福岡市のJR博多駅近くの路上で会社員の女性が殺害された事件は、元交際相手の男によるストーカー殺人だった。被害女性から相談を受けていた警察は対応にあたっていたが、最悪の結果となってしまった。

ストーカーを規制する法整備などは進められているが、こうした悲劇を起こさせない方策はないのだろうか。

ストーカー相談は去年10月から

今月16日、福岡市博多区の路上で、会社員 川野美樹さん(38)が刃物で刺されて殺害された事件で、18日、元交際相手だった飲食店従業員 寺内進容疑者(31)が殺人容疑で逮捕された。

寺内容疑者によるストーカー被害の相談が警察に寄せられたのは去年10月だった。被害者の川野さんから警察に「(交際していた寺内容疑者に)携帯電話を取られた。相手とも別れたい」との相談があり、その3日後には「携帯電話は返してもらったが、別れようと言っても聞かない」「相手に警告してほしい」との相談が寄せられた。

警察が寺内容疑者に警告を行ったところ素直に応じたようにみえたが、翌11月に川野さんから警察に連絡が入り、「(寺内容疑者が)職場に来た。どうにかしてほしい。再度警告してもらえないか」と訴えたが、警察は寺内容疑者と連絡が取れなかった。

さらに2日後には川野さんから「携帯電話に着信が3件あり電話にはでなかったが、勤務先にも電話がかかってきた」と相談が寄せられ、寺内容疑者には11月にストーカー規制法に基づく緊急禁止命令が出された。禁止命令以降につきまといなどをすれば警察は逮捕もでき、その後、ストーカー行為は収まったようにみえていた。

「適切な対応だったが、残念でならない」

警察によると川野さんからの相談を受けてからは、川野さんの自宅周辺のパトロールや110番につながる通報装置を渡し、川野さんに自宅からの避難や職場も変えたほうがいいとのアドバイスをしていたという。

福岡県警は記者会見で「警察が取った措置は適切な対応だったと考えている。結果的に被害者が死亡したことは、非常に残念でならない」としている。

年間2万件のストーカー相談 繰り返される悲劇

警察庁によるとストーカーの被害相談は年間およそ2万件に上り、昨年は1600件以上の禁止命令が出された。 

ストーカー規制法は1999年、埼玉県桶川市で女子大生が元交際相手に殺害された事件をきっかけに制定されたが、その後も2012年には神奈川県逗子市で女性が殺害され、2013年には東京・三鷹市で女子高生がいずれも元交際相手に殺害された。また2016年には東京・小金井市でタレント活動をしていた女子大生がファンの男に切りつけられる事件も発生した。

こうした事件を受けて、メール送信やSNSの発信、GPSで被害者の位置情報を探ることもストーカー行為となった。

警察庁で捜査1課理事官や犯罪被害者対策室長として事件指揮や被害者支援などにあたってきた、安田貴彦元警察大学校校長に話を聞いた。

Q今回の警察の対応をどうみているか

「警察としては法律でできる対応はしていたと思います。確かに警告や禁止命令をだすことでストーカー行為が収まることは多い。ただそれでもストーカー行為をやめずに凶器や暴力で命を奪う、相手を傷つけるなどの犯行に及ぶ加害者は存在します」

Q今のストーカー規制法では限界があるということか

「はい。禁止命令をだしても加害者の行動制限はできません。加害者は被害者の自宅や職場を知っているが、被害者は加害者がどこにいるか知ることはできません」

Q今回、警察は被害女性に自宅からの避難や職場を変えることをすすめたというが

「例えばシェルターに逃げれば携帯電話も使えなくなります。どうして被害者が自宅や職場を離れるなどの不便を強いられなければいけないのでしょうか。また通報装置だけでなく、例えばスタンガンなどを持っていたとしても、突然襲われたときに果たして使えるのか。相当な訓練が必要です」

警察はストーカーやDV、児童虐待など人身の安全を早急に確保する必要がある事案を「人身安全関連事案」として、被害者の安全を最優先に対応している。一方で加害者については逮捕して身柄を拘束しても比較的、軽微な事案での検挙が多く、起訴されて長期にわたって隔離されることは少ないのが実情だ。

進まない「加害者の治療」

2016年から警察はストーカー規制法の禁止命令で摘発された再犯のおそれがある加害者に対して、精神科医による治療などを勧めているが、受診に同意した加害者はわずかにとどまっている。

「私は危険な加害者に対しては令状によって治療を強制することも検討すべきだと考えています」

また海外ではストーカーやDV加害者、性犯罪者らにGPSの発信装置をつけることを義務化している国もある。

「加害者がいつ現れるか分からない切迫した状況が懸念されるのであれば、こうした対処をして被害者が危険を察知できるようにすることも今後の検討課題だと思っています」

パティシエ女性殺人事件が発生

2020年には東京・中野区で、洋菓子店で働いていたパティシエの女性が元交際相手の男に殺害される事件が起きた。この事件では相談を受けた警視庁が男に禁止命令を出して被害者の自宅の警戒や定時連絡をしていたが、しばらく動きがなかったことから警戒を解除したところ、男が女性宅に侵入して事件がおきた。

こうしたストーカーやDV事件などの捜査にあたってきた警視庁のベテラン捜査員は捜査の難しさを語る。

「あの事件は大きな衝撃でした。男が来たら逮捕できるように被害者宅への張り込みもしていましたが、数ヶ月動きがなかったので被害者と話して警戒を解いた。ストーカー事件が数多くおきる中で、どこまで警戒を続けるかという判断の難しさを痛感しました」

「半分はやめても半分は続ける」

現行のストーカー規制法でもできることには限界があるという。

「ストーカー事件では加害者に対して口頭警告、書面警告、禁止命令という形で段階を経ていきます。ただ禁止命令をかけて現場で逮捕したとしても危害を加えていなければ初犯であれば罰金刑になることが多く、それでも複数回、ストーカー行為を繰り返してやっと実刑判決になります」

「また捜査にあたってきた実感として、警告や禁止命令をだすと加害者の半分はやめますが、半分は続けます」

被害者に対しては身の安全のため転居や転職を勧めることがあるが、疑問を口にする被害者もいるという。

「なぜ被害を受けている自分がそんなことをしなければいけないのかと。仕事や子供の学校の関係で難しいケースもある。隣接する区に引っ越して仕事や学校を変えない被害者家族もいます」

ストーカーの異様な執念

これまで扱ったストーカー事件では加害者の異様な執念を感じたことも多いという。

「駅でたまたま見かけて好意をもち、同じ電車の車両に乗る、あとをつけて自宅を割り出し、そこにカメラを仕掛けた事件もありました」

「また好きなアイドルがインスタグラムにあげた自撮りの写真から、その女性の瞳に反射している駅の影を見つけて、Googleマップで都内の駅を全部調べあげて駅を割り出して、そこに張り込んでその女性の尾行を繰り返していたという事件もありました」

相手が逃げていくので追いかける側はどんどんエスカレートしていく傾向があるという。

被害者が殺害された今回の事件については、「報道を見る限りでは警察としてやれることはやったと思います。ただ我々は結果がすべてで、殺害されたり襲われたりしたら我々が批判を受けることは覚悟しています」

そして被害者を守るために捜査現場で実感していることを聞いた。

「やはり加害者には病院行って治療やカウンセリングを受けてほしい。禁止命令をかけた事件の加害者には治療を勧めているし専門の病院も紹介していますが、実際に受診に行くのは1割いるかいないかです」

「そもそも治療費を負担して受診する加害者は、自分がストーカーをやめられないことを病気だと思っているのでまだ救いがあります。でも多くは治療費の負担もあるので『おれは大丈夫です』といって受診しない。全く大丈夫ではないんですけどね」

「全員が治療を受けることになればどこまで治るかは分かりませんが、少なくとも最悪の事態を少しでも減らす一助にはなると思っています」

「GPSの装着も個人的には必要だと思いますが、世の中の理解がどこまで得られるかということでしょうね」

逮捕された寺内容疑者は警察の調べに対して川野さんを刺したことは認めているという。

これまでも事件のたびに新たなストーカー対策がとられてきたが、一方的な思いで被害者の人生を奪う犯行を止めるためのあらたな手立てが求められている。

【執筆:フジテレビ解説委員室室長 青木良樹】

青木良樹
青木良樹

フジテレビ報道局特別解説委員 1988年フジテレビ入社  
オウム真理教による松本サリン事件や地下鉄サリン事件、和歌山毒物カレー事件、ミャンマー日本人ジャーナリスト射殺事件をはじめ、阪神・淡路大震災やパキスタン大地震、東日本大震災など国内外の災害取材にあたってきた。