全国一律に出された緊急事態宣言の一部解除が検討されている。対象は特定警戒都道府県以外の34県だ。一度厳格化した新型コロナウイルス防疫対策を引き下げる判断は難しく、日本政府は14日に行われる専門家会議の意見を聞いた上で解除するのかを決める方針だ。

防疫対策の分岐点を前に、私たちは先行事例について学ぶ必要がある。外出自粛要請をいち早く解除した韓国で今何が起きていて、どんな課題が浮かび上がっているのかをお伝えしたい。

外出自粛解除前に緩んでいた警戒感

日本でも詳しく報じられているが、5月6日に外出自粛要請が解除された韓国では、ソウルのクラブに行った客を中心に集団感染が発生し、12日午後2時の段階で102人の感染が確認されている。この集団感染から日本が学ぶべき点は多くある。

集団感染が発生したソウル繁華街にあるクラブ 感染者は100人を超えている
集団感染が発生したソウル繁華街にあるクラブ 感染者は100人を超えている
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その一つは、外出自粛要請が解除されるよりずっと前から、市民の緊張感は薄れるということだ。韓国では2月29日に916人の感染が確認されたのをピークに感染者は減少していた。4月19日には新規感染者がついに1桁になったのだが、実はこの時期には、すでに多くの市民が街に繰り出し、公園やレストランで解放感を楽しんでいたのだ。外出自粛解除よりも2週間以上早いタイミングだ。感染者が大きく減少し、外出自粛解除が見通せるほどに落ち着いてきた事から、警戒感が薄れたのは明らかだった。

現在拡大中のクラブでの集団感染も、外出自粛解除前の4月末から5月初頭にかけて感染が拡大したとみられており、日本でも人気のK-POPグループKARAの元メンバーであるギュリさんも、外出自粛解除前にこのクラブを訪れていた。ギュリさんはPCR検査を受け、結果は陰性だったが「社会的な距離を取らなければいけない時期に規範を守らなかった点を反省している」と謝罪コメントを出している。

外出自粛前にこのクラブを訪れていたことを謝罪したKARAの元メンバー、ギュリさん
外出自粛前にこのクラブを訪れていたことを謝罪したKARAの元メンバー、ギュリさん

日本では緊急事態宣言の解除が議論されているが、解除後の警戒感の緩みを心配するだけでは十分ではない。韓国を見れば分かるように、解除を検討している現在も危険であることを意識しなければならない。解除前の段階でも緊張感を切らさずに持続出来るような方策が必要だ。

マスク着用者が減少…地下鉄での着用強制へ

また最近ソウルの街を歩いていると、マスクをしない人が目立つようになってきた。外出自粛要請の解除後に顕著に見られる現象で、緊張感の緩みを象徴している。韓国政府は外出時のマスク着用を呼びかけているが、従わない市民が増えているのだ。そのためソウル市は、5月13日から混雑時の地下鉄にはマスク未着用者の乗車を認めない対策を取る。マスクをしていない人については、駅舎内でマスクを販売するという。外出自粛期間中にはほぼ全員がマスクをしていたため、このような措置はなかった。自粛解除後にマスク着用を強制せざるを得なくなったというソウルの現状は、日本にとって示唆に富んでいる。

ソウルの繁華街ではマスクをしていない人の姿が目立つようになってきた
ソウルの繁華街ではマスクをしていない人の姿が目立つようになってきた

17日間感染者ゼロでも若者を中心に集団感染が発生

クラブでの集団感染が発生する前、実に17日間にわたってソウル市内の国内新規感染者はゼロを記録していた。3週間近く感染者が出ていなかったのに、集団感染が爆発的に広がった事は頭にいれておくべきだ。このウイルスが油断を許さない存在である事を如実に示している。

また現場になったクラブは密閉・密集・密接のいわゆる3密だった。ここに多くの若者が集まっていたのだ。若者は感染しても無症状もしくは症状が軽いケースが多い上に活動的な場合が多い。今回も、無症状感染者が無自覚に各地に散らばったために、感染が拡大した側面がある。日本でも緊急事態宣言解除後に、こうした感染しやすく拡大もしやすい施設の営業についてどうするのか、やれることは少ないかもしれないが、大きなリスクとして検討すべきだろう。

集団感染が発生したクラブには、営業する際にはマスクの着用や消毒の徹底、来店者名簿の作成を義務づけるとの行政の張り紙が貼ってあった。連絡先の多くは虚偽のものだった
集団感染が発生したクラブには、営業する際にはマスクの着用や消毒の徹底、来店者名簿の作成を義務づけるとの行政の張り紙が貼ってあった。連絡先の多くは虚偽のものだった

クラスター対策は万全なのか

実は、外出自粛要請解除後の集団感染は、韓国政府にとっては想定されていたものだった。ご自慢の検査態勢に加え、国民の行動を住民登録番号制度の活用で容易に把握できる韓国ならではの監視網によって、クラスターを押さえ込めるとの自信があったようだ。またクラブの営業については、マスクの着用や消毒の徹底、来店者の名簿の作成を営業開始の条件にしていた。実際に韓国政府は名簿を元にクラブの出入り客5500人余りを把握し、接触者へのPCR検査を猛烈なスピードで開始した。ただ、このクラブは性的少数者が集まる場所で、来店したことを隠すために虚偽の連絡先を記載していた人が多数いて、3000人程と連絡が取れなかった。

日本でもクラスター対策のために来客者名簿の作成を行っている店舗があるが、その連絡先が本当のものなのか確認しないと、役に立たない事がよく分かる。逆に言えば、携帯電話の連絡先が本当なのかをその場で確認して名簿の信頼性を高めれば、万が一集団感染が起きたときには、封じ込めのための強力な武器になるだろう。

一方で今回のケースでは、性的少数者が集まる店だったという特殊な状況があるため、自ら望まない形で性的嗜好が明らかにされてしまう深刻な人権侵害「アウティング」が起きる懸念が指摘されている。だが地元自治体は防疫のために突き進んだ。警察力を使って客全員を探し出すと宣言し、自ら名乗り出ない場合は200万ウォン(約18万円)の罰金を科すとしている。さらに通信会社に対し、クラブ周辺の基地局に接続された携帯電話情報の提供を求め、1万人ほどの携帯電話情報を入手したという。名乗り出ない客に強烈なプレッシャーをかけており、早晩ほぼ全ての客のあぶり出しと検査が行われる事だろう。また他のクラブなど全ての夜の遊興施設に対しては、罰則付きで人が集合することを禁じ、実質的に営業禁止にするという強い対応を取っている。

ソウル・龍山区が公表した感染が確認された男性の動線(画像の一部を加工)
ソウル・龍山区が公表した感染が確認された男性の動線(画像の一部を加工)

このように、韓国政府はPCR検査網に加えて、強力な強制力が伴う命令や警察力を動員して接触者の特定を行っている。これだけの事をやっても、今回の集団感染を押さえ込めるのか、まだ見通しが立っていない。韓国のように強制力が伴う措置や接触者情報の収集が出来ない日本は、どうやって緊急事態宣言後に集団感染を防ぐのかはより切実な課題となる。各店舗が防疫に役立つ信頼性の高い来客名簿を作成出来るよう、電話番号記載の際の確認ルールや、感染者が出た際の防疫当局への名簿提出を予め客に認めて貰う条項が入った名簿のひな形を政府が作成するなど、今からでもやれる事はあるのではないか。

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【執筆:FNNソウル支局長 渡邊康弘】

渡邊康弘
渡邊康弘

FNNプライムオンライン編集長
1977年山形県生まれ。東京大学法学部卒業後、2000年フジテレビ入社。「とくダネ!」ディレクター等を経て、2006年報道局社会部記者。 警視庁・厚労省・宮内庁・司法・国交省を担当し、2017年よりソウル支局長。2021年10月から経済部記者として経産省・内閣府・デスクを担当。2023年7月からFNNプライムオンライン編集長。肩肘張らずに日常のギモンに優しく答え、誰かと共有したくなるオモシロ情報も転がっている。そんなニュースサイトを目指します。