自民党の新しい総裁に菅義偉官房長官が選出された。

13日弊社で放送した「日曜報道THE PRIME」の中で菅氏は、「官僚の忖度を生む要因」と指摘されている内閣人事局について聞かれると、「見直すべき点は無い」と言い切った。

また、政権の決めた政策の方向性に反対する官僚幹部は、「異動してもらう」と明言した。

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7年半にわたって菅氏は霞が関の官僚を震え上がらせてきた。

菅氏の「官僚操作術」とは何か?その答えは菅氏が2012年に出版した著書にある。

2012年3月文藝春秋出版(撮影:筆者)
2012年3月文藝春秋出版(撮影:筆者)

2012年の著書『政治家の覚悟 官僚を動かせ』

この本が出版された2012年3月、民主党政権は2年が経過し、自民党は野党であった。

当時筆者はたまたまこの本を見つけ、タイトルに魅かれて手に取った。そして民主党の「政治主導」を痛烈に批判する内容につい読みいってしまった。著者名は菅義偉。かつて総務相を務めたものの、当時は知名度もいまほど高くはなかった菅氏だった。

本の「はじめに」にはこう書かれてある。

「真の政治主導とは、官僚を使いこなしながら、国民の声を国会に反映させつつ、国益を最大限、増大させることです」

続けて菅氏は、民主党政権を「官僚との距離を完全に見誤りました」と批判し、「政治家は、官僚のやる気を引き出し、潜在能力を発揮させなくてはならない」と記した。

また官僚について菅氏は、「前例や局益や省益に縛られる習性をただし、克服させていくのは当然のこと」だと強調している。

官僚には政治家が責任を負う姿勢を示す

この本は4章からなっているが、第1章の「大臣の絶大なる権限と政治主導」が7割を占めている。章の冒頭にあるのは、そのものずばり「官僚組織を動かすために」だ。

まず菅氏は、政治家と官僚の関係は「政治家が政策の方向性を示し、官僚はそれに基づいて情報や具体的な処理案を提供」であるべきだとしている。

また官僚の習性を、前例主義で変革を嫌う、所属する組織体制への忠誠心が強い、法を盾に行動し、恐ろしく保守的で融通のきかない、などと列挙している。

こうした官僚と対峙する時、政治家に求められる能力は何か。菅氏は師と仰いだ故・梶山静六氏の言葉を引用している。

「官僚は説明の天才であるから、政治家はすぐに丸め込まれる。お前には、おれが学者、経済人、マスコミを紹介してやる。その人たちの意見を聞いた上で、官僚の説明を聞き、自分で判断できるようにしろ」

菅氏はこの言葉を胸に、判断力を身につけるよう心掛けてきたと語る。

さらに菅氏は、官僚が本能的に政治家を観察し、信頼できるかどうか観ているので、責任は政治家がすべて負うという姿勢を強く示すことが重要だと語っている。

「できない理由」ばかりを並べる官僚

こうした官僚とのやり取りについて、菅氏は選挙戦で自らの実績としてアピールした「ふるさと納税」導入についてこんなエピソードを語っている。

「官僚にこの構想をもちかけたところ、こぞって大反対でした。検討の余地すらなし、という態度でした。官僚は『できない』理由ばかりを並べます」

そして菅氏はこう続ける。

「私は『ぜったいにやるぞ』と決意を示し、協力を求めました。官僚というのは前例のない事柄を、初めは何とかして思い留まらせようとしますが、面白いもので、それでもやらざるを得ないとなると、今度は一転して推進のための強力な味方になります。そこまでが勝負でした」

ここで菅氏は、政策に反対する官僚を味方につけるタイミングを披露している。

人事権は大臣に与えられた大きな権限

菅氏は13日、政権の決めた政策に反対する官僚幹部は「異動してもらう」と明言した。一部メディアではこの発言が大きく取り上げられているが、これは菅氏のかねてからの持論であることが本を読めば明らかだ。

「『伝家の宝刀』人事権」と題された1節には、「人事権は大臣に与えられた大きな権限です」として、総務相時代に自身の政策に異を唱えた官僚を更迭した理由をこう述べている。

「人事によって、大臣の考えや目指す方針が組織の内外にメッセージとして伝わります。効果的に使えば、組織を引き締めて一体感を高めることができます。とりわけ官僚は『人事』に敏感で、そこから大臣の意思を強く察知します」

この中の「大臣」を「政府」に置き換えると、菅氏がいま官邸から霞が関をコントロールしている姿と重なるだろう。

人事には鞭もあれば飴もある。菅氏は人事についてノンキャリアを抜擢したケースを挙げて、こうも語っている。

「私は人事を重視する官僚の習性に着目し、慣例をあえて破り、周囲から認められる人物を抜擢しました。人事は、官僚のやる気を引き出すための効果的なメッセージを、省内に発する重要な手段となるのです」

菅氏は「継続の人」?「改革の人」?

選挙戦で菅氏は、安倍政権の「継続」をアピールしてきた。

しかし菅氏支持を表明した小泉進次郎環境相は、菅氏のことをこう語った。

「私が期待しているのは世の中でいわれている安定、継続というよりも、思い切った改革を断行していただく。そして菅官房長官は改革の人だと私は思っている」

果たして菅氏は、世間一般でいわれる「継続の人」なのか。それとも「改革の人」なのか。

本の中には、菅氏が朝鮮総連から地方公務員まで、聖域なくメスを入れてきたエピソードが紹介されている。また当時から菅氏が問題視しているのが大手携帯電話会社だ。

菅氏は13日、持論である携帯電話料金の値下げについて、あらためて必要性を強調したが、実は本の中で菅氏は、総務副大臣の頃からICT産業に着目してきたと述べている。

「携帯電話などのICT分野において日本の技術は世界最高水準にあります。ところが、これを産業としてとらえた場合、国際競争力は極めて低いのです。国際競争で水をあけられた原因には、『ガラパゴス化』を生み出すほどの企業の国内市場偏重などが指摘されていました」

菅氏は総務相時代、携帯電話を含むICT産業の国際展開を政府として後押しした。しかしいまだ寡占体質が変わらない携帯電話に、菅氏はいよいよ宣戦布告したといえる。

「政治家には覚悟が必要」の言葉がいま

この本の「おわりに」には、菅氏が初当選の際、故・梶山静六氏から贈られた叱咤激励の言葉が記されている。

「お前は大変な時代に政治家になった。これからは人口が減少して、それだけでデフレになる。国民に負担を強いる政策が必要になってくる。国民からは政治に対する厳しい批判も出てくるだろう。だからといって問題解決を先送りしていたら、この国はつぶれてしまう。これからの政治家には覚悟が必要だ。頑張れ」

ここにある「政治家」を「総理」に置き換えると、いまあらためて梶山氏から菅氏に贈られる言葉になるのだろう。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。