2019年7月18日、京都アニメーション第1スタジオに当時41歳の男が侵入し、ガソリンで放火した事件では、社員36人が死亡するなど、国内では過去に例を見ない大惨事となりました。

この事件を巡っては、実名報道の是非が各方面で議論されました。あれから1年、FNNプライムオンラインでは、実名報道の問題点を指摘する弁護士、実名報道で結果的に二次被害を受けた被害者遺族など、さまざまな立場の人たちに話を聞き、実名報道を考えていきます。

実名報道はなぜ批判されるのか。第1回では犯罪被害者に寄り添う「犯罪被害者支援弁護士フォーラム」の髙橋正人弁護士に話を伺いました。髙橋弁護士が実名報道を問題視する理由に、名前が分かることで本人や家族・関係者への過熱取材、メディアスクラムが起きることをあげられました。

第一回「被害者が泣く民主主義なら、そんな民主主義はいらないと遺族は思っている」

そこで実際にメディアスクラムの被害にあった埼玉県の猪野憲一さん、京子さん夫婦に話を聞きました。ご意見は2回に分けて掲載します。
猪野さんは桶川ストーカー事件の被害者遺族です。
 

1999年10月26日 桶川ストーカー事件
1999年10月26日 桶川ストーカー事件
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2カ月半のメディアスクラム 24時間監視される遺族

ーー事件の被害者が「猪野詩織さん」と実名で発表されたことで、結果的にマスコミが押しかけ、過熱取材となりました。大変な思いをされたかと思います。事件のこと含め、思い出したくないこともたくさんあると思います。そのことをお伺いすることは大変、心苦しいのですが、当時の過熱取材、いわゆるメディアスクラムについて教えてください。

憲一さん:

詩織が殺されたときから2カ月半、ずっと朝からいるんですよ。10月26日から1月の上旬くらいまでいましたね。それを解決したいがために弁護士さんに相談したんですよ。「先生、助けてほしい。マスコミが家にへばりついている。先生、なんとかできませんか」と。

この弁護士さんには後に埼玉県警のずさんな対応について国に賠償を求める形で一緒に闘っていただきましたが、当初の依頼は「マスコミを排除してほしい」でした。先生のアドバイスで「ウチには寄りつくな、法的に訴える」と張り紙したんですよ。そしたら、1日もたたずに、半日で消えましたから、完全に。
でも、それまではひどかった。当時は隣に家がなくて駐車場だったんです。だからマスコミが集まるのに格好の場所だったんです。

猪野憲一さん 事件当時、隣は駐車場 マスコミ各社の中には勝手に車を止めて取材する社も
猪野憲一さん 事件当時、隣は駐車場 マスコミ各社の中には勝手に車を止めて取材する社も

京子さん:
朝、近所の人たちが車で出勤すると駐車場が空くじゃないですか。それを知っていて、車が出たらすぐ、そこに車を止める悪い会社もありました。駐車場の利用者が戻ってくる夕方まではずっと車を止めて張り込む。
カーテンを少しでもあけたら写真を撮られる。まだいるかな、とちょっとカーテン開けてもバシバシ撮られる。寒いからずっとエンジンをかけていて、エンジン音もずっとしていたし。

憲一さん:
詩織の弟たちは学校にも行けなかったです。当時、大学受験を控えた弟と小学校4年生の弟がいました。息子たちが家を出ようとすると通してくれない。記者に取り囲まれる。息子は戸惑い、学校へ行きたくないと泣いていました。

京子さん:
軟禁状態でした。兄弟はお弁当でかわいそうなことしたな、って思います。買い物にも行けないから作ってあげられなかった。詩織の友達にも迷惑をかけました。マスコミは彼女たちの家にも来るし、職場にも来て、娘のことを聞く。

マスコミが去ったあと一軒一軒「ご迷惑をおかけしました」

憲一さん:
それから、おたくのフジテレビが何をしたか話しましょうか。葬儀場に向かう途中、葬儀場から運転手に電話が入ったんです。「ただいまフジテレビさんがご主人の許可を得たということで、式場に入ってすべてを撮影したいと言っています。これを許可してよろしいんですか?」って。とんでもない、そんなこと許した訳がない、絶対、葬儀場に入れるなって止めさせました。

詩織を火葬して、遺骨になって帰ってきたときも、マスコミに囲まれました。夜でしたけど、もう、真昼のように、わーっとライトが照らされました。車には妻も弟たちも乗っていました。なんとか取材攻めを食い止めなきゃいけないと思って、妻に詩織の遺骨を渡して「俺が人質になるから、詩織と一緒に早く入んなさい」って言って。そして私が路上で取材対応しました。ひどかったなあ、と今でも思います。

葬儀の後、自宅前で取材に応じる猪野憲一さん
葬儀の後、自宅前で取材に応じる猪野憲一さん

京子さん:
うちの前の道路もみんなマスコミの車で埋まってしまうんです。ご近所の玄関もみんな車でふさがれて、で、マスコミってどこうとしないんですよ。「今、会社行くんで、ちょっとあけてください」って出て行くようでした。

そんなふうにご近所に迷惑をかけて、そういうのみんなマスコミの方がいなくなったあとで、私たちがフォローしなきゃいけないんですよ。一軒一軒、「ご迷惑をおかけしました」って、ちょっとした品物を持っておわびです。なんで私たちは被害者なのにこんなことしなきゃいけないのかって思いましたよ。でも、私たち、ここに住んでいかなきゃいけないんで「ご迷惑をおかけしました」って謝ってまわりました。

事件後、自宅の前の道路もマスコミ関係者で埋まっていた
事件後、自宅の前の道路もマスコミ関係者で埋まっていた

「女子大生」「ブランド」「遊び人」…発信され続けた虚像

ーー猪野さんが受けられた報道被害という点では、取材手法だけではありませんでしたね。事件についての間違った記事や、詩織さんを中傷するような興味本位のデタラメな情報もワイドショーや週刊誌がさかんに伝えていました。

憲一さん:
犯人は、風俗店を経営していた人間で、そのこととうまく結びつけて、詩織は風俗嬢だったとかね、お金を欲しがる悪い女だったとかね、まったくのうそ。ひどかったです。

特にワイドショーのコメンテーターがひどかった。もうあり得ないような内容が放送されている。それを見た私の兄弟とか仲間たちが番組に抗議の電話入れると、「それはご主人が『そのとおりだ』と言ったからです」って。そこで「私、きのうご主人に会ってきたんですけど、そんなこと言っていませんよ」と伝えると、プツンって電話、切っちゃったって。

京子さん:
事件後、娘の友達は、マスコミに取り囲まれている我が家に近づけなかったでしょ。それで事件現場に直接行って、お花や手紙とか供えていたんですけど、そこに一緒に写した写真も供えていたんです。
鍋パーティーの写真。大学生なんだから、そういうの普通のことじゃないですか。友達たちが楽しかったね、鍋パーティーしたね、って当時をしのんで殺害現場に供えていた写真を、あっという間にマスコミが持って行くの。そして鍋パーティーの写真を使って「娘は遊び人だった」って記事にする。

事件現場には詩織さんの友人たちも花束と一緒に写真を供えたが…
事件現場には詩織さんの友人たちも花束と一緒に写真を供えたが…

写真はウチからは一切、マスコミに提供していないのに、いろんな写真が放送されたり掲載されたり。それらは娘の友達たちが、事件現場にお供えものと一緒に置いた写真だったんですね。それをマスコミが持って行ってたんです。あっというまに黙って持っていかれちゃうそうです。
中には、「持ってかないで」って言った子もいたそうですけど、マスコミは「ちょっとこういうの必要だからって」って。みんな泣きながら供えていたのに、ひどいなあって思いますけどね。

警察は「そんなの痴話げんか」

憲一さん:
全国紙の大新聞も間違った記事を書いていました。私と妻と詩織の3人で上尾警察署に菓子折を持って「すみません、この事件はなかったんです、申し訳なかったんです」というような記事を載せられたんです。

それで抗議の電話をしたんですよ。そしたら、恫喝ですからね。「警察が言ってたんだよ」。えっ、警察が言っていたら検証もせずに書いていいのって、思いましたね。警察とグルかと思いました。

警察にしてみれば、自分たちが何もしなかったから娘が殺されたとは思われたくないんですよ。でも、本当のところは、私も妻も、何度も警察に助けを求めていましたし、犯人たちが自宅に来てどう喝したときも、詩織が機転を利かしてしっかりテープで録音していて、それを警察で全部聞かせて。
でも、まったく動いてくれない。「そんなの男と女の痴話げんか」、「民事不介入、そういうのに関われないんだ」って取り合ってくれないんです。調書まで改ざんして、訴状を「被害届」に変えて、文章を偽造してまで対応しようとしなかった。娘の命が危険にさらされていたのに何もしてくれないんです。その結果、娘は殺されました。だから警察にしてみれば、この事件はなかったよ、って報道してほしいんです。

ーー詩織さんの人格を否定するような報道、詩織さんにも非があるかのような間違った報道も、当時『focus』の記者だった清水潔さん(現・日本テレビ報道局)の記事でがらっと変わりましたね。

清水さんは事件後、詩織の殺害現場に行ったんです。そこで、詩織の親友を見つけて、丁寧に、丁寧に話を聞いた。

その親友が、私に言った言葉は、「お父さん、お父さん、マスコミの人、嫌いだよね」。私は、「嫌いというより常識がないしこっちの気持ちも分からないし、信用していない」って言いました。
そしたら「一人だけ信用できる人がいる、清水潔だ」「どこの記者だ?」「『focus』」「えっ!『focus』って大人の写真ゴシップ記事ばかり書いて」って。でも、清水さんは私たちが上尾署に門前払いされていたことなどをふくめ、きちんと記事にしてくれました。

清水さんの記事を見た鳥越俊太郎さんも、自身の番組で問題を取り上げてくれて。そしたら世論も、やっぱり違うんだって。詩織に非はなかったんだって。国会でも問題になって、上尾署のうそが暴かれて、そうして世の中がぐっと変わって。そしたらマスコミ関係者たちも、いや、これはまずいな、と思ったんでしょう。報道のトーンは違ってきました。

(執筆:フジテレビ報道局 吉澤健一)

それでも実名報道が大切な理由 桶川ストーカー事件の被害者遺族に聞く(2)に続きます

プライムオンライン編集部
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FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。