コロナ以降SNSは日本社会の分断を加速させた。この状況に対して「いま我々はインターネットに使われている」と警鐘を鳴らすのが評論家の宇野常寛さんだ。『遅いインターネット』の著者である宇野さんに、2022年に我々はいかにSNSと向き合えばいいのか聞いた。

宇野常寛さんは『遅いインターネット』を提唱する
宇野常寛さんは『遅いインターネット』を提唱する
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“インスタ映え”が象徴する世界の観光地化

「SNSによる社会の分断や誹謗中傷はコロナ前からずっと、日本では東日本大震災時にツイッターが普及した段階で起こっていました」

我々を取り巻くSNSの状況が2022年にどう変わるかと聞くと、宇野さんはこう語った。

「2010年代は“動員の革命”という言葉に集約されると思っています。つまり人々が情報技術によって、サイバースペースではなく実空間で動員されたのが2010年代でした。いわゆるアラブの春や香港の雨傘運動、日本では反原発運動がそうで、SNSによる動員の新しい手法が確立されたのです」

香港の雨傘運動もSNSによる動員の影響を受けた
香港の雨傘運動もSNSによる動員の影響を受けた

そして宇野さんは「実空間はサイバースペースの従属物に成り下がった」という。

「“インスタ映え”という言葉が象徴していますが、かつては都市に出ることで予想外の人物や物事と出会い、世界観を広げることができました。しかしいまはハッシュタグがつかないものは目に入らなくなっています。僕は京都に長く住んでいましたが、観光客のほとんどは絵葉書で見た景色の確認に来ていて、彼らが何かに出会うことはありませんでした。つまり情報技術によって世界は観光地化されたのです」

SNSで人々は承認獲得ゲームの中毒に

コロナ禍となりステイホームを強いられた人々は、さらにサイバースペースに閉じ籠るようになったと宇野さんはいう。

「我々は検索すると大体のことがわかる世界にいるので、検索しても分からないものへの耐性が弱くなっています。コロナというウイルスは未知のものなのに、既知のものだと嘘をついてくれる情報にほとんどの人がすがるようになりました。パンデミックが引き起こした“インフォデミック”(※)が止まらなくなり、混乱はいまも続いています。その背景には、そもそも人々がSNSを使った承認獲得ゲームの中毒となっていて、“いいね”やリツイートをもらうと、その快楽に麻痺して物事を考えなくなっていることがあると思います」

(※)SNSやウェブでの情報の大流行

そこで宇野さんが提唱するのが“遅いインターネット”だ。

「SNSの相互評価のゲームからいかに降りるかが大事なのです。僕は23年前から“遅いインターネット”を提唱してきました。いま我々はインターネットに使われてしまっていて、プラットフォームが要求する速度に合わせた拙速な思考が染み付いてしまっている。インターネットを使い倒す状態に戻るためには、時にはインターネットをあえて遅く使うべきです。そして自分の速度で情報を吟味することが必要です。SDGsの18個目の目標に、“遅いインターネットを実現しよう”と提案したいくらいですね」

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“遅いインターネット”に潮目は変わっている

では実際にどうやればインターネットを遅く使うことができるのか?宇野さんはこう語る。

「SNSを使えば失敗した人を攻撃して自分を正義の側に置き、快楽を簡単に得られると人々は気づいてしまいました。しかし“遅いインターネット”では、この状態がおかしいと思っている人たちが声を上げて、失敗した人に石を投げて自分を賢く見せるような人を社会として認めないという文化を作っていきます。もう潮目は変わっていて、これからこうした動きが加速していくと思いますね」

SNS上で誹謗中傷や攻撃を行って快楽を得るのは子どもも一緒だ。昨年は小学生が“ネットいじめ”とみられる原因で自死したケースが明らかになった。宇野さんは「SNSは実社会と同じだということを子どもに伝えないといけない」という。

「SNSで発信したとき、誰も君が子どもだと思わないし守ってくれない。逆に君が誰かを傷つける可能性もあるんだという世界観を教えないといけませんね」

おかしいと思う人の連帯が流れを作る

最後に宇野さんに今年はどんな年になるのかと聞いてみた。

「僕は結構悲観的なんです。コロナによってあぶり出されたこの国のまずいところや不毛なところを反省し、次にどういう手を打っていくのかという議論をやるべきなのに基本的に無い。ただ、これがおかしいと思っている人たちが少なからずいるので、そういった人たちと僕は連帯して全く別の流れを作っていけたらいいなと思っています」

宇野さんがいま挑戦しているのは紙の雑誌の出版だ。なぜいまデジタルではなくて紙なのか?これにも“遅いインターネット”が関係するという。

宇野さんの挑戦は「紙の雑誌の出版」
宇野さんの挑戦は「紙の雑誌の出版」

「僕はここ数年ウェブでの情報発信に力を入れてきましたが、“遅いインターネット”を実現しようとしてもタイムラインの記事の単位でしか消費されない。しかし紙の本にはインターネットにはできない、人々が新しい発見に出会える機能がある。それにかけてみたかったんですね」

2022年は“遅いインターネット”に向けて大きく進化する年となるだろうか。

宇野さんは“遅いインターネット”実現のため、昨年紙の雑誌「モノノメ」を出版。
宇野さんは“遅いインターネット”実現のため、昨年紙の雑誌「モノノメ」を出版。

取材を終えて 

宇野さんといえばサブカルチャーの評論家だ。日本のサブカルチャーは2022年どうなるのか、個人的に興味があるので聞いてみた。

「戦後日本が元気だった時代に生まれたサブカルチャー自体が歳を取ってきて、若者の文化ではなくなり、熟年期にあると思うんです。おじさん世代がリブート作品で思い出を温めている横で、一瞬でそんなものが過去のものになるような革命的な作品が出てくれると嬉しいなあと思います」

筆者も深く共感します。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。