技術者も驚く知識を持った1人の小学生男子のために、ある町工場が本気の工場見学を行った。1本の見学依頼の電話から始まった、目まぐるしい展開が話題を呼んでいる。

「人工心臓に興味あって」専門用語が飛び出す小学生の見学依頼

始まりは、試作開発・治具製作などを手掛ける安久工機(東京・大田区)にかかってきた、「小学生の息子が御社を見学したい」という、母親からの見学依頼の電話だった。

最初、子ども向けの工場見学だと思っていた担当者だが、続く話に驚かされる。そのやり取りを、安久工機はTwitter(@YASUHISA_KOKI)に投稿している。

母親「初めまして。小学生の息子が御社を見学したいと言ってまして」
担当者「大歓迎です(ちびっこ工場見学かな)」
母親「人工心臓に興味あって」
担当者「あら嬉しい」
母親
HPの写真見て『これサック型だ』って」
担当者「ん?」
母親「三尖弁・僧帽弁の試作品と開発経緯を知r」
担当者「シャチョー!シャチョー!!」

見学希望の小学6年生が興味を持ったのは、安久工機のサイトに「開発・加工例」として掲載している、血液の流れを機械的に模擬するための装置“機械式血液循環シミュレーター”。

また、サック型とはそのシミュレーターに取り付けられた人工心臓のタイプのことで、三尖弁・僧帽弁とは心臓内にある弁の名称だ。

小学生の彼が興味を持った「機械式血液循環シミュレーター」
小学生の彼が興味を持った「機械式血液循環シミュレーター」
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小学生で人工心臓に興味があるというだけで驚きだが、飛び出てくる専門的な用語に、想定していた工場見学の依頼とは違うことが分かり、担当者は受話器を肩に挟みながら社長にヘルプを頼んだのだそう。

ちなみに、小学生の彼が話す“サック型”は間違いだったようで、後に自身で「やっぱりダイヤフラム型だ」と訂正していたという。

また、コロナ禍のため担当者がリモート見学を提案するも、彼は「どうしても実物を見たい」と直接の見学を希望したため、日程や質問内容はメールなどでやり取りし、居住する北陸地方から見学をしに訪れることが決まった。

この彼の熱意には、寡黙で職人気質だという社長はニヤニヤして喜んでいたそうで、担当者も具体的なことが決まっていないにもかかわらず、既に「彼に会えるのは待ち遠しい」と期待に胸を躍らせていたという。

その後の電話やり取りの様子(ツイート)
その後の電話やり取りの様子(ツイート)

この一連のやり取りにTwitterでは「人工心臓ガチ勢」「まさかの実話!?!? すごい!!」「日本の未来は明るい!」といった驚きと称賛の声と共に多くの人が後日談を求め、15万を超えるいいねが付く注目を集めている(9月3日時点)。

そして、この投稿から約1カ月後の7月中旬の週末に、その小学生の男の子のためだけの工場見学が実現したのだ。

工場見学というより“彼の研究に関する開発会議”

両親と妹の家族4人で訪れたガチ工場見学は2日間で実施。

1日目の午前は、安久工機の社長と小学生の彼の話し合いから始まった。彼が持ってきた人工心臓に関連するアイデアが詰まった、何冊もの分厚いファイルに描きためたスケッチや図面を元に、社長が専門的な知見で詰めていった。

社長はニコニコするでもなく、「ふ〜ん、よく描けてるね。これはこう動くの?難しそうだけど」「前にこういうの作ったよ」と昔の資料を見せながら説明。最初はためらっていた小学生の彼も、いつの間にか身を乗り出して話をするようになっていたという。

1日目話し合い 安久工機の田中社長と前のめりになって話を聞く彼
1日目話し合い 安久工機の田中社長と前のめりになって話を聞く彼

午後からは、早稲田大学と東京女子医科大学の共同研究施設「先端生命医科学センター(TWIns)」へ行き、早稲田大学で長年人工心臓開発に携わる梅津光生教授の案内の元、最新の遠隔手術施設やさまざまな機器がある研究室を巡った。

見学後には彼のアイデアスケッチを元に、それを作ることの難しさや先人たちの困難など、工学的な解説から人工心臓研究の歴史まで、梅津教授による講義を聞いたという。

梅津教授による講義の様子
梅津教授による講義の様子

2日目は、彼の強い希望で終日、安久工機の見学。展示を手に取って観察したり、質問したりと工場内で過ごしたという。

また、小学生の彼の研究を実現するための開発会議も行われた。口数の多くない彼の一言をきっかけに、母親が「こういうこと?何で?」とフォローをしつつ、それを聞きながら工学の心得があるという父親が理論的で現実的な指摘をしたという。

その家族のやり取りをじっくり聞き、専門的な知見で具体的な構造案に落とし込んでいった社長は、いつもの研究者や開発者向けの会議と同じで、表情は真剣なままの無口な“いつも通り”の様子だったそう。担当者はその様子を「かなり本気だったと思います」と話している。

開発会議の様子
開発会議の様子

通常の子どもの工場見学は、“モノづくりのまち大田”の成り立ちなどをスライドで紹介し、工場内の試作開発事例の実物を見たりしているそうだが、今回の工場見学では主に、“小学生の彼の研究に関する開発会議”に時間が割かれたという。

彼はこの2日間をとても楽しんだ様子で、また安久工機側も「もし私に子供がいたとして、彼らの興味関心を最大限に引き出すために親としてどう向き合うべきか、という問いに対するヒントのようなものが見えた気がします」と学びの多い工場見学となったようだ。

安久工機のスタッフたちと、少年の家族
安久工機のスタッフたちと、少年の家族

お互いにとって素敵な思い出になった今回の工場見学だが、実際に会った小学生の彼の印象はどうだったのだろうか? 2日間と大掛かりな見学となったが、予定通りうまくいったのだろうか?

安久工機・経営企画室の田中宙さんに話を聞いた。

電話の問い合わせ内容から「こりゃ只者じゃないわ」

ーー最初、専門的な言葉が飛び出す工場見学依頼の電話を受けた時、どう思った?

最初に「小学生の息子が見学したいって言ってるんです」と電話を受けた時は、「かわいい子供がいるもんだなぁ」と思いました。当社は毎年「おおたオープンファクトリー」というイベントで工場を公開しているのですが、珍しい試作事例の実物があるので子供達にはいつも大人気なのです。コロナ前は一日で延べ300人以上が訪れていました。

ですので子供の興味を引いたこと自体には驚きませんでしたが、親御さんから単独の見学依頼が来ることは初めてで、「いつもの見学プランだと長くて飽きちゃうかな〜」とか気軽に考えていました。しかし親御さんからは「私はよく分からないんですが…」と専門用語が次々出てきて、「こりゃ只者じゃないわ」「社長に見学頼まなきゃ」と思いました。

しかもお住まいを聞くと北陸と。「このご時世ですからオンラインでもいいですよ」と言うと「本人が絶対行くって言って聞かないんです」と仰るので、ますますかわいいなぁ本気出しちゃうぞ、と思いました。

せっかくたくさん勉強して興味を持って安久工機にときめいてくれて、しかも北陸からわざわざ来るんだから、彼がびっくりするような体験にしてあげたいと思って色々と準備を始めました。


ーー会社の他のスタッフの反応はどうだった?

みんな結構楽しそうでした。開発部のメンバーは「たぶん自分より頭いいです」と言っていました。外食には行けないから、ランチは何にしようかねーとか話していました。コロナじゃなければ社長宅(私の実家)に招いて夕食も一緒にとってホームステイでも良かったんですが、如何せんこのご時世なので諦めました。

全体としては全然時間が足りませんでした

ーー初対面となった彼の印象はどうだった?

事前にメールやLINEなどでお母様と文通のようにやりとりをしていて、写真や普段の様子を聞いていたこともあって、これといって変に想像や期待はしていませんでした。

第一印象は緊張と人見知りとワクワクが混在していて、3年ぶりに遊びに来た甥っ子みたいな感覚でした。初対面なのに。でも事務所の展示棚を見ると「おぉぉ!!」と駆け寄り「これ触っていいですか?」と聞いて、嬉しそうに手にとって眺めていました。


ーー2日間の工場見学はうまくいった?

梅津先生にTWInsを案内いただけて、プチ講義まで受けられたのは本当に良かったと思います。梅津先生を知っている方なら誰しも羨むんじゃないでしょうか。

ただ全体としては全然時間が足りませんでした。彼の研究発表のための開発会議に時間を割きましたが、もっと安久工機の試作品のことを知りたかったと思いますし、工場探検もしたかっただろうと思います。でも楽しんでくれたので結果オーライです。


ーー彼が特に盛り上がっていたのはなに?

TWInsの見学ですね。最新の遠隔手術室や人工心臓の実験装置などを見て、その感触や重さを実感している様子でした。

それから安久工機の工場を見せている時、フライスマシーンという手動の切削機械を安全に配慮して動かさせてあげました。高速回転する刃物で金属が削られる感触と音、においを感じて楽しそうでした。


ーーでは、田中さんたちスタッフが印象に残っている見学部分は?

梅津先生に用意していた質問が聞けなかったところですね。その道の専門家の本を読んで話を聞いて、自分の考えの根本的な部分から結論を出されてしまったように感じることは研究者なら経験ある方が多いんじゃないでしょうか。質問を考えるために出直してきたくなる気持ちです。すでに彼は研究者としてのマインドを持っていると思いました。

TWIns見学の際の集合写真
TWIns見学の際の集合写真

1日目のTWInsで案内してくれた梅津教授からもらった質問タイム。小学生の彼はたくさんの質問を考えノートに書いていたそうだが、なかなか質問をしなかったのだそう。

なんでも彼は事前に教授の著書を熟読しており、さらに今回の見学を経て、「聞きたいことはもう全部わかった!」と話していたというのだ。尊敬する教授を前に、「自分の考えを、自分なりに考え突き詰めてきたからこそ質問できない」という、“研究者”としての思いがあったのかもしれない。

モンスター級の少年。私たちも見習わなければ

ーー2日間の見学を経て、彼の印象は変わった?

観察眼と興味関心のある分野への知識欲、そしてその吸収力はモンスター級でした。しかもそこから「こうしたい」というゴールを持って、そのためのアイデアを考えてスケッチや工作でアウトプットできる、というのは普通の大人でもできません。

当社は試作屋なので「こういう商品を作りたい」という相談は山ほどきますが、彼ほど熱意を持って自分の作りたいモノの解像度を高め、それをアウトプットできる人は本当に稀です。説明資料のレベルですらアウトプットに挑戦する人自体が少数です。私たちも見習わなければなりません。


ーー彼の将来についてはどう考えている?

特に何も考えていません。たくさんご飯を食べて、よく寝て、体力をつけて、好きなことに熱中して欲しいです。研究で困ったら安久工機がいつでもサポートします。

もちろん彼が安久工機に入りたいと言ったらお祭り騒ぎですが、彼のどんな選択も我々は応援する気持ちです。彼もご家族も私たちの良き友人です。


ーー既に、また会う約束はしている?

また来年の夏に会うことになっています。その間にも旅行ができるようになったらプライベートで会いに行きたいです。ご自宅にお誘いいただいていますので(笑)。スノーボード行きたいね、と話しています。

小学生の彼と田中社長
小学生の彼と田中社長

小学生の彼はこれからも研究を進めたいとのことで、「夏休みにまた安久工機に来るので、お手伝いでも雑用でもなんでもするので、人工心臓のことやモノづくりのことを勉強させてほしい」と話しているという。

なお見学後に、彼からSOSの連絡がきたのだそう。研究発表のために手助けが必要になったとのことで、安久工機が協力することが決定したという。「どんな場での発表か等含めて秘密です」とのことなので、今後の彼と安久工機との発表を楽しみに待ちたい。

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プライムオンライン編集部
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