日韓関係悪化の要因…釜山の「徴用工像」

徴用工像が見つめる先には日本総領事館が…
徴用工像が見つめる先には日本総領事館が…
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韓国第2の都市・釜山。中心部の釜山駅から駅前の大通りを車で5分ほど走ると日本総領事館が見えてくる。この総領事館の目の前に、外国公館の尊厳を守る事を受け入れ国に義務付けたウィーン条約に明確に違反する形で慰安婦像が設置されたのは2016年12月の事だ。その慰安婦像からわずか数10mほど離れた公園前の歩道に「徴用工像」が置かれている。路上使用許可を取っていない不法設置だ。

像の持ち主は韓国最大規模の労働組合「全国民主労働組合総連盟(民主労総)」。

韓国では日本よりも労働組合の影響力が強いが、その中でも民主労総は“過激派”として知られる。「国会の塀を倒して警察官と記者を暴行」「労務担当役員を監禁・暴行」「組織員の雇用を強要して現場占拠」など暴力を伴う不法行為を繰り返していて「労使関係は完全に労組に傾いている」(韓国経済)と報じられるほど強い影響力を持っている。

大通りに放置された像は通行の邪魔になっていて、地元住民からも早期の撤去を求める声があがっているというが、民主労総は一切耳を貸さず、徴用工像を総領事館前の慰安婦像横に移動して設置すると主張し続けている。
過去には奇襲的に設置を強行しようとして警察に阻止されたが、その後、紆余曲折があり、現在像は歩道に放置されている。民主労総は慰安婦像隣の設置が実現しなくても、今設置している場所から慰安婦像までの道を「抗日の道」と名付ける構想も持っている。日本総領事館の目の前の道を反日活動の中心地にしようとするものだ。日本政府は現在の状況もウィーン条約違反だと考え韓国政府に対応を求めている。

釜山市は日韓関係の悪化を懸念し、総領事館から離れた場所に設置を求めているが、民主労総との協議は全く進展していない。さらには労働組合を支持基盤の一つとする文在寅政権も解決策を打ち出せていない。その背景には民主労総の手段を選ばない強硬な姿勢があるからだ。

違法設置の像の強制撤去に逆ギレ!不法占拠の座り込みに市長が屈服し謝罪 

韓国の労働組合のSNSより
韓国の労働組合のSNSより

この徴用工像を巡って驚くべき事態が起きたのは4月のこと。
領事館近くの公園前歩道に不法に設置された像を釜山市が行政代執行により撤去し、近くの歴史館に移動させた。もちろん法律に基づく適正な対応だ。しかしこれに民主労総は“逆ギレ”。「撤去は親日だ」などと主張しながら連日、市役所に押し掛け庁舎内を不法占拠し、職員らと激しい揉みあいになった。日本なら警察が介入し、複数の逮捕者が出てもおかしくない状況だ。

しかし法律を無視したこの蛮行に対して、釜山市長は屈服してしまった。「像建立のために心を一つにした市民、労働者に心配をかけた」と謝罪し像を民主労総に返還したのだ。民主労総の暴走、さらには釜山市長の謝罪にさすがの韓国メディアも黙っていなかった。
・「法を執行した釜山市長が無法者に謝罪、こんな国がほかにあるのか」(朝鮮日報)
・「民主労総が公権力を無視する限度を越えて自ら公権力と法になってしまったのではないか」(中央日報)

韓国人は無関心の徴用工像…「民主労総」の目的とは?

5月3日の民主労総の集会
5月3日の民主労総の集会

日韓関係悪化の大きな原因の一つで、日本側としては看過できない徴用工像の問題だが、実は韓国社会では「徴用工訴訟」や「慰安婦問題」などと比べて注目されていない。韓国人の知り合いに聞くと「労働組合が勝手にやっていること」という認識があり、関心が低いのだという。

確かに5月3日、民主労総が徴用工像の周辺で集会を開くというので取材に行ったのだが、韓国メディアは見る限り1社もいなかった。それぐらいの注目度なのだろう。さらに取材現場で「日本メディアは撮影するな!」と血相を変えた民主労総の男女数人に怒鳴られた。韓国内で徴用工訴訟の原告側会見や慰安婦問題の集会の取材の際、日本メディアだからと言って怒鳴られることはほぼない。なぜなら彼らとしては海外メディアに扱ってもらうことで国際的に自らの主張を拡散させようという意図があるからだ。しかし民主労総は頑なに日本メディアに取材されることを嫌がる。反日活動を日本や海外にアピールしたいというより、国内向けに自らの存在感を示したいという狙いが透けて見える。

労組VS労組 徴用工像は反日ではなく国内アピール? 

「民主労総VS韓国労総 建設現場で衝突」
5月6日付けの韓国日報はこのような見出しで“2大労組の衝突”を伝えた。韓国労総は民主労総と並ぶ大規模な労働組合なのだが、ソウル中心部の建設現場で2大労組の組合員500人ずつが向かい合って座り込み、建設会社に対して双方が「自分たちの組合員を雇用しろ!」と求め一触即発の事態になったという。

韓国では2007年の法改正以降、建設現場で下請け作業員が働くことが禁じられ、建設会社が作業員を直接雇用しなければならなくなった。その法改正を盾に、各労働組合は「作業員は組合から雇用する」という協約を企業と結んだという。韓国では最近不動産市場の落ち込みが激しく働き口が減少しているため、各組合が激しい雇用の奪い合いを始めている。2大労組の衝突は少なくともソウル市内の8か所の建設現場で起きていて、連日大騒ぎしているため、近隣の住民からも苦情が殺到しているというのだ。

さらに韓国銀行が発表した19年1~3月期のGDP・国内総生産は前期比0.3%減と「10年ぶり」の低水準となった。半導体などの輸出が振るわず、投資の減少もあり、雇用状況は一層悪化している。労組同士の雇用争奪戦は激しさを増し、韓国経済の危機的状況に拍車をかけている側面もある。対立が激化すればするほど、国内向けに各労組が自らの存在感を示すことが重要になる。民主労総はその手段として釜山の徴用工像を選んだのではないだろうか。歴史問題を利用して自らの存在感を示す。いわば歴史問題を政治利用して野党を攻撃する文在寅政権と構造は一緒だ。韓国の反日の理由は「日本が憎い」という単純なものだけではない。「反日」という大きな主張の裏には多くの“思惑”が隠れていることも認識する必要がある。

【執筆:FNNソウル支局 川村尚徳】

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川村尚徳
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