私たちはYouTubeやSNSなどからたくさんのコンテンツや多くの情報を受け取っている。
「1日24時間」という限られた時間だからこそ、それらの中から「得られる情報やコンテンツ選びに失敗したくない」とも思っている。
ニッセイ基礎研究所生活研究部研究員・廣瀬涼さんの著書『タイパの経済学』(幻冬舎新書)から、なぜ私たちは失敗したくないのか。一部抜粋・再編集して紹介していく。
ネタバレは消費を失敗しないリスクヘッジ
受け取ることができるコンテンツ量が増えていることで、タイパを重視する消費行動が行われるようになっている。
こうしたコンテンツの供給過多は、とくにZ世代の間で「消化できる時間は有限だから、その時間を無駄にしてまで、消費したコンテンツから不快感やつまらないという感情を生みたくない」、ある意味で消費を失敗したくないという価値観を生むことになる。
「コンテンツの消費を失敗したくない」「時間を無駄にしたくない」と思うからこそ、スーパーの試食のようにあらすじやハイライトだけを観て消費した気分になったり、ビュッフェのように好きな音楽のサビだけ、好きな動画のおいしい部分だけを消費するような仕方が好まれるのだ。
この記事の画像(5枚)SHIBUYA109 lab.が2022年に発表した「Z世代の映像コンテンツの楽しみ方に関する意識調査」によると、Z世代の9割がコスパを、8割以上がタイパを意識しているという。
なかでもタイパに関して、「Z世代の映像コンテンツ視聴姿勢」の項目を見ると、サブスクの映像コンテンツを観る際に81.3%が「ながら見」、51.5%が「スキップ」、48.6%が「倍速」、44.3%が「ネタバレ」をしているという。
ざっくり言えば半数以上が効率よく(タイパを意識して)コンテンツを消費しているわけだ。
使えるお金に限度があるが情報量は増え、興味をそそるモノも多いが、その一方でSNSには再現可能な投稿が溢れていて、自分がわざわざそれを消費する必要があるかを考える、という消費行動が若者の間で定着している。
また、自分が興味がないモノは賢く消費し、自分が興味ある趣味や事柄をメインに消費したいという志向も擁している。あわせて、ネットの流行は早く移り変わり、自分が消費するときにはそのブームがすでに下火というのもよくあることだ。
このようなことを考慮に入れると、ネタバレを踏んでおくことは、消費を失敗しないためのリスクヘッジになるわけだ。
また、消費するコンテンツが多いからこそ、その都度感情が揺さぶられること自体がストレスになる若者も多く、事前に結末や道筋を知っておきたいと考える者もいる。
映画館での映画視聴は損!?
お金や時間をわざわざかけたのにつまらない、役に立たないという結果が生まれると、若者はそれを「損」をしたと解釈する。
若者の言う「損」とは、従来の費用対効果に見合わない消費結果に加えて、その消費を行ったことで発生する他の消費機会の損失、(自分に関係なくも)他人だけが得をしている状態など、消費によって生まれる負の影響のことを指す。
「こんなつまらないモノを消費しなければ、他の楽しいモノが消費できたかもしれないのに」「みんなはタダでもらっているのに、私は定価で買ってしまった」など、実際に損失が生まれていなくても、マイナスな感情に働くことを避けたいと考え、損を回避することが消費を決定づける大きな要因になっているわけだ。
若者が映画、とくに映画館での視聴経験に対して抵抗感を示す理由としては、以下のようなものが挙げられる。
・映画料金を払う余裕がない(他のコトに使いたい)
・おもしろいかわからない映画に時間もお金もかけたくない
・鑑賞中、他のことができないことに対するストレス(マルチタスクで情報を消費したい)
・予期しない感情の起伏を得ることがストレス(だからネタバレを好む)
・テレビでもリアルタイム視聴以外にTVerやサブスクがあり、時間のコントロールは消費者側にイニシアティブがあるのに、映画館の上映時間に予定を合わせたり、途中で止めたり飛ばすことができないといったように、コンテンツ側に時間のイニシアティブがあることが不便
・劇場公開から配信までの期間が短くなっている昨今、わざわざ足を運んで映画館で視聴する動機がない
映画鑑賞は若者にとって、タイパ的にもコスパ的にも決していい消費対象ではないがゆえに、「いつ観るか」よりも「どのように観るか(消費するか)」がまず消費者にとっての関心事となる。
いかにお金をかけずに視聴するかといった視聴媒体の検討や、ファスト映画や倍速視聴など、いかに「損に対するリスクを軽減できるか」という手段にばかりに気がいってしまうのだろう。
効率的に消費するために「タイパ」を求める
好きなドラマや最近観た映画、スポーツの結果やテレビで紹介されていた話題のフードまで、私たちのコミュニケーションはコンテンツをベース(媒介)に行われることがほとんどだ。
今はテレビに限らず、さまざまな娯楽(コンテンツ消費の仕方)があり、交友関係や所属するコミュニティによってコミュニケーションのフックとなるコンテンツが異なり、コミュニケーションをとるうえでさまざまなコンテンツを消費しておくことはある意味ノルマとなっている。
以下は、日々のコンテンツ視聴習慣について筆者がある女子高校生にインタビューしたものだ。
・家庭ではテレビ番組の話題をベースにコミュニケーションがとられており、リアルタイムの放送やTVer を利用して視聴している
・親友からおすすめのアーティストを紹介されれば、YouTubeでMVを検索したり、音楽のサブスクでプレイリストを再生し、音楽に触れる
・学校のクラスでは「ブレイキングダウン」が流行っていて、本編を観るためにABEMAを利用したり、SNSに投稿されている切り抜き動画から情報を収集している
・Twitterで3つの趣味アカウントを持っていて、ディズニーの趣味のためにDisney+を、YouTuberコムドットを観るためにYouTubeを、巨人の試合を観るためにDAZNを利用している
・インターネット上で拡散され流行するネタや画像・動画をはじめとしたネットミームや話題の時事ニュースを観たり、TikTokでトレンドになっているテレビの切り抜き
などを視聴することでSNS上のトレンドを消化している。
彼女に限らず、現代消費者のほぼすべてが、実社会、オンラインにかかわらずコンテンツの視聴を前提としたコミュニケーションをとるという経験をしているのである。
要するに「○○を観た(消費した)」という状態があったうえでコミュニケーションがとられるわけである。
さらには「登録したYouTubeチャンネルの最新動画」「サブスクで観ているドラマの最新話リリース」「TwitterやInstagramのタイムラインを遡る」「LINEの返信」「スマホゲームのログイン」など、コミュニケーションを目的としたコンテンツ消費とは別に、自分に課したノルマのために消費しなくてはいけないコンテンツも溢れている。
本来は娯楽のはずが、消化することに追われてしまっているのが現実ではないだろうか。
そのなかで、効率的にコンテンツを消費するためにタイパが追求されることは、合理的といえば合理的なのかもしれない。
「何者か」になりたい若者も
タイパを追求したコンテンツ消費を通じて、「何者か」になりたいと考える若者もいる。
SHIBUYA109 lab.が2022年に発表した「Z世代のヲタ活に関する意識調査」によると、Z世代の82.1%が「推しがいる/ヲタ活をしている」と回答している。
ヲタ活(オタ活)はオタク活動のこと。推し活はオタ活の一環で、自分が推しているアイドルや俳優、キャラクターなどを愛でたり応援したりする活動のことを指す。
Z世代の8割が何かしらのオタクであると自身を認識しているわけだ。
オタクという言葉に抵抗感を抱く読者もいるかもしれないが、この言葉が「マニア」や「コレクター」という意味を含むことから、それ以前の世代が持つようなネガティブなイメージをZ世代は抱いていない。
むしろ、何かしらの対象や趣味に熱中している人というポジティブな印象が持たれているらしく、自身がオタクであるということを積極的にアピールしているようだ。
SHIBUYA109 lab.によると、若者の言うオタクという語は、「ファン」と「お金や時間をたくさん費やしているもの」という2つの意味で使われているという。
前者の「ファン」は人を指しており、コンテンツ嗜好者群を指していたオタク本来の意味合いと同様の使われ方がされている。
一方、後者の「お金や時間をたくさん費やしているもの」は興味対象そのものを指しており、「趣味」と同じ意味で用いられている。
そこから転じて、オタクという言葉がアイデンティティと同義で使用されており、趣味に対して時間やお金を消費する「オタ活」を通して、自身のアイデンティティを充足したり、発信しているわけだ。
一方で、電通ギャルラボ「第2回#女子タグ調査2017」によると、調査対象である12〜39歳女性の81.8%が何かしらのジャンルのオタクであり、一人あたり平均5.1個のジャンルにおいてオタク的資質を持ち合わせていたという。
若者はさまざまな対象に興味があり、興味を持っているというモチベーション自体をオタク的と考える。そのため、一つのコンテンツに対する愛情が一貫しているわけではなく、その場そのときで自身のアイデンティティ(何が好きか)も変化するのである。
このような背景から、興味対象を消費する際に、自分にとって特別なモノに消費をするという意気込みを「オタ活」という言葉を通して発信していると筆者は考えている。
若者にとって、自身がオタクであると発信することは、自分自身が何者であるか=アイデンティティを発信することと同じ。
日常生活におけるプライオリティは高くなり、人間関係の構築においても、「自分が何のオタクか」「自分は何オタクと見られれば円滑なコミュニケーションをとれるのか」「他人から自分は何オタクと思われているのか」「自分は何のオタク=どのようなアイデンティティを持つ人と交友関係を築きたいのか」ということが重要になるのである。
廣瀬涼
ニッセイ基礎研究所生活研究部研究員。専門は現代消費文化論。著書に『あの新入社員はなぜ歓迎会に参加しないのか Z世代を読み解く』(金融財政事情研究会)がある。