令和時代が始まり、こちら韓国では「日本で新しい時代が始まったのだから、日韓関係改善の契機にしなければいけない」との論考がメディアを賑わせている。いわゆる元徴用工を巡る訴訟で原告側が日本製鉄と不二越の保有株式の売却手続きに入ったため、日本政府による対抗措置が現実味を帯びてきた事を受け、「対抗措置で日本も損害を受けるが、韓国の損害は致命的になりかねない」との危機意識が高まっているのだ。

そんな矢先に、文大統領から日本を直接批判する発言が飛び出した。

文大統領「日本は歴史問題を政治利用している」

文大統領は5月2日、元閣僚らを招いた昼食会で、「最近は日本がそのような問題(歴史問題)をずっと国内政治に利用しながら問題を増幅させる傾向があるようで、とても残念です」と発言した。数々の日本批判をしてきた文大統領だが「歴史問題の政治利用」で日本を直接批判したのは初めてだ。同じ席上では「日本と良い外交関係を発展させなければならない。」とも発言しているが、日本とケンカしたいのか、仲良くしたいのか意図が分からない。

保守系の大手紙「朝鮮日報」は、「文大統領は安倍首相を念頭に直撃弾を撃った」「関係改善の流れに水を差す」と批判し、「大統領が相手国の首脳を直接批判して、外交的に問題を解決できるのだろうか」という元大使の論評を掲載している。もっともな話だ。

しかし、そもそも、かなり大っぴらに歴史問題を国内政治に利用しているのは、他ならぬ韓国政府ではないか。

歴史問題で野党を攻撃   「土着倭寇」という新語も登場

文大統領は今年3月、日本統治時代に起きた3・1独立運動の100周年を記念する集会でこう発言した。

「日帝は独立軍を‘匪賊(ひぞく )’、独立活動家を‘思想犯’だとして弾圧し、パルゲンイ(=赤い奴、共産主義者)という言葉も生まれました。今でも私たちの社会で政治的競争勢力を誹謗して攻撃する道具としてパルゲンイという言葉が使われている。我々が一日も早く清算しなければいけない代表的な親日残滓だ」

現在の韓国政界は、文在寅政権が革新派、野党は保守派という構造だ。文大統領は一部の野党議員が与党を攻撃する時に使った「パルゲンイ」=「共産主義者」という言葉を、「日本統治時代に作られた言葉」と定義して、「日本によって生み出された言葉で与党を攻撃する事は親日行為だ」とのフレームを作った。歴史問題を利用して野党に「親日」というレッテルを張った大統領の発言に対しては、韓国メディアからも「現政権は「反逆者」「積弊清算(注1 )」を云々しながら敵と味方に分け、葛藤と対決を煽っている(中央日報)」との批判が出ている。

その結果、与党に比べて「日韓関係を改善すべき」との意見が多い野党・自由韓国党の議員に対して「土着倭寇(わこう )」という新たな言葉まで生まれ、「親日派」として攻撃する流れが出来ている。土着倭寇とは、日本統治時代に日本に協力的だった人を指す「親日派」とほぼ同じ意味だが、「倭寇」という海賊を持ち出しているだけ、より侮蔑的な意味合いが強い。朝鮮日報は「政敵に土着倭寇なる奇怪なフレームを押し付けている。現政権になって反日は原理主義の宗教のように暴走している。」と痛烈に批判している。

韓国・康京和外相が「ブーメラン」発言
韓国・康京和外相が「ブーメラン」発言
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韓国外相が投げ込んだブーメラン

5月3日、韓国の康京和(カン・ギョンファ)外相が我々外信メディア向けに会見を行った。日本メディアの記者が、「日本が歴史問題を政治利用している」との文大統領の批判について「康外相も同じ立場なのか?日本は、韓国が国内政治に歴史問題を利用していると考えているが」と質問した際、康外相は「大統領の発言に対して何か言う立場では無い」と前置きした上で、「我が政府が国内的に歴史問題を利用していると見る事自体が、歴史問題を政治的に見ているという事ではないか」と発言した。

記者の指摘に反論したつもりだろうが、よく考えると凄い発言だ。康外相の反論が正しいのなら、「日本が歴史問題を政治利用している」と最初に発言した文在寅大統領こそが「歴史問題を政治的に見ている」という事になってしまう。日本メディアへの反論のつもりが、皮肉にも巨大なブーメランになって文大統領に刺さっているのだ。

政治利用によって遠のく日韓関係改善

「土着倭寇」なる新語まで飛び出した韓国国内の風潮を受けて、朝鮮日報の東京特派員は「日本たたきの枠組みから外れた記事を書くことに負担がかかるのは事実だ。すべての報道機関で、日本の記事については他の記事よりも数倍「自己検閲」して報道するのが韓国的な状況だ」と書いた。実際、日韓関係を悪化させている問題を韓国メディアが客観的に報じるのは難しく、韓国世論が反日に誘導される結果となっているようだ。しかし、現在の日韓関係悪化のきっかけは明白に韓国側にある。

いわゆる徴用工問題について「完全かつ最終的に解決された」と韓国政府が合意した「日韓請求権協定」、慰安婦問題について「最終的かつ不可逆的に解決される事を確認」した日韓合意。この2つを、韓国側が一方的に反故にした事が現在の日韓関係悪化の根本的な原因だ。しかし、なぜか「右傾化する安倍政権」や「反省しない日本」が日韓関係悪化の原因だとする記事が韓国で多く書かれている。

朝鮮日報東京支局長が言うところの「日本たたきの枠組み」とは、「日本は悪」という大前提の事であり、それに反する客観的な事実、具体的には関係悪化の原因や改善策などは、怖くて誰も書けないのではないか。その結果、韓国世論がより反日的になり、韓国政府が日本の報復を恐れて関係改善に踏み出そうとしても、「土着倭寇」批判などがブーメランとなって政権に返って来かねない状況になっている。

日韓関係の改善に向けてはこうした韓国政界内の権力闘争を巡る構造的な障害もあり、問題が一層複雑化しているようだ。

※(注1)文在寅大統領が2017年の大統領選で掲げたキャッチフレーズ。長い間に積もり重なった過去の過ちを清算し、歴史の見直しをするというのが本来の意味だが、主に対立する保守派や親日派とされる人々を一掃する際に使われる。

【執筆:FNNソウル支局長 渡邊康弘】
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渡邊康弘
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FNNプライムオンライン編集長
1977年山形県生まれ。東京大学法学部卒業後、2000年フジテレビ入社。「とくダネ!」ディレクター等を経て、2006年報道局社会部記者。 警視庁・厚労省・宮内庁・司法・国交省を担当し、2017年よりソウル支局長。2021年10月から経済部記者として経産省・内閣府・デスクを担当。2023年7月からFNNプライムオンライン編集長。肩肘張らずに日常のギモンに優しく答え、誰かと共有したくなるオモシロ情報も転がっている。そんなニュースサイトを目指します。