自民党の柴山昌彦元文科相らは8日、先の通常国会で廃案となった入管難民法(以下入管法)改正案の早期再提出を求める要望書を官邸に提出した。一方、この改正案には根強い反対の声がある。推進派である柴山氏と、反対するウィシュマさん遺族の代理人、指宿昭一弁護士が入管制度の在り方について議論した。(司会 フジテレビ解説委員 鈴木款)

いまの入管制度の何が問題か?

――柴山さんは「出入国在留管理業務の適正運用を支援する議員連盟」の会長をされています。まず現在の入管制度、そして入管法についてのお考えを聞かせてください。

柴山氏:
いまの入管庁の人員、態勢は脆弱ですし、収容者の処遇についても改善が必要です。また送還できない、いわゆる忌避者が多数存在するため、収容期間の長期化や過剰収容が共生社会実現の妨げになっています。このために入管法を改正して、真に在留を認めるべき外国人を適切迅速に保護すること、いわゆる全件収容主義(※)から決別して収容代替措置を導入すること、さらに収容中の処遇の問題では医療の充実などしっかり進めていく。それでも在留が認められない外国人は迅速に帰って頂く法改正が必要だと考えています。

(※)在留資格がない外国人を原則として入管施設に収容すること

柴山元文科相は入管問題を考える議連の会長を務める
柴山元文科相は入管問題を考える議連の会長を務める
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指宿氏:
全件収容主義、収容が無期限に出来てしまうこと、収容や仮放免に関する入管の権限と裁量権が大きすぎることが大きな問題だと思っています。2015年9月の入管庁の通達で仮放免をしないと方針転換したことで収容が長期化しています。かつては家族が日本人であったり、日本に定住している人たちを、在留特別許可で救ってきたのに急に厳しくしてしまった。そこからくる問題を改善するべきだと思います。医療の改善や処遇の前提となる人員は、柴山先生のおっしゃる通りだと思いますが、問題はそれに尽きるものではありません。

入管法は何を改正するべきか?

――指宿さんは入管法改正するべきだとお考えですか? 改正する場合はどの部分だと思いますか?

指宿氏:
いま指摘した全件収容主義、無期限収容、司法審査というのを野党6党で提出された法案の内容で改正をするべきだと考えています。また、難民認定率がとても低い状況に鑑みて、野党案では難民法を独立させて、入管や法務省とは別の独立した難民認定機関を作る案があります。その方向で改正をするべきだと考えております。

指宿氏はウィシュマさん遺族の代理人を務める
指宿氏はウィシュマさん遺族の代理人を務める

柴山氏:
難民認定を行う際に必ず司法審査が必要なのか、あるいは入管法違反かどうかの判断に司法審査が必要なのかについては、他の先進国でも日本に類した法制度をとっています。例えば、イギリスやアメリカなどの英米法系の国を中心として収容に事前の司法審査を要しない国がある。収容手続きについて刑事事件となれば別ですが、必ずしも司法審査を要するものではないと考えています。

「国連の指摘」をどう受け止めるべきか?

――国連が指摘する「恣意的拘禁の禁止」、「司法審査がない」、「収容期限上限が無い」についてはどういうふうにお考えですか?

柴山氏:
まず前提として“恣意的拘禁作業部会”という国連から独立した専門家グループの意見であって、国連または人権理事会のオフィシャルステートメントに反映される段階ではありません。恣意的拘禁という用語は「法律に定める適正な手続きによる拘束は当たらない」という解釈です。収容や仮放免に対する不服があれば訴訟による事後判断を受けられるので、法律的にみて恣意的拘禁には当たらないと思いますし、今回法改正をして、濫用的な申し立てかどうかについてもしっかりとした基準を設け、運用の透明性を図っていきます。

「国連の指摘」について両者が議論を深めた
「国連の指摘」について両者が議論を深めた

――「司法判断」「上限」についてはいかがですか?

柴山氏:
司法審査がないのは確かにその通りです。ただ、事前チェックの段階での司法審査は英米法系の国でも導入されていませんし、日本においては上級の入国審査官、組織のトップが慎重に判断をするので適正手続きに反するとは言えないと思っています。

上限の問題は、指宿先生からお話があった通り懸念があることは理解します。しかし仮に硬直的な期限を設けてしまうと、その上限まで送還を忌避すればいかに逃亡の恐れがあっても全員の収容を解かなければならない問題が発生します。

令和2年末の時点で退去強制令状が発布されている4128人中、収容されているのは全体の約8%の330人であり、さらに減少しているというデータもあります。日本の法制度が国際的に特異なものとは言えないと思っています。

指宿氏:
恣意的拘禁作業部会の意見は人権理事会としての意見ではありませんが、国連の旧人権委員会の決議により作られた専門家による組織の意見であって、尊重されるべきだというのが私の考えです。

今の論点は現在の法定手続き自体が、国際法、憲法の観点からみて果たして妥当なのかということです。先ほど指摘した期限や司法審査や全件収容主義には問題点があると思います。

また被収容者の数字はその通りだと思いますが、コロナ禍で仮放免を促進しているという事情で、コロナ前ではかなりの数が収容されていました。今回をきっかけに全件収容主義の事実上の変更、つまり必要最小限しか収容しないと転換するならばいいことですが、元に戻ってしまう懸念があると思っています。

日本の難民認定率をどう考えるのか?

――前の国会で廃案になった入管法改正案では、「3回目以降の申請について国外退去処分を可能にできる」ことが争点になりました。今回改正を進める際にやはりそうするべきだと考えですか?

柴山氏:
いまの入管法では難民認定申請中の法的地位の安定を守るために、送還停止効(※)を設けていますが、濫用的な難民認定申請を繰り返すことで送還を免れることができます。指宿先生にもご同意頂いた「真に保護すべき方を救う」という制度とはほど遠い仕組みになっていると言えると思います。

改正法案ではたとえ3回目以降の申請であっても、難民認定を行うべき理由がある資料を提出した場合には、送還が停止されるなど例外措置を設けています。必ず3振アウトになる制度ではありません。とすれば今回の法改正は妥当だと考えています。

(※)難民申請の回数や理由に関係なく審査中は一律に送還されないルール

柴山氏「必ず3振アウトになる制度ではない」
柴山氏「必ず3振アウトになる制度ではない」

指宿氏:
私は日本では難民認定制度が正しく機能していないと考えています。これは数字で目標値があるわけではないですが、カナダの認定率50%以上に対して、日本が0.5%程度にしかならないというのは、あまりにも異常な数字だと思います。また弁護士活動の中で、あまりにも認定されるべき人がされていないという実感を持っております。ここの改善をしないで難民申請の濫用だけを問題にするというのは、国に帰れば殺されてしまう危険のある人を送還してしまう。その恐れがとても大きいため、「3回目以降の申請について国外退去処分を可能にできる」には絶対に反対です。

――日本の難民認定率の低さについてはどのように考えますか?

柴山氏:
ほかの国に比して難民認定率が低いのは事実です。ただ大量の難民や避難民を生じさせる国と近接しているとか、国ごとに歴史や国情が違う側面もあると思います。

例えば2020年の難民認定申請者の世界上位5カ国であるベネズエラ、アフガニスタン、シリア、コロンビア、コンゴ民主共和国は、日本ではわずか41人で申請者数全体の約1%です。むしろ東南アジアが多く、いわゆる経済難民と言われる方々や、刑事事件で確定判決を受けていながら送還を逃れるために申請をされる方々がいます。

ただし指宿先生がおっしゃったように送還して迫害を受けるのは問題で、我々もノン・ルフールマン原則(※)に則して対応するのは当然だと思います。やはりそういう恐れがないような運用、特に送還先のチェックは厳格に行う必要があると考えています。

(※)難民らが入国を拒まれたり母国に送還されることを禁止する国際法の原則

ウィシュマさんはなぜ亡くなったのか?

――名古屋入管で亡くなったウィシュマさんについて伺います。ウィシュマさんは尿検査の結果、飢餓状態にあったのに点滴を打たず救急車を呼ばれずに亡くなりました。これについてどう受け止め、再発防止についてどのようにお考えなのか聞かせてください。

柴山氏:
入管庁の調査報告書で医療提供体制が制約されていたとの指摘があったと承知しています。医療現場と入管幹部との意思疎通も改善をして行く必要があると思います。本庁に観察指導部所の新設によって、いわゆる刑事施設法改正等で行われているような外部観察の仕組みを改善することも必要だと考えています。

指宿氏:
改善するのはいいことです。しかし医療体制が不備だったから死なせてしまったのではなくて、不備な医療体制でも救える命を救わなかった。この肝心な点について最終報告書は何も答えておらず、その状況でいくら改善策を作っても改善にはなりません。第2、第3のウィシュマさんがうまれてしまうと思います。

上川前法務大臣は「送還をすることにとらわれるあまり人を預かっているという意識がおろそかになっていた」とおっしゃっていました。確かに入管庁は法律に従って強制送還という職務をしなければならない。ただそれを重視するあまり人の命を軽んじていいということにはならないと思います。

指宿氏「不備な医療体制でも救える命を救わなかった」
指宿氏「不備な医療体制でも救える命を救わなかった」

柴山氏:
刑事施設もそうですが被収容者の人権をどのように守っていくかは極めて重要な課題だと思っています。例えば被収容者の健康状態について医師や看守がチェックして、問題があれば上位の人と情報共有できるようにする。

また入管では年に1,2回しか外部有識者のチェックが入りません。ウィシュマさんのSOSの投書を彼らが見たのは亡くなった後だった。非常に問題だと思っています。外部の目がきちんと届くことで、内部への心理的なけん制、抑止になると思います。

ウィシュマさんの映像は公開するべきか?

――外部の目で言いますと、ウィシュマさんの監視カメラ映像は、遺族に対して全面的に渡すべだと思いますか?

柴山氏:
このビデオは法的には法務省が保管する行政文書にあたるので、情報公開法にのっとった形で処理をされると思います。ただ個人情報の問題や、法案審査へ影響が出るからと消極的な判断が出かねないことになるので、そこは工夫をして何らかの方策で必要な情報を必要な方に見せる手続きが取れないか、法務省も懸命に模索をしていると聞いています。

指宿氏:
今回の問題は法務省、入管庁にとっては、知られたくない見られたくない面があるのでしょうが、ここは思い切って広く社会の多くの方に見てもらった上で議論しないと解決しないし、社会が納得しないと思います。 法務省、入管庁のためにもぜひ遺族の強い要望に応えて渡して頂きたいです。衆議院と参議院の法務委員会でビデオが開示されたのは一歩前進だと思います。名古屋刑務所事件のときは、社会問題になり国会でも審議がされて監獄法の改正に繋がりました。明るみに出して徹底して議論して改革をする。これが国会の役割でもありますし、民主主義国家として最低のやるべきことだと思います。

柴山氏:
指宿先生からおっしゃって頂いたように、法務省が議員の方々を対象に公開する手続きをとったのは大きな前進だと思っています。その上で映像をご覧になった議員の方々が質問を通じてどこが問題だったのか明らかにして頂く。当事者である遺族の方々には、立法府の方々と別に何らかの司法的な対応が可能ではないか、工夫の余地があるのではないかと思っています。私の立場で申し上げるのはここまでです。

立場こそ違え2人の難民申請者を適切に保護すべきとの意思に変わりはないと筆者は感じた
立場こそ違え2人の難民申請者を適切に保護すべきとの意思に変わりはないと筆者は感じた

――ありがとうございました。入管法改正に対するお立場は賛成反対と別れますが、お二人の話を聞いていると、日本に来る難民申請者を適切に保護しようという意思に変わりはないと感じました。多くの議論を行いよりよい制度と法律ができることを期待しています。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

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鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。