生涯を通して心の不調をきたす人は5人に1人と言われている。 

誰もが突然、心の病にかかってしまう可能性があると言っていい。もし自分が、自分の気持ちをコントロールできなくなったら、また周りに苦しんでいる人がいたらどう対応すればよいのか?

今、精神的な不調から立ち直る過程を伝える「リカバリーストーリー」が注目されている。専門家も心の病で苦しむ人の回復を促す効果があると指摘している。

 自分の描いた絵で「リカバリーストーリー」を表現したアーティストのEMMA(五十嵐恵真)さんにお話を聞いた。 
(取材・執筆 フジテレビアナウンサー 西山喜久恵)

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「私は私に食べられそうだ。」

パニック障害・強迫性障害を抱えながらアーティストとして活躍するEMMAさんは、2022年10月、立ち直りつつある自分を表現した絵を制作し個展を開いた。 

絵のタイトルは、「私は私に食べられそうだ。」 

100号キャンバスの特大サイズの絵(162㎝×130㎝)に、傍で見ると圧倒された。 

西山喜久恵:
描くのに相当パワーが必要だったのでは? 

EMMA氏:
だいぶ元気になっていて、私にとって良いタイミングだったんです。 この絵は、自分が立ち直りつつあるときの絵なんです。  

株式会社パパゲーノ(「生きてて良かった」と誰もが実感できる社会を目指すワーク&リカバリーカンパニー)の「100 Papageno Story」(当事者の語りを表現するアートプロジェクト)の誘いを受け、2022年10月に個展を開いたEMMAさん。この個展のために「私は私に食べられそうだ。」を制作した。 

同じ胴体から出た蛇に食べられそうになっているのはEMMAさん本人。蛇は自分が作り出した妄想だと言う。しかし、蛇の体に少しずつ明るい絵の具が侵食し始めている。 

西山:
個展を開いてどんな反響がありましたか? 

EMMA:
自分が苦しかった時の絵なんて需要がないだろうと思っていたんですが、沢山の人に見て貰えて嬉しかったです。病気じゃない人も見に来てくれて、「こういう気持ちになったことあるよ!」と共感して貰えたのも嬉しかったです。自分が生きるために必死に描いてきたものが、結果的に誰かの励みになったんだと。 

精神疾患の人だけでなく死にたいという思いは誰にでもある。そんな思いをしている人にも見てもらう意味があるのだと感じたんです。 

生きているのに死んでいる…生きているのに、ただ生きているだけ

西山:
心の不調をきたしたきっかけは? 

EMMA:
もともと、学習障害のグレーゾーンだったんです。これは、大人になってから分かったことですが。 

高校を何とか卒業したものの、大学に一度も通うことなく半年間で辞めてしまって。
親に申し訳ないという思いからアルバイトを始め、めちゃくちゃバイトをしていました。見て暗記することは得意なので、しっかりしていると思われ、責任のある仕事をどんどん任されました。夜の締めのシフトを一人で担当することになったんです。
しかし計算が苦手なので、どんどん追い詰められていって。2018年のある日、アルバイトの休憩中に、この空間にいられないと飛び出してしまったんです。
それから二度と戻れませんでした。自分の力で生きていくんだと無理をしていたんですね。 

西山:
その後、どうなったんですか? 

EMMA:
バイト先の方はとても良い方で誰も悪くないんです。みんなに迷惑をかけ、自分を責めてしまい、落ちるところまで落ちてしまった。何もできなくなったんです。
食べると気持ち悪くなる。起き上がったら気持ち悪くなる。家族以外の誰とも会えなくなりました。半年以上引きこもり状態になりました。精神科の病院に入院し、閉鎖病棟での隔離も経験しました。 

死にたいと思うこともあったけど、生きているのに死んでいる。生きているけど、ただ生きているだけ。食べるのが好きだったのに、今より13キロくらい痩せてしまいました。 

西山:
辛いとき救ってくれたのは? 

EMMA:
二つあるんですが…
一つは、「苦しい時は電話して」という坂口恭平さんの本です。「死にたいと思うことは何一つおかしなことじゃありません」と書いてあり、今まで引きこもっていて生きている意味がないと思っていた自分の気持ちをこの本は認めてくれました。 

死にたい、生きるのが嫌だという負のパワーこそ芸術に向いている。そのパワーがある時は、思いっきり何かを作るといいとも書いてあって。それから、一日1枚ポストカードサイズの小さな絵を「今日のKOKORO」として書き始めました。 

EMMAさんが苦しいときに描いた作品
EMMAさんが苦しいときに描いた作品

もう一つは、何にも出来なくなった自分を認めてくれる人が周りに沢山いたこと。 
母は、「食べたくない」と私が言うと、「あ、いいよ。食べなくて」と。 
一見冷たく思われるかもしれないけれど、私が出来ないことを認めてくれた。友人も沢山誘ってくれて、「密閉空間では人と会えない」と言うと、「じゃあ、ピクニック行こう!」と。 

私が出来ないことをマイナスに捉えず、「出来ないならこうしよう!」と違った提案をしてくれました。半年間は誰とも会えなかったけど、少しずつ会えるようになっていったんです。 

西山:
何か具体的なきっかけがあったのですか? 

EMMA:
食べたくないなら食べなくていい。電車に乗れないなら乗らなくていい。外に出るのも諦めた。全てをあきらめたら、少しずつ良くなっていったんです。2021年の12月、薬を飲んで少し無理をして美容院に行って髪を切ってもらったら、テンションがあがって。それから(1年半乗れなかった)電車にも乗れるようになり、少しずつ、色々なことが出来るようになったんです。 

「焦らないで」「無理しないで」はNG

西山:
不調をきたした人に対して、周囲はどんな態度を取ればいい? 

EMMA:
無理やりやらせない。 
私の家族のように、ただ見守ることが大事です。両親は、どうしようと慌てることがありませんでした。今思うと、冷静でいてくれたのだと思います。 

「焦らないで」とか「無理しないで」という言葉は、一番かけて欲しくない言葉です。 

こんなに社会から外れ、将来のプランも崩れてしまい、焦るのは当たり前なのによく「焦らないで」なんて言えるなと思ってしまいます。私は、必死でここから抜けようとしているのに…。 
変に寄り添おうとしないで欲しいです。 

西山:
EMMAさんにとって絵を描くこととは? 

EMMA:
絵を描くと、自分の苦しい気持ちを表現でき自分の気持ちを発散できるんです。 苦しいときの気持ちは抽象的だけど、絵にすると客観的に自分に入ってくる。 
少しずつ自分の気持ちを整理して前向きになれるんです。  

EMMAさんは、今、自身の辛い体験をありのままに発信し、同じような思いをしている人たちの話を聞くこともある。

私だからこそ理解できる

EMMA:
私だからこそ、病気で苦しんでいる人の気持ちが理解できるのだと思います。 
精神疾患を抱えていますが、良くなってきている。そんな今だから、自分の経験を周りに話せるようになりました。

「あ、この人なら言える!」という場所があればよいと思います。そして、そんな場所に私がなれれば嬉しいです。

取材が終わり、EMMAさんは酷暑の中にもかかわらず最寄りの駅まで私を送ってくれた。 

次に取り組んでいる作品をこっそり私に見せてくれた。EMMAさんにしか描けない、魅力的な作品だった。改めてEMMAさんの内に秘めたパワーを感じさせられた。 

EMMAさんの「リカバリーストーリー」は始まったばかり。これからもEMMAさんの活動に注目していきたい。 

「自殺予防週間」(9月10日~16日)に合わせてフジテレビアナウンサーの取材記事をシリーズで掲載する。

西山喜久恵
西山喜久恵

フジテレビアナウンサー
広島県尾道市出身
1992年フジテレビ入社。94年から「きょうのわんこ」のナレーションを担当。30年目を迎える。
無類の柴犬好き‼️