」「スローテンポ調」「サンバ調」「民謡調」の計6曲から、搭載する2曲を社員の多数決で選びました。「うきうきする」印象が決め手となり、「アップテンポ調」と「ボサノバ調」を採用しています。スーパーでよく耳にする曲は「アップテンポ調」です。
曲名については、正式なものはありません。識別のために「アップテンポ調」を「No.4」、「ボサノバ調」を「No.2」と呼んでいたくらいですね。
――制作でこだわったところはある?
今はデジタル音源が当たり前ですが、開発当時はそんな技術も普及していません。繰り返し再生できるだけではなく、カセットテープよりも音質は良くしようと努力しました。
例えば、音源の記録媒体にはICメモリーを採用していますし、開発当初は、オーディオファイル形式「pcm」を採用して、ノイズを抑えつつ、音源をデジタル化しました。今でも電子部品を更新などで、コストダウンしつつ、音質も高めるようにしています。
「うきうきする」というイメージで“あの曲”が誕生したことは分かったが、話題となった「商品をお得に感じさせる効果」があるかどうかは、製造元でも分からなかった。
果たして、その実態はどうなのだろう。USEN-NEXT GROUPで、音楽配信企業最大手の「USEN」に聞いたところ、自社の調査結果などから「呼び込み君」の曲を分析してくれた。
USEN-NEXT GROUP(株)USEN社長室 「USEN SOUND Lab.」の北澤伸二所長にお話を聞いた。
「商品を安く感じさせる効果」はある!
――「呼び込み君」の曲に「商品を安く感じさせる効果」はある?
商品を安く感じさせる効果はあると思います。
「呼び込み君」の曲は構成音が少なく、音源の周波数も「MIDI音源」(電子楽器などに用いられる電子音)に近いのですが、これが安さ・お買い得感につながっていると考えられます。
人間は物事の印象や判断を脳で決めるのですが、脳は過去の記憶や経験から、想起・判断させる機能を持っています。例えば、昔のテレビ・ゲームの映像を見ると懐かしさを感じるだけでなく、チープな印象も持ちやすいです。逆に現在のAR・VR的な映像には、新しさはありますが、チープな印象は感じません。
これを聴覚に置き換えると、MIDIのような音源は昔、カラオケや着メロ、ゲーム音声などで幅広く使われていました。このような音源を聴くと、懐かしさだけではなく、ちょっと古くさいような、安っぽさを感じるのです。
また、一般的には気分が高揚すると、購買意欲も高まると考えられています。音楽で気持ちを高揚させるには「明るい音色」「早めのリズム」「記憶に残りやすい」ことが重要ですが、「呼び込み君」の曲はどれも満たしていますね。
――スーパーの売場では、どんな影響があると考えられる?
人間が購買活動をするときは、直前に接触した情報が商品選択にも影響します。小売店などの狭いエリアでは店内放送や販促曲を流すことで、商品の販促につなげられるでしょう。
また、店内の販促曲を何度も聴いていると、いつのまにか覚えてしまうこともります。これは「フリークエンシー効果」と呼ばれ、うまく活用すれば自然な商品認知などにつなげられます。
今回の「呼び込み君」の話題も、このような効果が表れた結果だと思います。実際の売場では商品PRのため、スポット的に設置されていることが多いと思われます。曲が流れるところにお買い得商品があることで、「呼び込み君=安い商品」という循環が、繰り返されているのではないでしょうか。
「音楽の印象」がそのまま「お店の印象」につながる
――購買意欲と音楽にはどんな関係がある?
音楽は人の感情や印象を左右するので、購買意欲にも影響はあります。
例えば、明るい・テンポの速い曲は、自律神経バランス(交感神経)の活動を活発にしてエネルギッシュにしてくれます。夏のお祭りシーズンに「祭りばやし」を聴くと気分が高揚したり、ワクワクする人が多いでしょう。そんなときは、財布の紐も緩みがちになるのではないでしょうか。
USENでは「USENオリジナルチャンネル」として、シチェーションに応じた楽曲配信も行っていますが、購買意欲を高めたいお店には、悲しい・暗いイメージの楽曲は編成しません。象徴的なのが「別れのワルツ(蛍の光)」です。1曲流れるだけで「閉店のお知らせ」として伝わり、退店を促します。
――店舗に良い効果を与えるには、どんな音楽を選べば良い?
店内の「音楽の印象」がそのまま「お店の印象」につながるので、客層に合わせて、選曲基準を統一してみてはどうでしょうか。
小売業の場合、1.開店直後はシニア、2.午後は専業主婦、3.夕方以降は共働き世帯、4.夜はサラリーマン...と客層が目まぐるしく変わります。「また行きたい」と思える、居心地の良い楽曲を選ぶと良いかもしれません。
また、音楽のテンポも大切です。海外の実験では、アップテンポな曲が流れたときとスローテンポな曲が流れたときの移動時間を比べたところ、スローテンポな曲では、移動時間が増えたというデータもあります。
・回転率を上げ、安価な商品を多く売りたい場合はアップテンポ
・滞在時間を増やし、高品質の商品を適正価格で売りたい場合はスロー~ミドルテンポ
などと、使い分けてもよいかもしれません。
――このほか、伝えたいことはある?
音楽は上手に活用すると、販売数を押し上げる一助にもなります。USENでは販促用BGMの企画制作も行っており、近日中には、店舗空間とBGMとの関連性について研究した、調査結果を公開するサイトも立ち上げる予定です。
ぜひ一度、訪れていただければと思います。
普段、何気なく耳にしていた「呼び込み君」の曲には、「商品を安く感じさせる」という思わぬ秘密が隠れていたようだ。スーパーで「ポポーポポポポ」という音が聞こえたら、その近くで懸命に働く“小さな功労者”を探してみてはいかがだろうか。