私の妊娠が発覚したのは、新型コロナウイルスのニュースが増えて、国内でも陽性の人が出てきた時期だった。妊娠の喜びと、新型コロナウイルスへの不安。日に日に不安の方が膨らんでいった。
フジテレビでは2月末からテレワーク可となったが、頻繁にお腹が張るようになってしまったため、大事をとって4月2週目からテレワーク中心の勤務になった。テレワークでどこまで取材活動ができるかの挑戦でもあった。しかしながら、テレビで同僚のアナウンサーがバリバリ働いているのを見ると、なんの戦力にもなれない自分が不甲斐なく、落ち込んだこともあった。
企業の規模や職種、職場の上司の考え方によって、働く妊婦の環境は大きく左右される。このコロナ禍で妊娠、出産を迎える女性たちは、何に不安を感じ、どんな生活を送っているのか。働く3人の妊婦に電話やメールで話を聞いた。
この記事の画像(8枚)(1)キャリアと妊婦生活の両立の難しさ
悪阻の1カ月と産休前の2週間ほどテレワークをしていたAさんは、外資系証券のプロジェクトマネージャーだ。
彼女の会社は、2019年夏に政府主導の「テレワーク・デイズ2019」に参加し、社内でオリンピック期間中のテレワークを強く推奨した。部署のリーダーは紙削減・在宅勤務・時差出勤等の指針を示し、現場スタッフも一定期間練習したという。Aさんは、「これが偶然にも新型コロナ対応の基盤になったと思う」と話す。
出勤していた頃は感染を恐れ、ラッシュ時を避けて朝は定時の2時間前に出勤、夜は残業中に夕食をとり、電車が空いた時間に帰宅していたそうだ。
その後、新型コロナウイルスの脅威が一層増したことで、理解ある職場の上司から勧められてテレワークになったが、普段以上に情報の透明性を心がけた。定時前には今日やることを、仕事終わりには達成したことを上司に報告し、日中の予定はネット上でチームメンバーと共有した。
また、体調不良など助けが必要な時は、罪悪感より勇気を持って、早い段階で周りにサポートを求めたといい、「上司やメンバーの忙しさや状況が見えないからこそ、率直なコミュニケーションを大事にした」と話す。
妊婦だからとペースダウンせずに仕事をしたかったAさんは、「産休前に社内で自分の存在感を示すことで、復帰後のキャリアのチャンスを作っておきたかった」というが、「仕事でのプレッシャーや妊婦としての不安に加え、新型コロナ感染にも気をつけねばならず、産休に入るまでは心身共に健康を保つので精一杯だった」そうだ。
仕事をもつ女性として産後の職場復帰も気がかりだが、キャリアと妊婦生活の両立が、新型コロナのせいでより難しいものになっていた。
(2)高まる不安と仕事を離れることの心苦しさ
テレビ局の現場で働くBさんは、3人目を妊娠中でこの夏に出産予定だ。労働基準法65条で定められている出産予定日の6週前からの産前休暇より少し早く、5月から産休に入ると決めていた。
しかし、緊急事態宣言直前に職場で新型コロナウイルス感染の疑いのあるスタッフが出たのをきっかけに、刻一刻と状況が変わってきていると不安を感じた(幸いスタッフは、風邪をこじらせただけだったそうだ)。
上司はいろいろと配慮してくれたが、テレワークができない職種だったため、悩みに悩んだ末、予定よりも1カ月ほど早く、つまり本来の産休より2カ月ほど前倒しすることになった。この一大事に仕事から離れるのは申し訳なかったが、生まれてくる赤ちゃんに何かあってはと決断したという。
ただ、元々、有給休暇を使って長めに産休を取る予定だったので、2カ月のうち約1カ月はほぼ無給状態になってしまった。育休手当の計算などに響かない方法を調べて派遣会社と交渉したそうだが、初めての出産では手当のことまで気が回らなかっただろうから、「様々な状況に置かれている妊婦さんが、もう少し簡単に相談できるところがあるといいなと思った」と話す。
(3)「妊娠初期は公表しづらい」働く妊婦の苦悩
不動産関係の会社で働くCさんは、妊娠初期の段階で緊急事態宣言が出た。妊娠初期は流産などの可能性も高く公表しにくい時期。会社では当初、介護中の人と妊婦しかテレワークが許されていなかった。
新型コロナウイルスへの感染が心配な上、悪阻も酷かったCさんは、直属の上司にだけ妊娠を報告し、テレワークできるようになった。だが、「直属の上司以外には妊娠を公にしていないので、同じ職種で自分だけテレワークなのを他の人たちからどう思われているのか気になった」と話す。
緊急事態宣言解除後に再度話を聞くと、「今までテレワークやフレキシブルタイム等を取り入れていない会社だったから、また逆戻りしないか」と心配していたが、6月に入り、できればテレワークを続けたいと上司に掛け合ったところ、今のところ認められているようだ。
厚生労働省は、働く妊婦を新型コロナウイルス感染から守るため、申し出があれば在宅勤務などを認めるよう、5月7日から企業に義務づけた。また、感染への心理的ストレスから仕事を休む妊婦を抱える企業に対し、1事業所あたり20人まで助成金を支給する方針だという。
「心理的ストレスが母体や胎児の健康に影響を与える恐れがあれば、適切な措置をすべき」という指針は、働く妊婦にとってありがたいが、措置の内容は事業主と妊婦の交渉次第となると、どのくらいの妊婦の要望が実際に叶えられているのだろうか。
胎児への影響は不明・治療法も限定的
日本産婦人科感染症学会は、「現時点では、妊娠中に新型コロナウイルスに感染しても、症状の経過や重症度は妊娠していない人と変わらないとされています」(5月25日)と発表しているが、そもそも感染した場合、妊婦に使える薬は限られる。
治療方針は病院によるが、自然治癒か、胎児に影響を与える可能性が低いといわれている薬を使って、対処療法で治すしかない。もちろん、現状、障害のある子供が生まれる可能性を指摘されているアビガンは使えない。
軽症でも長期間苦しんでいる感染者の様子がニュースなどで報じられたが、自分だけが苦しむならまだしも、お腹の子まで危険に晒しているかもしれない恐怖を味わうのは、なんとしても避けたい。
日本生殖医学会から「妊娠初期の胎児に及ぼす影響は明らかになっていない」(2020年4月1日)と発表されているように、妊娠初期という胎児の器官形成が行われる大切な時期を新型コロナへの恐怖と共に過ごした私たちの赤ちゃんが無事に元気に生まれてくるかは、あと数ヶ月して、たくさんの症例が出てこないとわからないはずだ。 さらに言えば、生まれた赤ちゃんへの影響はすぐに現れるものかもわからない。怖がりすぎだと言われるかもしれないが、何年か経ってやっとわかる新型コロナの影響も、考えられる。
妊婦と医療従事者が安心できるお産を
また、お産は助産師が妊婦に長時間寄り添うが、無症状の陽性妊婦が経膣分娩をした場合、陣痛中に大きな声を出したり呼吸が荒くなったり、マスクをつけても苦しくて外してしまうことも多いため、医療従事者の感染リスクが高まる。
医療従事者が感染すれば、その病院で産む予定の他の妊婦にも大きな影響が出る。そこで、少しでもリスクを減らすため、多くの産院で立ち合い出産や面会が中止になった。
Bさんの場合、上2人のお子さんの時は夫が立ち会い、「夫婦2人で赤ちゃんを迎えられた」と、とても幸せな気持ちになったそうだ。今回、子供も一緒に立ち会える病院を選んでいたが、残念ながら叶わなくなってしまった。妊産婦や赤ちゃんを守るためには仕方ないが、「安全に生まれることプラスアルファの幸せな感情を知っているだけに、残念な気持ちも 」あると話していた。
つい最近、夫だけ立ち会えるようになったものの、上のお子さんたちが保育園に行っている間にタイミングよく立ち会えればいいが、お迎えの時間などもあるため、どんなお産になるのか「想定しきれない。あとはもう運だ」と話す。
緊急事態宣言解除後も続く不安な日々
治療薬もワクチンもまだない以上、とにかく感染しないようにするしかない。安心できる方法は、PCR検査などで感染していないか調べてもらうだけだ。
Cさんも「頭痛や喉の痛みなど、なにか普段と違う症状が出ても、新型コロナだからなのか、妊娠初期の不快症状なのか自分では判断つかないから、感染者が増えていた3月から4月は、まだ通勤もしていたので特に怖かった。もっと気軽に検査できるようになるといい」と話す。
厚労省は、希望する出産間近の妊婦に、国が費用を全額補助してPCR検査を実施する方針を決めたが、この記事を書いている6月16日現在、まだ実施されてはいない。
出産は待ったなしだ。こうしている間にも赤ちゃんは生まれている。妊婦も医療従事者も安心してお産に臨めるようになるといいと思う。
お話を伺った方の中には、すでに出産を終え、慣れない育児をスタートさせている人もいる。次は、withコロナの生活の中で子育てするという新たな戦いの始まりだ。緊急事態宣言は解除されたが、新型コロナが未知のウイルスである以上、決して油断はできない。街中に人が増えてきた今、より一層気をつけなければと心を新たにしている。
【執筆:フジテレビアナウンサー 山中章子】