2022年2月に始まったロシア軍によるウクライナ侵攻「特別軍事作戦」は、本稿を書いている7月中旬になっても続いている。
侵攻が始まって以降、世界有数の穀物輸出大国であったウクライナの穀物輸出が滞り、世界的な不足を招いたため、数百万人が飢餓の危機にあるとされる(BBC 7月22日)。
この記事の画像(28枚)そうした中、トルコは21日、ウクライナによる黒海経由の穀物輸出を再開させることでロシアと合意したと発表した。
国連、トルコが仲介し、ロシア、ウクライナとそれぞれ署名した食料輸出再開のための合意文書で積み出し港に定められているウクライナの南部の港、オデーサに23日午前、ウクライナ側の発表ではロシア軍がカリブル巡航ミサイル4発で攻撃を仕掛け、そのうち2発をウクライナ側が迎撃したが、残り2発がオデーサ港の施設の一部を破壊した。
ロシア国防省はこのミサイル攻撃について、ウクライナ側の艦艇施設や米国が供与したハープーン対艦ミサイルの貯蔵施設を高精度の海上発射型ミサイルで攻撃したものであるとしている。
米国が供与したHIMARSとは
ところで、ウクライナは米国から供与された高機動ロケット砲システム「M142 HIMARS」を使って、ロシア軍の弾薬庫や指揮所、約30カ所を破壊し、ロシア軍の侵攻を遅らせていると評価しているが、米国がウクライナに供給したHIMARSは8両。
ロシア側はその内、4両を破壊したと主張しているが、7月20日、米国はウクライナにHIMARSを4両、追加供給することを発表した。
HIMARSは、6輪トラックの上に、6発の射程約70kmの誘導ロケット弾を装填した「発射ポッド」1個を搭載する。
これらのロケット弾(M30/M31ロケット弾)はGPS誘導で、弾着精度を示す平均誤差半径(CEP)は約10メートルとも言われる。
つまり、複数のロケット弾を同一の標的に向かって発射した場合、その半数が半径10メートルの円内に入るということを意味する。
ウクライナ「ロシアは地上攻撃用高精度ミサイルの55~60%を既に使用」
戦況がどのように動いているのか断定は難しいが、ロシア軍は、戦略兵器であるTu-95MSベアH重爆撃機から発射するKh-101空対地巡航ミサイル、Kh-555巡航ミサイルも使用しているとされる。
Tu-95MS爆撃機は、現在も有効な米露の新START条約(戦略核兵器の削減条約)の第3章7項(c)に機種名が明記された戦略兵器の一種だ。
さらに、6月28日、ウクライナのゼレンスキー大統領は、その前日に、ウクライナ中部クレメンチュクのショッピングモールに着弾する瞬間というミサイルの映像を公開したが、ロシア側は「武器の保管庫を攻撃し、隣接するショッピングモールで火災が発生した」と主張している。
弾着したミサイルは映像で見る限り、射程約600kmのKh-22空中発射対艦巡航ミサイルだった。
この時、どんなロシア軍機からKh-22とみられるミサイルが発射されたか断定するのは困難だが、前述のKh-101は、新START条約の対象ではないSu-27IB戦闘爆撃機やTu-22M3爆撃機からも発射出来る。
その他、Kh-101を発射出来る軍用機は、Tu-160大型爆撃機や、Tu-95MS大型爆撃機であり、これらは、新START条約の対象である「重爆撃機」だ。
ロシアが、ウクライナに対する「特別軍事作戦」で、戦略兵器である「重爆撃機」を使用したかどうかは不明だが、もし、使用したのだとすれば、「特別軍事作戦」に戦略兵器まで投入するのが軍事的に合理的かどうか筆者には不詳だ。
一方、ウクライナ軍防衛情報参謀部広報官は7月21日、「(ウクライナ)軍情報部はロシアが使用している兵器の状態や数を追跡している。ロシアが言うところの高い精度の兵器であるイスカンデル弾道ミサイル、カリブル巡航ミサイル・システム、Kh-101、Kh-555巡航ミサイルについては、侵攻前に保有していたものの55~60%が使用されたと考えている。このため、我々はかなり長い間、ロシアがこれらのミサイルを使用するのを目にしていない」(CNN 7月21日)
との見解を示していたという。
イスカンデル弾道ミサイルというのは、イスカンデルM複合ミサイル・システムに搭載される9M723戦術弾道ミサイルだろう。
それ以外のカリブル巡航ミサイル、Kh-101、Kh-555空対地巡航ミサイルは、ロシアにとってはウクライナ以外のロシア周辺諸国にも睨みを利かせる重要装備のはずだ。
英国防省見解「ロシアは地上攻撃用ミサイルが極端に不足。防空ミサイルを転用」
もちろん、これは、ウクライナ側の試算だが、英国防省も7月22日付の公式ツイートで「ロシアは、地上攻撃専用のミサイルが極端に不足しているため、防空ミサイルを二次的に地上攻撃モードで使用することを増やしている」
「ロシアは、S-300とS-400の戦略的防空システムを配備しており、侵略の開始からウクライナ近郊の航空機とミサイルを長距離から撃墜するように設計されている。これらの兵器は、航空機を破壊するように設計され、比較的小さな弾頭を持っている。それらは、開放的で軽い建物の軍隊に対して重大な脅威をもたらす可能性があるが、強固な構造物を襲う可能性は低い。ミサイルはこの役割に最適化されておらず、兵士はそのような任務(対地攻撃)のための訓練をほとんど受けていないため、これらの兵器が意図した目標を達成できず、民間人の死傷者を引き起こす可能性が高い」と分析しており、ロシア軍の地上攻撃専用のミサイルが不足しているという点では、英国防省とウクライナ国防省の分析は辻褄があっているようだ。
英国防省の分析通りなら、ロシアは地上攻撃用の精密誘導ミサイルだけでなく、将来は防空ミサイルでも不足が発生するのではないだろうか。そうなれば、ウクライナにおけるロシアの航空優勢も揺らぎかねないかもしれない。では、ロシアは精密な地上攻撃用ミサイル、または兵器を補充できるのか。
この点について、ウクライナ軍情報部は「多くの部品は海外で製造されたものだ。しかし、国際的な制裁による制限でロシアは公然と部品を入手することができない」(CNN 7月21日)との分析を示した。
つまり、西側の経済制裁によりロシアは兵器に使用しうる高度な部品の補充が難しくなり、兵器の自国内生産も難しくなっているということなのだろう。
こうした状況を背景にしてか、英国の情報機関、MI6のムーア長官は、7月21日、ロシアは、ウクライナ侵攻で、1万5000人もの露兵士が死亡(ロイター通信7月21日)するなど「とてつもない失敗」をしているので、「近く失速しそう」「ロシアは今後数週間で、人員と物資の補給が難しくなり、状態は悪化する」「そのためロシアは何らかの形で一時休止せざるを得なくなり、ウクライナは反撃の機会を得ることになる」と指摘したという(BBC 7月22日)
では、ロシアは、どうするのだろうか。
精密誘導ミサイル不足のロシア。その解決策は…イランからUAV導入?
この点について、興味深い視点を提供したのは、米国のサリバン安全保障担当大統領補佐官だった。
7月11日、サリバン補佐官は記者会見の中で「不確実だが、イランは7月のある時点で、武装可能なものを含む数百のドローンをロシアに送る準備をしている。イランがこれらのドローンのいずれかをロシアにすでに納入したかどうかは不明。…イランは今月中にもドローンを使用するようにロシア軍を訓練する可能性もあるだろう」と述べたのである。
ロシアは軍事大国であり、著名なオルラン10型無人機を保有・運用しており、ウクライナの前線での「特殊軍事作戦」でも使用している。
オルラン10は、レーダーに映りにくい素材で機体が作られた偵察・監視用の無人機で、16時間以上も飛行可能。
空から、搭載した民需カメラで標的を確認するとその位置を割り出すとともに、その画像を後方の榴弾砲や多連装ロケット砲部隊に伝え、標的を狙い撃ちにさせる。
オルラン10には、電子戦型も存在するが、ミサイルや爆弾で武装するタイプは知られていない。もちろん、ロシア軍もミサイルで武装したオリオンという無人機も運用している。
では、サリバン補佐官が指摘するイラン製の武装ドローンとは、どんなものがあるのだろうか。
イラン製ドローンの実力
イラン軍は、2019年には主翼下にサディド/Sadid-345小型誘導爆弾を搭載したシャヘド/Shahed 129 型ドローンが参加した演習の映像を公開している。
さらに、サリバン補佐官は「ロシアがイランのような国に、イエメンで停戦を実施する前にサウジアラビアを攻撃するために使用されてきた能力を求めている一例にすぎない」
とも述べ、ロシアは、サウジアラビア攻撃で使用された地上攻撃用ドローンをロシアが求めているといわんばかりであったが、イランは、この攻撃への関与を否定していた。
さらに、イランは今年に入って、力マン-22 UAV、形式不明の前方水平尾翼付きUAV、主翼下に三発の小型空対地ミサイルを搭載したアバビル-5 UAVなど多彩な地上攻撃能力のあるドローンの映像も公開している。
さらに、洋上演習でも、ドローンを公開。
水上艦同士の戦闘にも投入可能なドローンをイランは保有しているかのようであった。
ウクライナ側の対抗策は?
これに対して、ウクライナ側も有名なトルコのバイラクタル社製TB-2だけでなく、新たなドローンとその戦術で対抗しようとしている。比較的、高いところを飛ぶ小型のドローンは、電子妨害で墜落させられるので、数千機のドローンが必要になっている。このため、独自にドローンを開発・生産する動きがあるという。
結局、ロシアはイランにドローンを要請するのか。
その場合、イランは、ロシアに自国産のドローンを引き渡すのか。
7月19日、プーチン大統領は、テヘランに飛び、イランのライシ大統領、トルコのエルドアン大統領と三者会談、露=イラン会談を行ったが、米ホワイトハウスのカービー 米NSC(国家安全保障会議)戦略広報調整官は、同日、
「ロシアが、イランから、ドローンを購入したことを示唆する情報は入手していない」としつつも「購入する数やドローンの能力によって(ウクライナの)状況は変わる…注視し、深刻に受け止めている」と述べた。
7月22日、米国の国防当局高官は、戦争が5か月間続く中、ロシアはウクライナに戦力の85%を投入したという(米フォックスニュース)。
ロシアが従来、周辺国に意識させるのに使用してきたと考えられる、カリブル巡航ミサイル、Kh-101、Kh-555空対地巡航ミサイルを仮にウクライナ側の見解のように55~60%をすでに使用ということなら、ロシアの国際的地位も、ウクライナに対する「特別軍事作戦」発動前と、どのような変化があるのか。
それは日本としても注視すべきことかもしれない。
【執筆:フジテレビ 解説委員 能勢伸之】