コロナの感染者数が徐々に増え始めた今年3月、東京都が立ち上げた「対策サイト」は自治体がつくったものとは思えない利便性が大きな話題となった。当時「オープンソース」という手法を使って開発を主導したのが、元ヤフー社長の副知事・宮坂学氏だ。

あれから半年、行政デジタル化に向け着々と布石を打つ宮坂氏に次なる一手を聞いた。

(関連記事:都の行政手続き98%をデジタル化へ 元ヤフー社長の東京都宮坂副知事の戦略 

元ヤフー社長の東京都宮坂学副知事
元ヤフー社長の東京都宮坂学副知事
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ペーパー、はんこ・・5つのレスを目指す

――ご無沙汰しています。前回6月のインタビューの際、都の行政手続きをデジタル化すると伺いましたが、いまどの程度まで進んでいますか。

宮坂氏:
先週8日に閉会した議会で改正東京デジタルファースト条例が可決されたので、今後行政手続きの98%がデジタル化されます(件数ベース)。

また都政の構造改革のコア・プロジェクトである「5つのレス」、ペーパーレス、はんこレス、キャッシュレス、FAXレス、タッチレスの具体的な数値目標とラップタイムを設定しました。押印廃止、電子決定率100%、FAX98%削減、コピー50%削減、都施設はすべてキャッシュレス対応となります。

――6月頃は都庁のICT部門が100人程度でしたが、その後体制はどのように変わっていますか。

宮坂氏:
100人というのは2019年度の状況で、2020年の4月以降150人程度に増えました。そのうち技術部隊は2019年度と同様10名程度です。構造改革のコア・プロジェクトに「DX(=デジタルトランスフォーメーション)の推進体制構築」があり、人員をどう増やすかを議論するほか、デジタルチームが原局と組織横断的に組むような体制を構築していきます。

使い物にならないデジタル化は無駄

――都職員の働き方はいまどのくらいデジタル・オンライン化されているのですか。

宮坂氏:
職員のリモートワーク率は約50%、もちろんウエブ会議も行っています。ただ文書資料はいまだにメール添付で送り合っていて、1つのワークスペースに文書をおいて皆で書き込むようなコラボが出来ていません。いま都庁で使用しているツールは旧いので、バージョンアップすれば職員がより仕事をしやすくなるし、外部の人ともコラボがやりやすくなるはずです。

――前回のインタビューで宮坂さんは、行政サービスについて「行政だけが作るのではなく市民と共に作る姿勢に方向転換するのがカギ」とおっしゃっていましたが、ユーザーのフィードバックについてはどのように進んでいますか。

宮坂氏:
今後都にある169の手続きをデジタル化する際、大事なのは使い勝手です。「こんなに面倒くさいのなら紙の方がいいや」と言われないよう、お客様に使ってもらってフィードバックをもらいながらつくっていかなければなりません。使い物にならないデジタル化は無駄なので、すべてUX(=ユーザーエクスペリエンス)、使い勝手を見ながらつくっていかないといけないと思います。

デジタル化で大事なのは使い勝手
デジタル化で大事なのは使い勝手

行政サービスは改善を続ける永遠のベータ版

――都の感染拡大防止協力金の申請、6月から始まった2回目以降(※)の申請受付のシステムづくりには宮坂さん自身も参加されましたね。

(※第2回協力金並びに営業時間短縮に係る協力金8月実施分及び同協力金9月実施分)

宮坂氏:
1回目では「使い勝手が悪い」と言われたので、2回目はもっと使い勝手を良くしようと担当部局の皆で頑張りました。公開前のユーザーテストには実際のユーザーである飲食店のオーナーさんや店長さんに参加してもらい、テストは彼らのお店でやってもらいましたね。

――宮坂さんは「行政サービスは公開後も改善を続けていく永遠のベータ版」という考え方ですね。

宮坂氏:
永遠に直すところがあるのがソフトウエアとハードウエアの違いだと思います。ハードウエアは納品後直せませんが、ソフトウエアはつくった日の点数が一番低くて改善し続けることができる。これまでの行政はこの特長を活かし切れていなかったのですね。

事前のユーザーテストで反応を見つつ、スタートは60点であってもそこからが本番です。お客様の声を聞きながら継続的に改善していけば、価値が右肩上がりとなる感じです。

ソフトとハードの違いは永遠に改善できること
ソフトとハードの違いは永遠に改善できること

お客様の都民に向いたサービスを作ろう

――こうした開発と改善はどのようなメンバーで行っているのですか。

宮坂氏:
都庁の中には「東京テックチーム」という各局を技術支援するITの専門部隊があって、現場を知る原局と外部の開発パートナーの3つが組んでやっている感じです。現場の知恵や現地の肌感覚のある原局と技術がチームになってやらないとうまくいかないですよね。全然違うバックボーンの人達がどうワンチームになるのかが勝負だと思います。現場の人に寄り添うスタンスが大事で、使いたくないツールを押しつけてもうまくいかないのが現実なので(笑)。

ーーこれまで行政は「お客様の話を聞く」文化から遠いと感じることもあったのですが、どうやって変化を生み出せたと思いますか。

宮坂氏:
自分も手探りでやっていますが、外からきたデジタルバックボーンのある人と叩き上げの人が1つのチームとなってプロダクトを作り上げ、都民から「使い勝手が前よりいいよね」と評価されたら嬉しいですよね。そういう経験を積み上げていくしか無いと思うのです。「お客様は都民だから都民に向いたものをつくろう」「サービスがいいか悪いかを決めるのはお客様だ」を行政のスタンダードにしたいですね。 

現場を知る原局とデジタル人材がワンチームとなる
現場を知る原局とデジタル人材がワンチームとなる

デジタルで大事なのは「聞く力」だ

――職員の意識が変わっていけば、都庁のDXは益々加速していきそうですね。

宮坂氏:
DXが凄いのは直接繋がることできる、フラットな関係になれることだと思います。たとえば協力金ポータルサイトにしても、これまでは議員さんを通じて都民の意見を聞いたのが、デジタルを使えば都民から直接意見をもらうことも出来ます。もちろん批判されることもありますが、言っても無駄だと思われると変化が止まってしまいます。直接繋がることの怖さはあると思いますが、DXは仲介者を通さずにエンドユーザーと繋がるというのが本質なので、それに皆が慣れていくことが大事だと思います。

――行政のデジタル化は手続きをオンラインやワンストップ化するだけでなく、サービスの受益者の声を聞くのがポイントですか。

宮坂氏:
たとえば24時間スマホだけで行政手続き出来るというのも大事ですけど、決定的に大事なのは聞く力です。お客様のフィードバックを得る力というのがデジタルは凄く強いわけです。それを上手にやっているのがGAFAです。聞く力、つまりログを猛烈に集めることで、精度の高い情報をデリバリーできる。デジタルには聞く力が大事だということに行政が慣れないといけませんね。 

スマートシティは市民が行政に参加する街

――ユーザーフィードバックは今後どのように続けていきますか。

宮坂氏:
アメリカの主要都市には「シビック・ユーザー・テスティング」というモニター制度があります。新しい行政サービスを始めるときは、その制度に該当する市民モニターに来てもらって使ってもらう。こういうのがスマートガバメント、スマートシティなんだろうなと思い始めています。今回の申請サイトでは、個別にモニターを集めましたが、今後はもう少し体系的に作らないといけないと思います。

――スマートシティというと、日本ではハードの整備が議論の中心になりますが、実は行政サービスこそが大事ですね。

宮坂氏:
スマートシティは自動運転車が走り回っているイメージですけど、市民が行政サービスや制度作りに参加できるようになるのがスマートシティのポイントだと思いますね。

――ありがとうございました。

東京都はユーザーフィードバックを進化させる
東京都はユーザーフィードバックを進化させる

インタビュー後記:

いま都のデジタルチームはnoteなどSNSを使って積極的に自らのデジタル構築のノウハウを公開している。これについて宮坂氏は「オープンデータ、オープンソースやナレッジの共有を進めたい」と語っていた。

他の自治体が都のノウハウを使い、自治体がお互いのナレッジをオープンにすれば、この国のデジタル化の速度は一気に加速するだろう。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。