岸田文雄首相は7月16日から3日間にわたりサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、カタールの中東3カ国を訪問した。この3カ国はいずれも日本にとって主要な化石燃料輸入元であり、サウジとUAEだけで日本の原油輸入の7割以上を占める。カタールは原油だけでなく液化天然ガス(LNG)の供給先としても重要だ。今回の訪問ではこれらの化石燃料の「安定的かつ低廉な確保」(『エネルギー白書2023』)が目的とされていた「はず」だった。

カタールのタミム首長(右)と会談した岸田首相
カタールのタミム首長(右)と会談した岸田首相
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特にLNGの安定供給は2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻後、急速に脅かされており、日本は目下エネルギー危機の最中にあると言っていい。というのも日本は2022年度、LNG輸入量の約9%をロシアに頼っているものの、ロシアが日本の対ロ制裁に対する報復措置としてLNG出荷を停止する可能性は否定できず、日本が「サハリン2」を代表とするLNG権益をいつまで維持できるかも不透明だからである。

『エネルギー白書2023』にも、次のようにある。

「中東地域からのエネルギー供給を確保するため、サウジアラビアやUAEに加えて、その他の中東資源国との関係を幅広く強化・拡大することも重要です。とりわけウクライナ情勢を受け、LNGを巡る世界的な争奪戦にある中で、日本としてもエネルギー安定供給の確保のために、安定的にLNGを調達していくことが不可欠です」

東京電力ホールディングスと中部電力の合弁会社JERAと三井物産、伊藤忠商事は2022年末、中東のオマーンからLNGを2025年以降の約10年間に年間235万トン輸入する長期契約で基本合意した。しかしこれは年間600万トンを超えるロシアからの供給分には届かない。時事通信が2023年2月「途絶リスクは常にある」という政府関係者の発言を報じているように、今現在もそのリスクを回避する術はない。

カタールとのLNG契約終了は“痛恨のミス”

実は今回、岸田首相が訪問したカタールは過去25年間にわたり、日本にとっての主要なLNG供給国であり続けてきた。ところが主としてその輸入を担ってきたJERAは2021年末、カタールとの年間550万トン規模のLNG長期売買契約終了に際し、契約を更新しないと決定した。これは日本のLNG輸入量の約1割にあたる。

自民党の2050年カーボンニュートラル実現推進本部の会合(2021年3月)
自民党の2050年カーボンニュートラル実現推進本部の会合(2021年3月)

背景には、政府が「2050年カーボンニュートラル」という目標をかかげたことで、長期の需要を見通しづらくなったことがあるとされる。2021年10月に閣議決定された第6次エネルギー基本計画では、2030年に2013年比で炭素排出量を46%削減する方針が定められた。ガス使用量も当然、削減しなければならないということになる。

2021年末時点でJERAの小野田社長は、カタールとの契約終了後もLNG供給が不足するとは考えていないと述べた。

ところが契約終了した2021年12月のわずか2カ月後にロシアがウクライナに侵攻、突如として世界的にLNG需給がひっ迫する事態に陥った。日本がカタールとのLNG長期契約を打ち切ったのは痛恨のミスだったわけだ。

LNGの長期供給契約を締結したカタールエナジーと中国石油化工集団(2022年11月)
LNGの長期供給契約を締結したカタールエナジーと中国石油化工集団(2022年11月)

その後、いち早くカタールとLNGの長期供給契約にこぎつけたのは中国だった。22年11月には中国石油化工集団が年間400万トン、27年間のLNG長期供給契約を締結、2023年6月にも中国石油天然気集団(CNPC)が同じく年間400万トン、27年間の長期契約を締結したのに加え、開発中のガス田の権益の一部も獲得した。中国は日本が失った550万トンを大きく超えるLNGをカタールから確保したことになる。

エネルギー安定供給に関わる具体的成果は?

ブルームバーグは7月、日本企業数社がLNGの長期購入契約を結ぶためカタールと交渉中だと報じた。その後、カタールを訪問した岸田首相はタミム首長と会談してLNGの安定供給を要請、タミム氏は「準備はある」と答えたと報じられている。しかし両者の首脳会談での合意事項として発表されたのは、「世界のエネルギー市場安定化のために協力していくこと」であった。明らかにニュアンスが異なる。

カタールでの会見では中東産油国を“脱炭素エネ輸出のハブに変えていく”と述べた(7月18日)
カタールでの会見では中東産油国を“脱炭素エネ輸出のハブに変えていく”と述べた(7月18日)

中東訪問を終えた岸田首相は、会見でも原油やLNGの安定供給に関わる具体的成果には一切言及しなかった。岸田氏がエネルギー分野で強調したのは脱炭素での協力推進ばかりである。

それはあたかも、日本政府が「2050年までにカーボンニュートラルを実現し、2030年度までに温室効果ガスの排出量を46%削減(2013年度比)するといった意欲的な国際公約」(『エネルギー白書2023』)を掲げている以上、化石燃料の安定的確保について発言することが「政治的な恥」だとでも思っているかの如きである。

【執筆:麗澤大学客員教授 飯山陽】

飯山陽
飯山陽

麗澤大学客員教授。イスラム思想研究者。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。著書に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『イスラム教再考』『中東問題再考』(ともに扶桑社新書)、『エジプトの空の下』(晶文社)などがある。FNNオンラインの他、産経新聞、「ニューズウィーク日本版」、「経済界」などでもコラムを連載中。