菅首相の初論戦で「鬼滅の刃」セリフが飛び出した背景
菅首相は、就任後初めての国会での予算委員会論戦を終えた。自ら「全集中の呼吸で」と意気込んで臨んだ答弁だったが、その舞台裏には様々な戦略と想定外の事態があった。
この記事の画像(5枚)11月2日月曜日の衆院予算委員会。菅首相は、野党への答弁に先立ち「全集中の呼吸で答弁させて頂きます」と、人気沸騰中のアニメ、鬼滅の刃のセリフを口にした。これは、関係者から勧められた菅総理が「じゃあ言ってやるか」と乗り気になって発言したものだった。
その後は、学術会議の会員候補6人の任命拒否について厳しい追及を受けたが、任命拒否の個別理由については「人事のことなので明かせない」という答弁を繰り返し、野党側からは「壊れたテープレコーダー」と批判を受けた。
菅首相の積極答弁姿勢に、身内からの評価と反省
それでもこの日の菅首相には、自ら進んで手を挙げて発言する場面が度々見られた。こうした姿勢についてある政府高官は「自分の言葉で説明しようとしていた」と、積極性を評価していた。
しかし一方で、その積極性は首相周辺にとってはやや想定外だったようで、次のような反省の声が聞こえてきた。
「事前に多くの準備をして、答弁書に付箋もはり、勉強会も重ねて臨んだのに総理はほとんど活かさなかった」
「野党から総理、総理と言われると手を挙げて答弁に向かうのはすごいが、基本、答弁は大臣にお願いし、総理答弁までに準備の時間を稼げるようにした方が良い」
その上で、「もう少し役割分担をはっきりした方がいい」という意見もあり、菅首相の出番はここぞという場面に絞り、一般的な答弁は加藤官房長官らに任せる方向となった。
答弁の分担戦術に転換も…学術会議の任命拒否理由は言及避ける
そして祝日を挟んで迎えた水曜日。この日の質疑では、反省を活かしたのか、学術会議問題で、菅首相の代わりに加藤官房長官や他の大臣が答弁に立つ回数が増えた。
ところが、木曜日に舞台が参議院に移ると、またも様相が変わった。この日の参院の質疑では、「片道方式」という答弁時間を含めず質問時間だけで持ち時間が計算される形式が採用されていた。そのため野党議員たちは、質問をたくさん繰り出すため、短く端的な質問で菅首相を答弁者に指名した。その結果、結局菅首相の答弁の機会は再び増えることになった。
この一連の菅首相の受け答えの中で、特徴として表れたのが、答弁の短さだ。学術会議の論戦の中で、菅首相は「先ほど申し上げた通りです」「承知しておりません」といった一言で答弁する場面が多く見受けられた。これについて首相周辺は「総理は元々、鉄壁と言われているだけあって、無駄なことは言わない性格。それが答弁に表れている」と語り、菅首相の持ち味だと説明している。
一方で菅首相は、任命拒否の個別の理由については、一切明かさない姿勢を貫いた。与党側からは「人事の事で言えないのは仕方がない」「同じ質問をされたら同じ答弁するというのは当然の話だ」との擁護の声が聞かれる。ただ野党側からは「このままじゃ通常国会では持たないと向こうも分かっていると思う」「ただ紙を読んで時間を消費させているだけ。それが安倍前総理と比較して国民にどう映るのか」といった冷ややかな声が聞かれた。
官僚人事をめぐる質疑も
また、衆院予算委員会では、学術会議の人事に関連した質疑の中で、このような場面があった。
立憲民主・後藤祐一衆院議員:
「今回の学術会議学者に対して人事権振るったわけですが安保法制などに反対した学者を任命しなかった。(中略)官僚は例えばふるさと納税の局長。やり過ぎじゃないかといさめた局長が飛ばされて戻ってこなかった。(中略)いさめたら飛ばされるならいさめませんよ。いさめる人が人事で外される構造はまずいと思いませんか」
菅首相:
「私ほどいさめられる人間いないんじゃないでしょうか。いろんな官僚がいろんな提案もってくる。ふるさと納税の話よくされますけど私はその方を局長までしていますよ。次官争い、そこだけですよ。客観的にみなさんよく知っていると思いますがこの人事は私に逆らったから外すと言うことはなくて、自分のやるべきことを説明して、2回まで聞くけど3回目は自分の判断をさせてもらうということですよ」
このやりとりは、菅首相が官房長官時代に強力に進めたふるさと納税の制度変更の導入時、菅長官に制度の問題点を指摘した官僚が事実上左遷された人事の時の話だ。その際のことを問われた菅首相は、反対意見にも2回目まではしっかり耳を傾けること、国民から選ばれた政治家としての自らの考えを説明することを強調した上で、3回も反対意見を言う場合は政策実現のためにそうした官僚を更迭することも否定しない考えを示した。
学術会議問題はいつ収束?その他の政策課題の議論は…
そして、衆参あわせて4日間の予算委を終えた菅首相に対し、記者団は「予算委員会を終えての感想をお願いします」「総理、学術会議について国民の理解は得られたと思いますか?」と質問したが、菅首相は無言を貫いた。
予算委を通じて、学術会議の任命拒否問題に関しては「杉田副長官と内閣府でのやりとりの過程を残した公文書の存在」や「今回は推薦名簿提出の前に、官邸と学術会議側での事前の調整がなかったこと」などが明らかになった。
ただし、首相周辺は「やりとりの公文書は出したとしても、人事に関わることなのでほとんど黒塗りになる」「99人を任命したという判断と、任命拒否の理由は明らかにしないという結論も根幹も変わっていない」として、この問題については、今後も丁寧に説明していくしかないと話している。
また、官邸関係者からは、野党の質問に対し「多くの時間を学術会議にとられてしまった」「(議論が)同じ所をぐるぐる回っている状態だ」との苦言が聞かれた。閣僚の一人からは繰り返しの議論の連続に「総理も野党もどっちもメンタルが強いと感じる」などと、このまま膠着状態が続くのではとの声も出ている。
臨時国会はまだ始まったばかりで、野党は菅首相の説明が足りていないとして、予算委員会の集中審議の開催を求め、与野党は月内に集中審議を開くことで一致した。
一方で、温室効果ガス排出削減に向けた具体策や行政改革、デジタル化など、議論すべきテーマは山積している。菅首相の動向と国会での議論の行方を引き続き注視していきたい。
(フジテレビ政治部 総理番記者 亀岡晃伸)